4. 政策提言

 以上のような認識のうえに立って、われわれとしては、日本経済の早期再生を目的として以下に掲げる6項目にわたる政策をひとつのパッケージとして実施することを提言する。

政策提言の背景にある基本的な考え方

  1. 21世紀の活力溢れる日本の姿を展望のうえ、自己統治、自己責任の原則に基づき、市場のなかで問題の解決策を見出すとともに、企業および個人による企業家精神に裏打ちされたリスク・テイキング行動を支援する環境を整備する。
  2. 現下の信用不安、相互不信に起因する「囚人のディレンマ」的状況からの早期脱却を図ることを目的に、緊急事態対応として政府は自らの判断において、市場に対し外から明瞭かつ強力なメッセージを発し、そういった状況からの脱却に不可欠な方向づけを行う。
  3. 危機の裏側には好機があるという認識に基づき現下の経済危機を好機として受け止め、「窮すればすなわち転ず」というように、平時においては実行が困難な経済制度の変革についても果断に取り組む。

以下、各項目ごとに政策提案の内容について具体的に敷衍する。

(1)市場原理を尊重した公的資金の注入

 金融機関の破綻処理などを定めた金融再生関連法および破綻前の公的資金注入のあり方を規定した金融早期健全化法の成立を受け、わが国においても、破綻金融機関処理および健全な銀行に対する公的資本注入についての制度的枠組みが漸く整備されたということができる。とりわけ、後者の金融早期健全化法の成立により破綻時に加え破綻前の金融機関に対する公的資金注入の途が拓かれたということは、わが国金融システムの安定性維持に向けた政府の確固とした決意を示すものであり、その点、高く評価しうる。

 その一方で、金融早期健全化法においては公的資金による資本注入は金融機関からの申請に基づき金融再生委員会において判断される扱いになっているという点に着目すると、資本注入に際し付される厳しい条件や責任追及を嫌って金融機関が申請を手控えることが予想されるため、運営面での実効性に疑問が残らざるをえない。これは、多くの論者が指摘するところでもある。こうした問題を解決し、その実効性を高めるためには、政府主導の強制資本注入を行う必要があるという意見が表明され、政府部内においてもその可能性についての検討が始まっている。その前提は、日本の銀行に対する内外投資家からの信認の回復は一刻を争う喫緊の課題であり、金融機関の自発的申請を待っているほど時間的な余裕はないということであろう。

 この状況認識に関しては、異論はない。しかし、だからといって政府主導の強制資本注入には賛同できない。仮にそうした強権的な措置が実行に移されれば、民間としての企業努力マインドが阻害されるとともに経済活動における効率性や活力も低下するおそれが強いからである。また、強制資本注入を実施したとしても、不良債権問題を根本から解決したことにはならないだけでなく、むしろ先送りされる可能性が高いとさえ考えられる。加えて、公的資本の注入対象は申請金融機関のうち政府が存続可能と評価した銀行に限られているが、その判断の妥当性やアカウンタビリティも十分確保されているとはいい難い。

 それゆえ、当研究所としては、金融早期安全化法に基づく公的資金の注入に際しては、以下に掲げる3つの原則にしたがって市場原理を活用するかたちで実施することにより、その実効性を高めることを提言する。

3つの原則

  1. 銀行が存続可能か否かの判断は、増資の成否を媒介として市場に委ねる
    政府が一方的に「存続可能銀行」を決め、そこに公的資金を注入するという手法を採用した場合、政府による金融健全化に向けた動きに対し不透明で分かりづらいといった批判が寄せられる公算が強い。そうした事態の発生を回避するためにも、個々の銀行が存続可能か否かの判断は市場に委ねることで政策の透明性やアカウンタビリティを確保することが望ましい。そうでなければ、日本の銀行監督政策に対し市場が強い不信の念を抱いている現状にあっては、政府主導の強制資本注入は逆に問題の先送りと観念されるおそれが強い。
  2. 市場において低下した信認は、銀行自らの手で回復しなければならない
    日本の銀行に対する市場での不信感が大きく高まっているなかで、真摯に市場に向き合うことなく、個々の銀行の「存続可能性」を政府が一方的に評価し、そうした判断に基づき公的資金を注入するという手法の採用は、日本の銀行に対する信認の回復には何ら貢献しない。
  3. 政府の役割は民間の動きの側面サポートに限定し、民間の経営判断を阻害しない
    市場経済の枠組みのなかでは、自己統治、自己責任の原則にしたがい個々の経営主体に対する規律づけは株主や債権者が行うことが鉄則となっている。政府に求められるのは、そうした市場経済の枠組みを守り、育てることである。

