はじめに

 日本経済はいま、百年に一度ないし二度という深刻な経済危機に直面している。すなわち、景気の先行き動向を端的に示すといわれる機械受注(船舶・電力を除く民需)は本年4月以降5ヶ月連続して前年比マイナス20%前後という大幅な減少をみているほか、GDPの成長率も昨年の10〜12月期以降3四半期連続してマイナスとなった。こうした需要の急速な冷え込みや国際商品市況の低迷などを背景として物価も下落を余儀なくされている。一方、日本銀行の9月短観が示すように企業経営者のマインドもここへきて大きく萎縮し、それがまた需要を低下させるという景気の悪循環が発生しつつある。そうしたなかで、これまで日本経済の牽引車としての役割を果たしてきた電気・機械産業、鉄鋼業などを中心として企業収益の下方修正が相次ぐとともに、株価も銀行株の急落などを主因としてバブル崩壊後の最安値を更新した。

 いうまでもなく、この背景として、不良債権問題に起因する金融不安や金融機関の与信機能の低下が挙げられる。実際、都市銀行等大手19行のBIS基準による自己資本は不良債権の大量処理に伴い1998年3月末現在で39兆円となり、前年度比7924億円もの大幅減少となった。こうした事態への対応のなかで貸出資産等が大胆に削減され、97年度中、大手19行の総資産はリスクアセットベースで35兆円というかつてない規模で縮小した。また、日本銀行が毎月公表している貸出・資金吸収動向等(速報)によると、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行、地方銀行および第2地方銀行協会加盟地方銀行からなる5業態合計の貸出金残高(平残ベース)は1996年10月以降、前年割れの状況が続いている。それゆえ、信用収縮の連鎖を断ち切って日本経済の活性化を促すためには、不良債権問題の解決に加え、銀行与信の拡大を促すメカニズムをつくり上げていく必要がある。こうした認識に基づき、われわれは7月23日、新内閣の発足にあわせてマネタリーベースの持続的拡大、報奨金制度の創設を通じた銀行与信の拡大に対する動機づけ、公共事業の大都市圏への重点配分などからなる日本経済再生のための緊急提言を公表した。そうした政策提言の一部は政府・日本銀行よりに受け入れられ、去る9月における一段の金融緩和の実施につながったと思われる。

 しかし、残念ながら、長銀問題に関する国会論議の迷走は、海外の投資家からは事態の緊急性を理解していない政党間の駆け引きと判断され、銀行株の急落を招来した。そうしたなかで日本経済はさらに停滞色を強め、政府による今年度の経済成長見通しは1.9%増からマイナス1.8%に下方修正された。こうしたデフレスパイラルの状況にあっても、国民世論の一部には「不良債権問題は銀行の不始末」とか「バブルに踊った銀行救済のために税金を投入するのはもってのほか」といった主張に代表されるような銀行性悪説が根強い。このため、不良債権問題は金融界内部における問題であり、金融機関が自らの責任において処理すべきという見方が一般的となりがちである。しかし、経済の相互依存関係やメインバンク関係と称される日本独特の銀行と企業との取引慣行を考慮すると、そうした議論は必ずしも正しくはなく、銀行が株主の負担において取引先企業の経営安定化、雇用維持に努めている一方で、その結果として、銀行としても中小企業向け融資の回収を図らざるをえないといった事実が浮かび上がってくる。
 
 それゆえ、われわれとしては、不良債権問題の意味するところを改めて問うとともに、それに起因する自己資本の減少、貸し渋り、金融不安の高まりなどが、どのような経路を通じて日本経済に対し全体として悪影響を及ぼしているのかについて整理することにした。次いで、どういう原則にしたがって日本経済再生のための抜本的対策を講じる必要があるのか議論した後、そうした再生を図るうえで必要とされる処方箋を具体的に提言することにしたい。