日本経済再生のための処方箋
日本経済についてのわれわれの現状認識
経済社会を構成する諸主体が相互不信に陥ったときにどのような「血行障害」が生ずるのか、というテーマは250年余りの世界の資本主義の歴史ではしばしば現実のものとなった。日本経済については第2次大戦後は順調な発展が基調となったため、金融機関が相互に、また預金者が銀行に対して、銀行が事業会社に対して、さらには事業会社相互の間で決済や支払いについての不信感を高まらせることは、よもやあるまいとの認識が一般的であった。ところが昨年11月以来こうした相互不信による「血行障害」は日本経済を内側から痛めつけ、諸経済主体を次々と追い込むに至っている。50年余りの、われわれが直接知りうる経済史においてはじめての、無限に近い流動性選好が観察されるに至ったといえよう。
われわれが馴染んできた景気対策とは、需要増の積み上げをはかるものだった。1992年以降の不況の長期化にあって、需要増項目を片っ端から拾い出すという態(てい)の政策が実施された。これは「総合経済対策」と名付けられたが、海外ではその効力の乏しさをみるにつけ、パケッジ・ファティーグ(総合経済対策疲れ)と呼びならわすようになった。
1998年に入り16兆円ものパケッジに膨れあがる過程で、円レートも株価も下落を続けたことからも、パケッジに対する不信がいかに強いかを知ることができよう。今回のわれわれの提言は、諸々の経済主体の流動性選好を正常化させることをねらった政策パケッジの採用を行うべきだ、との趣旨を貫いている。また同時に半世紀以上も続けられてきた、増分についてのみ変化を加えるという増分主義や、「存在するものは合理的である」とでもいうべきヘーゲル主義をこの機会に打破して、21世紀に向けて経済活力を取り戻したいとする国民の希望に沿うための政策体系を準備するところに眼目がある。こうした諸目的を同時に追求するためには、政策手段は広く用意されねばならない。今こそ21世紀にどのようなかたちで入っていくのかという、未来からの視線に耐えうるような「三年先の稽古」にわれわれは励まねばならない。
われわれの政策提言
- 市場原理を尊重した公的資金の注入
- 金融早期健全化法に基づく銀行への公的資金注入は、政府による強制注入方式ではなく、市場原理を活かしたかたちで行う。
- 国際銀行業務を営む意思を有する銀行に対しては自己資本額の10%程度に相当する増資の実行を求め、増資に成功した銀行には増資額の5倍程度の公的資金を無条件で資本注入する。
- 経営責任の追及を含む銀行経営者に対する規律づけについては、増資実行のなかで新規株主の手により必然的に行われるため、政府は関与すべきではない。
- 国による株式買い入れ
- 法律に基づき株式買い入れを目的とする特別会計およびその意思決定機関として金融の専門家からなる「委員会」を設置する(委員長は国務大臣とする)。
- 「委員会」は、買い入れ計画を策定のうえ、入札方式により選択した運用機関に株式の買い入れ・運用を委託する。
- 買い入れ総額は30兆円、時価総額の約10%を限度として月間1兆円を目処に株式買い入れを行う。買い入れ資金については国債で調達する。
- 株式の買い入れは緊急事態対応の異例措置と位置づけ、新規買い付けは2001年3月末までに終了し、その後、残高を増やさないこととする。
- 「委員会」は透明性の確保を目的として運用状況、最終決算結果を国会に報告する。利益等処分に関しては国会の承認を受ける。
- 起業家にやさしい税制
- 雇用増なき景気回復という新しい事態の展開に備え、起業家の登場を税制面から促すことを目的として有価証券譲渡益税の軽減、有価証券取引税・取引所税の撤廃、配当に対する二重課税の廃止、 連結納税制度の導入など、起業家にやさしい税制改革を実施する。
- 租税特別措置等を廃止のうえ簡素で中立的な法人税体系に移行するとともに、法人税率の引き下げについてもあわせて実施する。
- 税制改革、セーフティネットの見直し
- 将来に対する先行き不安の解消を通じた家計の消費・投資マインドの改善を目指して、個人所得税に関しても簡素で公平性の高い税制を構築する。
- あわせて公的年金制度の民営化を図り、自らが老後に必要と判断した金額を自己責任の原則にしたがって積み立てられるようにする。
- 雇用のセーフティーネットのあり方についても見直し、既存の雇用の安定化を狙いとする雇用安定化事業に代えて、労働者の企業間移動を支援する失業給付制度を重視する。
- 公共投資の効率化
- 平成11年度予算の概算要求は、都市型公共事業を軸とした公共投資の重点配分に向けて一歩前に踏み出したことは率直に評価できるが、さらに公共投資の一段の効率化についても真剣に取り組む必要がある。
- そのためには、事前・事後における費用便益分析の徹底とそうした情報の開示、税源の地方移譲、地方の実情に合致した公共投資の実施が可能となる環境の整備、用地補償制度の見直しなどが求められる。
- 郵便貯金の民営化
- 郵便貯金という国家金融の存在は、国家の絶大なる信用を基礎とした資金吸収を媒介として民間金融機関の資金不足に拍車をかけているのみならず、国民の資産運用にかかわるリスク意識や日本全体の金融に関わる資源配分を大きく歪めている。
- こうした事態を是正するためにも、政府・国会に対しては2001年4月のペイオフが実施されるまでに郵便貯金の民営化を実施することを提案する。
21世紀政策研究所