公的資金注入の具体的あり方

  1. BIS基準10%という自己資本比率維持を目的とした増資の義務づけ
    国際銀行業務を営む意思を有する銀行については、安定的かつ強固な経営基盤が求められるため、BIS基準で10%という国際標準となっている自己資本比率の維持を明確に目標づけたうえで、本年3月末における自己資本額の10%程度に相当する増資の実行を求める。現在のように日本の銀行の健全性が疑われているなかで増資を行うためには、投資家に対する徹底的な情報の開示と経営改善計画の提示が不可欠となる。場合によっては経営責任の明確化が求められるかもしれない。
  2. 政府は増資額の5倍程度の公的資金を注入
    こうした厳しい審判に耐え、増資を成功させた銀行は、市場で存続可能と結論づけられた本来の意味での存続可能銀行であり、そうした銀行に対し政府は、増資額の5倍程度を一応の目安として公的資金を優先株の取得というかたちで注入する。というのも、優先株の発行に際しては、銀行経営者は既存の株主を説得しなければならないため、そうした過程を通じて銀行経営に対する規律づけがさらに高まると考えられるからである。

    <参考> 本措置実施に伴う所要資金額見積もり(長銀を除く大手銀行18行ベース)
    市場での増資総額:約1兆4000億円
    公的資金注入額:約6兆9700億円
  3. 国内業務に特化した銀行などでも、増資の実行を条件として公的資金を注入する
    こうした増資の義務づけについては国際銀行業務を営む意思を引き続き有する銀行に限定し、国内業務に特化した銀行あるいは国際業務からの撤退を決意した銀行については対象外とする。ただし、国際銀行業務を営まない銀行についても公的資金注入の途は拓かれておかれるべきであり、そうした銀行のうち市場において増資を果敢に実施した銀行に対しては、国際業務を営む銀行に準じて公的資金を注入する。

(2)国による株式買い入れ

 10月5日に東証終値ベ−スで13000円を割った株価は、金融再生関連法案、金融早期健全化法案の成立後も安値圏でのもみ合いを続け、さらなる下落に対する懸念が拭えない事態におかれている。この株価下落が景況感の一段の悪化をもたらし、それがまた株価の下落を促すという悪循環を眼の前にして、本来買い方となるべき個人投資家、機関投資家の多くは株式投資に随伴するリスクをとることに躊躇している。一方、貸し渋りに直面した一般事業法人においては流動性不足への対応措置として唯一の換金可能資産となった持ち合い株式の売却をここへきて積極化させており、それがまた株価の下落に拍車をかけている。こうした事態を放置しておけば、株価がずるずる下落すると同時に内外投資家が日本の株式市場から離散し、21世紀の金融システムの根幹を担うべき株式市場がその前に機能不全の状態に陥るおそれがあるだけでなく、日本発の世界恐慌の引き金をひくことにもなりかねない。

 それゆえ、当研究所では政府に対し、市場外から株式市場に発せられる政策対応措置としての株式の買い入れを高らかに宣言のうえ、透明性の高い方法に基づき果断に実行し、株価下落の悪循環を断ちきると同時に資金不足に喘ぐ事業法人に資金を直接供給することを提唱したい。いうまでもなく、国による株式買い入れは緊急時対応措置のひとつであり、それだけで株価を下支えすることはできない。それゆえ、株価下落の背景にある日本経済の先行き不安感を払拭し、株価を本格的に立ち直らせるためには、投資家が「企業を取り巻く経営環境が劇的に改善する」と確信するような、国の政治・経済面での抜本的な構造改革を促す重厚な政策パッケ−ジの実施が不可欠といえよう。

国による株式買い入れの3原則

  1. 株式買い入れの目的は、持ち合い株式放出等に伴う余剰株式の吸収を通じて市場の安定化を図ることに限定する
    この場合の株式買い入れは、事業法人が資金調達のために売却した株式等の取得を通じて市場における需給を平準化し、あわせて株価を下支えすることを目的とする。
  2. 株式買い入れに際しては、透明性の高い方法で行う
    株式の買い入れについては国が高らかに宣言のうえ、透明性の高い方法に基づき堂々と行い、市場に対し株価安定化に向けた明確なメッセージを発する。また、国による株式の買い入れは最終的には納税者がリスクを負担した株式投資となるため、アカウンタビリティ確保を狙いとして運用実態については十分な開示を行う。この点において、投資主体が最終的にリスクを負わない、運用実態の開示が不十分であるとして批判される、いわゆるPKOと異なる。
  3. 市場での公正な価格形成を妨げないよう特段の注意を払う
    国による株式の買い入れに際しては市場における価格形成を十分尊重し、買い入れ銘柄の選定については運用受託機関の合理的な判断に委ねることとする。

買い入れ政策の具体的あり方

  1. 国民に対するアカウンタビリティの確保
    政策導入の時点から、買い入れ目的、買い入れ方法、利益(損失)処分法、実施期間など、買い入れ政策の詳細を国民の前に明らかにする。
  2. 買い付け主体は特別会計とする
    法律により、株式買い入れのための特別会計を設置する。国務大臣をトップとして金融に関する知識と経験を有する専門家数名を委員とした「委員会」を設け、この委員会に特別会計の管理運営を委ねる。
  3. 買い入れ金額総額の上限は30兆円とする
    上場株式売買金額の10%、月間1兆円(年12兆円)程度を一応の限度として株式の買い入れを行う。ただし、株式時価総額の約10%、30兆円を買い入れ総額の限度とする。
  4. 資金調達は国債の発行とする
    特別国債の発行により最大30兆円(株式時価総額の約10%)の資金を調達する。
  5. 「委員会」の役割と買い付け方法
    「委員会」は株式買い入れの基本計画(時期、金額等)を策定する。そして、「委員会」は、この基本計画にしたがって、信託銀行、投資顧問会社などのなかから入札方式に基づき選定した運用機関に株式の買い入れ・運用を委託する。委託運用機関については、特定の機関に偏することなく、運用能力等の面で優れた内外の運用機関を幅広く選択対象とする。運用機関は毎月、「委員会」に対し売買明細、損益状況等、株式の買い入れにかかわる詳細な報告義務を負う。一方、「委員会」は年1回、運用委託先ごとの運用状況を国会あて報告する。
  6. 買い入れスキ−ムの存続期間
    あくまでも緊急時対応を目的とした異例の措置であると位置づけ、可能な限り速やかな終了を目指す。なお、株式の新規買い付けは2001年3月末を目処に終了し、その後は買い入れ残高を増やさないこととする。
  7. 買い入れ株式の売却方法と利益処分
    買い付け終了後の売却は、株式市場の動向を見極めつつ、公正な価格形成を妨げないよう慎重に行う。「委員会」は売却計画を作成し、無作為に抽出した運用機関に対し一定額の株式売却を指示する。最終的な決算報告と利益処分については「委員会」は国会の承認を受けなければならない。利益処分は公益を考え、国民の納得の行くかたちで実施する。

(3)起業家にやさしい税制

雇用増なき景気回復に備える

 世界的に需給ギャップが拡大するなかで、日本経済における需給ギャップも拡大している。われわれの試算によれば、バブル崩壊後の過程において約7.4兆円に及ぶ過剰資本ストック(フローの年間設備投資の約9.1%に相当)が積み上がっている。これには、景気の低迷に加え、日本的雇用慣行による雇用調整の先送り、ストック調整の先送りによる不良資産の積み上がりなどを主因として日本企業の生産性あるいは競争力が低下しているという構造的な問題も寄与しているという点を見逃すことはできない。

 金融ビッグバンの流れとともに市場メカニズムが浸透しつつあるなかにあっては、もはやこうした構造問題の先送りが不可能な状況にあるといっても過言ではない。その意味で、雇用調整の進展による失業率の上昇は不可避ということができる。このため、次の景気回復局面は「雇用増なき景気回復」となることを覚悟する必要がある。そうした環境変化のなかで雇用吸収主体として期待されるのが、新しく誕生する企業である。「囚人のディレンマ」と呼ばれる閉塞的な状況から脱け出すためには、一歩前に出てリスクをとる主体としての起業家が新たに登場するメカニズムを日本経済のなかに準備する必要がある。ちなみに、アメリカにおいては1986年以降に実施された税制の簡素化と法人税率の引き下げが起業家の起業意欲を刺激し、それが90年代以降の経済発展の基礎を形成したと指摘されることが多い。

 それゆえ、当研究所としては、雇用増なき景気回復という新しい事態に備えることを目的として、起業家にやさしい税制改革の実施を提言したい。これにより、新たなリスクをとる主体としての起業家が生まれ、そこに優秀な人材が流入すれば、日本経済はやがて再生の道をたどると思われる。また、税務計算のために多大なコストと労力が投入されているという現状を踏まえて考えると、法人税制についても租税特別措置等を廃止すると同時に、さらに法人税の引き下げを図るべきである。また、個人についての課税においても、納税者背番号制の導入を前提に負の所得税を導入するかたちで政府の関与につき簡素化を図る一方で、所得税率の一層の引き下げについても検討する必要がある。

起業家にやさしい税制改革に関する具体的提言

  1. 有価証券譲渡益税の軽減
    キャピタルゲインはリスクをとった投資に対するリターンにほかならない。それゆえ、先んじてリスクをとろうとする起業家の登場あるいは新規起業に対する投資意欲を促すためにも、有価証券譲渡益税については思い切って軽減することが求められる。
  2. 有価証券取引税・取引所税の撤廃
    有価証券取引税・取引所税は、一定のリスクをとった投資に対するリターンを結果として目減りさせる効果を通じて投資意欲を減退させる方向で働くため、そうした弊害の除去を目的として完全に撤廃する。
  3. 配当に対する二重課税の廃止
    配当もリスクをとった者に対する報酬と理解できるため、現行の二重課税制度を廃止する一方で、インピュテーション制度を導入して二重課税の適正な調整を図る。
  4. 連結納税制度の導入
    企業における分社化は、既存企業のリストラと子会社形態による新しい企業の誕生にほかならないため、そうした動きを税制面から促進することを目的として連結納税制度を導入する。

(4)税制改革、セーフティネットの見直し

将来に対する不安の解消を通じて家計のマインドの改善を図る

 今回の景気後退局面においては、家計のマインドの悪化が消費・投資需要の減退を通じて日本経済に暗い影を投げかけている。いうまでもなく、この背景には、住宅や資産価格の下落に起因する家計自体のバランスシートの悪化に加え、雇用・賃金の先行き悪化懸念、高齢化の進展に伴う年金・医療関連の負担が増大するのではないかという先行き不安感の高まりがある。とりわけ現行の社会保障制度の下での急速な少子・高齢化の進展は、年金保険料の増大予想を通じて家計の将来に対する不確実性を確実に高めている。このような先行き不安感が解消されない限り、現在検討されている所得税・住民税の減税や社会保険料の据え置きも家計のマインドを改善させる効果を発揮し難いと思われる。

 こうした閉塞的な状況から家計部門が脱却するためには、税制や社会保障制度の抜本的改革を実施することにより、公的部門の役割を社会的なセーフティネットの提供という必要最低限の範囲にとどめる一方で、個々人が自己責任の原則にしたがい、自らが描いた生涯生活設計に基づき社会保障のあり方を選択できる仕組みに改編することが強く求められる。少子・高齢化の進展に伴う社会保障にかかわる費用の増大は避けられないが、そうした費用を最小限の範囲に抑制するためには、個々人が生涯設計のなかで最も効率的なお金の使い方を自ら考えるようにしなければならないからである。それゆえ、当研究所としては、税制および社会保障制度に関連して、次のような改革を提案する。

税制・社会保障の改革にかかわる政策提言

  1. 納税者番号制の導入と簡素で税率の低い税体系の構築
    現在の基礎年金番号のような通し番号を納税者番号と位置づけ、これを金融取引等に適用すれば所得の捕捉度合いが大きく改善し、所得の捕捉に関する納税者間の不公平感が解消するほか、税収の増加も期待される。加えて、負の所得税の導入も容易となり、ハンディキャップをもつ人々等に対しても真に必要な特別措置の実行が可能となる。さらに、所得控除や租税特別措置を排除したうえ簡素で公平性の高い税制や税率のフラット化が実施に移されれば、一歩前に出てリスクをとってリターンを獲得した人々も税制面から報われることになろう。
  2. 公的年金制度の民営化
    本年7月、当研究所が提案したように、公的年金制度のうち基礎年金部分は消費税による賦課方式に改める一方、報酬比例部分は積立方式に移行して民営化することを再度提案したい。これが実現すれば、自分の年金積立を生涯生活設計に基づいて自由に設計・処分することが可能となり、バリアフリーの住宅の購入や生涯教育プログラムへの参加など、老後を展望した支出についても前倒し的に実行できるようになる。また、自らが老後に必要と判断した金額を自己責任の原則にしたがって積み立てるようになると、個々人が一定のリスクをとって投資運用を行う結果、一歩前に出てリスクをとる投資行動が個人資産のなかで立ち上がってくる。こうした民営化された公的年金の有力な年金の受け皿として注目を集めている確定拠出型年金については、その早期導入が期待される。
  3. 医療、介護保険に対する民間保険原理の導入
    医療と介護に関しては、国民皆保険のように誰もが安心してサービスを受けられる体制を維持する必要はあるが、公的部門で賄うべき部分は社会的セーフティネットとして要求される最低限の水準にとどめ、それを上回る部分については民間保険原理の導入を検討する必要がある。

雇用におけるセーフティネットの見直し

 日本経済はバブル崩壊の過程で約310万人にも及ぶ過剰雇用者(失業率に換算して約4.6%)を抱えるに至った。しかし、金融ビッグバンの流れのなかで日本的な雇用調整の見直しが求められ、従来型の対策により過剰雇用者問題を先送りすることができなくなりつつあるため、失業率の上昇はもはや不可避と理解しなければならない。こうした事実認識を前提としたうえで、雇用のセーフティーネットを早急に整備することが求められる。それゆえ、当研究所としては、次に掲げるような雇用セーフティネットの大胆な見直しを提案したい。

  1. 雇用安定化事業から失業給付への重点移行
    雇用保険においては、これまでの間、失業そのものの発生回避を目的として企業に対する雇用調整助成金の支給などといった雇用安定化事業が優先されてきた。しかし、その一方で、雇用安定化事業などは既存企業におけるリストラを遅らせ、長い目でみた場合には日本経済の活力を削ぐ方向で機能する可能性が否定できない。こうした事態を改善するためには、失業給付の支給を雇用安定化事業よりも優先し、個々の労働者が現在の職場から次の職場へとスムーズに移動することを側面から促進する方向に制度運用のスタンスを変更すべきと考える。
  2. その他の社会的セーフティネットの充実
    このほか、先に詳しく述べたように、新しい企業が誕生しやすい環境を整備し、次の職場が見つかる見通しが立ちやすくなるよう配慮することが求められる。さらに、職場移動が不利にならないよう年金・医療保険制度を改革する必要がある。

(5)公共投資の効率化

都市型公共事業への重点配分を実効あるものとする

 当研究所では去る7月27日、「政策提言:公共事業の投資効率向上へ向けて」を発表し、公共投資を都市基盤整備に関連した事業に重点配分のうえ大都市圏を舞台として内需主導型の経済発展の枠組みをつくり上げることを提唱した。その後、8月に入ると小渕政権は追加的な公共事業を打ち出した一方、99年度予算の概算要求においては各省庁とも都市基盤整備や情報インフラの整備を軸とした「都市型公共事業」を柱に据えた予算を策定するに至った。この概算要求に対しては、「都市型」「景気浮揚」は名ばかりで実際には各省の予算確保の名目に使われただけという批判も聞かれるが、少なくとも波及効果の大きい都市型公共事業に目が向けられ、都市基盤整備事業への予算の重点配分に向けて一歩前に踏み出したことは率直に評価できよう。

 こうした状況下、当研究所としては政府や各省庁に対し、さらに一歩踏み込んで都市型公共事業を中心として公共事業の効率化にも真剣に取り組んでいくことを提案したい。これが達成された暁には財政政策の有効性が高まるだけでなく、景気回復への道を開くことになるからである。

公共投資の効率化に向けた具体的提案

  1. 費用便益分析の徹底と情報開示
    われわれは前回の提言で、効率的な公共投資の一例として「大都市圏における幹線道路整備」を提案した。道路事業の評価基準が明らかになっていた一方で、都市における道路の貧しさが誰の目からみても明白だったからである。しかし、公共投資の効率性を向上させるためには、本来的には計画されているすべての公共事業について費用便益分析を実施し、最も効果が高いと判断された事業から実施していくことが肝要である。各省庁に対しては、早急に費用便益分析の基準を作成・具体化のうえ、その費用便益分析を基準として公共投資事業の優先順位を決定することが求められる。 また、公共投資の事後評価の重要性も忘れてはならない。それゆえ、事前と事後の費用便益分析に関する情報の開示を徹底し、広く国民の知恵を求めながら次の事業へとフィードバックしていくことが公共投資の効率化を推進するうえで強く求められる。
  2. 地方財政の悪化と地方への財源配分
     現在、多数の地方自治体の財政が悪化している。地方税収の落ち込みに加え、92年度以降実施されてきた国の経済対策に対応して地方自治体が地方債の発行を増大させたことがその背景をなしている。そうした地方財政の悪化がネックとなって、大都市圏を中心に地方単独事業が急速な勢いで減少している。地方単独事業のなかにも、効率性の高い事業は十分ありうる。このように大都市圏においては急速な財政悪化とともに公共工事のみならず、福祉・教育コストも大幅抑制となっている一方で、地方に行くと、ほとんど使用されない道路や施設が今なお建設されている。これは公共事業予算が省庁ごとの縦割り型となっている一方で、税源が中央に集中していることなどによるものと考えられるが、そうした事態の発生はまた、地方自治体が自らの判断で真に必要な事業やより効率的な事業に予算を回せない原因となっている。
     このような状況を改善するためにも、政府に対しては早急に地方に税源を移譲することが求められる。その結果、各地域に見合った適切な事業の実施が可能となり、公共投資の効率性が大きく向上することが期待される。
  3. 用地補償制度の見直し
    建設事業を中心とした公共投資の遂行に際しては、多くの場合、用地補償が必要とされる。しかし、現行の用地補償制度では迅速な用地取得が困難となっており、そのため、計画があれども工事が遅々として進まないという事態に陥っている。その結果、工事が進むのは用地の入手が容易な地域における不急の工事ばかりとなっている。政府においては用地補償制度を早急に見直し、土地を必要とする公共事業を迅速に行えるよう環境を整備することが強く求められる。

(6)郵便貯金の民営化

郵便貯金による資金配分の歪み

 銀行にお金がないという状況は、主として不良債権問題に端を発する金融不安の高まりを背景としたものではあるが、それはまた、郵便貯金という国家の絶大なる信用を基礎とした国家金融組織の存在により拍車がかかっているといっても過言ではない。実際、金融システム不安により銀行預金が減少するなか、郵便貯金は1996年度末からの1年間で15兆円という巨額の資金を吸収している。2001年4月以降、銀行が破綻した場合にはペイオフが実施されることを考慮すると、多くの預金者は国家保証によってリスクのない資産となっている郵便貯金に資金を一段とシフトさせていくと思われる。一方、郵便貯金の運用先となっている資金運用部を通じた財政投融資は、第二の予算として利用され、国有林野事業や国鉄清算事業団といった特別会計、団体への後ろ向き資金の供給も少なからずみられるなど、決して効率的な運用となっていない。

 このように、郵便貯金は表面的には安全性が保証されてはいるが、その運用を通じてわれわれ国民の資産を実際には毀損してきたといえる。それはまた、われわれに対し、次に掲げる2つの問題を提起しているといえよう。ひとつは、投資家は自己責任原則に基づき自らリスクをとってはじめてそれに見合ったリターンをうることができるという市場経済の大原則を揺るがしているということである。もうひとつは、巨額の資金運用を担当する資金運用部が国民経済全体の規律づけの枠外に位置づけられているということである。

 この2点が、リスクフリーの郵便貯金を選ぶという個々の国民からみて最も合理的な選択を通じて、先に述べた郵便貯金が日本全体の金融にかかわる資源配分を歪めている事態の背景にある。こうした状況下、個人による資産運用の分野にリスクとリターンによる規律づけをもたらし、リスクをとった者のみが正当な評価を受ける社会とするためにも、郵便貯金のあり方を抜本的に見直すことが求められる。

避けられない郵便貯金の民営化

 郵便貯金は1990年度以降現在までの間、預入限度額の引き上げや預入限度額の管理不徹底を背景として、その資金量を倍増させている。こうした郵便貯金の肥大化を抑制するとともに郵便貯金に起因する金融面での構造問題を解決するには、郵便貯金の預入限度額の大幅縮小を図るか、または民営化することが喫緊の課題となっている。実際、先進諸国においては、役割を終えた郵便貯金は次々に民営化ないし廃止されている。

 昨年末に公表された行政改革会議での決定により、郵便貯金は2001年から自主運用を行い、2005年には公社化される予定にある。残念ながら、これだけでは金融システム全体の歪みという本質的な問題は解決されない。逆に、資金運用の失敗とともに納税者の資金による損失の補填が拡大することが懸念されている。このように考えると、わが国独特の郵便貯金に起因する金融システムの歪みを是正し、日本経済の再生を図るためには郵便貯金の民営化が不可欠と判断される。

 それゆえ、政府と国会に対しては、2001年4月のペイオフが実施されるまでに郵便貯金の民営化を実施し、資源配分の歪みを是正するとともに金融システム安定化に対する自らの責務を果たしていくことを提案する。

21世紀政策研究所