政策提言 公共事業の投資効率向上へ向けて −都市基盤整備の重点化と効率化−

1998年7月27日

1. はじめに

 わが国においては、1992年度から96年度にかけて総額70兆円にのぼる総合経済対策が実施されたほか、今年度においても10兆円の公共投資を中心として16兆円の対策が上積みされた。この公共投資は景気の下支えとしては機能したが、「総合経済対策疲れ(package fatigue)」と称されるように、期待されたほどの景気浮揚効果を日本経済にもたらすことはなかった。そうした中で、16兆円の対策の公表とともに円が売られたほか、アメリカの有力格付け会社からは、日本の国債に対する格付けの下方見直しの可能性が発表された。 縦割り型の行政機構の下でほぼ一定に維持された事業別・分野別比率などに基づき実施されるなど、今日までの間、公共事業は政治的な利害調整の手段としてのみ認識され、日本列島に仕事をばらまくために使われたということができる。それゆえ、多くの論者が指摘するように数度にわたって実施された総合経済対策から十分な景気浮揚効果が得られなかったのである。決定的に不足していたのは、「公共的意思決定による政府投資は、日本経済のサプライサイドの効率を引き上げ、(売上−総費用)というキャッシュフローを拡大するためにある」という視点であろう。また、国債の格付けについての下方見直しの可能性が表明されたのは、日本の公共事業が究極的に家計と企業とに帰属する経済余剰の拡大を意図して使われることはなかった、という点について世界の投資家が学習してしまったからとも考えられる。
 こうした状況を打開するには、公共投資を投資効率の高いプロジェクトに重点配分し、それが日本経済復活の契機となり得ることを示す必要がある。例えば、大都市における都市基盤整備事業は、投資効率がはるかに高く、新事業・新サービスの機会創出を通じて内需を誘発する効果が期待できるのみならず、内需拡大の連鎖を通じて最終的な税収の増加が見込まれるため、そうした重点配分の有力候補になりうる。しかし、不況の長期化とともに自治体財政の悪化が顕著となるなかで、相対的に豊かな財政基盤を有する大都市圏の自治体においても、地方単独で公共投資を伸長させることが困難化しつつある。このような事態を反転させ、日本経済およびアジア経済の活性化を図るためにも、公共投資を都市基盤整備に関連した事業に重点配分のうえ、大都市圏を舞台として内需主導型の経済発展の枠組みをつくりあげることが強く求められる。
 日本はいま、少子化の時代にあり、日本の人口は10年後の2007年ごろピークに達する。また、生産年齢人口(15〜64才)は2年ほど前にピークに達し、すでに減少に入っている。このことは、マクロ的には、投資余力が次第に減少すること、あるいは大規模な公共投資を実施できる期間は今後10年程度しかないかもしれないということを意味している。こうした側面からも、公共投資を投資効率の高いものへと内容変更することの緊急度は高い。換言すると、いま、日本経済を再生させるうえで最も必要とされる内需拡大の連鎖をつくり出すためにも、公共投資の内容を大胆に見直し、その投資効率を引き上げることが喫緊の課題となっている。この間、行政改革委員会等の場を通じて、公共事業を規律づけるうえで必要とされる原則が明確化されている。それゆえ、公共事業の計画策定・執行に際しては、そうした原則を遵守のうえ事務手続きを進める必要がある。

 以上のような事情を踏まえ、21世紀政策研究所は、公共投資執行にかかわる基本原則を策定のうえ、同原則にしたがった透明性、説得性の高い公共事業を執行すること、さらには投資効率の高い公共事業の迅速な実行例として東京・大阪における幹線道路整備計画の早期実現に向けた枠組みを例に、大都市圏投資の必要性を提案する。政府においては、日本経済の活性化を図るためにも、この提言に基づき、将来のキャッシュフローの増大につながると同時に国民の利便性向上につながる投資効率の高い公共投資を選別のうえ重点的に執行することが期待される。

2. 公共投資執行にかかわる基本原則

 公共投資を国民の納得を得たもの、投資効率の高いものとするためには、その計画の策定・執行に際しては、次の3つの原則を遵守することが強く求められる。

  1. 国民に対し説明可能なものであること
    公共投資は国民の税負担により実行されるものである。したがって、行政機関は公共事業の計画策定・執行に際し、なぜその事業が必要であり、なぜその事業をいま行わなければならないのかを国民に対し明確に説明できなければならない。また、個々の公共事業プロジェクトに関して便益が費用を上回る手法が多数ある場合には、なぜその手法が選択されるに至ったのかについても説明することが求められる
  2. 社会的便益が社会的費用を上回るものであること
    個々の公共投資が社会的な損失の削減、経済的なコストの引き下げ、国民の利便性向上につながるものであってはじめて、企業家による明日への投資意欲の拡大、経済の持続的発展・成長につながる。そのため、事前・事後の費用便益分析の実施を通じて、個々の投資プロジェクトに関しその社会的便益が社会的費用を上回ることを確認する仕組みを作り上げなければならない。
  3. 優先すべき投資プロジェクトを重点的に行うこと
    納税者たる国民は、その投資が近い将来、日本社会に目に見える変化をもたらすことを期待して、個々の公共投資プロジェクトを承認すると考えられる。そうした期待に応えると同時に高い投資効率を維持するためにも、多数の事業を分散して行うのではなく、投資プロジェクトを費用便益分析等に基づき順位づけ、優先度の高い事業から重点的に執行することが求められる。

3. 東京・大阪における骨格幹線道路網の整備を例として

 このような最終需要発生の連鎖を生み出しうるとともに、公共投資執行にかかわる原則を満たした重点投資プロジェクトの一例として、東京および大阪における骨格幹線道路の未実現部分を取り上げ、その早期完成を促すうえで必要となる施策と、その意味について分析を行う。

  1. 政府・地方自治体は、相互協力の下、東京・大阪などの大都市圏における骨格幹線道路網を2005年度までに完成させることを目標とする。
  2. 骨格幹線道路整備に際し道路整備特別会計の事業配分および道路事業に関する国・地方公共団体の負担比率について見直す。骨格幹線道路の集中整備を図るとともに、その周辺地域におけるより効率的な土地利用を推進させるために再開発についても支援する。この再開発による税収増加分を返済財源として15兆円規模の国債を発行する。
  3. 骨格幹線道路計画地を早期に譲渡した地権者に対しては、譲渡額の一定割合を早期譲渡報奨金として授与する。

(骨格幹線道路網の早期実現)

  1. 国民の利便向上につながる道路投資
     大都市における幹線道路網は、市街地の骨格形成、自動車交通の適正な処理といった都市機能を確保するためにも、適切に配置・整備される必要がある。とりわけ広域的な交通を処理するうえにおいても、都市の骨格を形成する主要な幹線道路の整備についての重要度は高い。加えて、防災の観点から、都市住民の大多数も避難路の早期確保・整備などを望んでいる。しかし、東京など日本の大都市における幹線道路網は、急激な都市化に対応して放射方向の幹線道路を中心として整備せざるをえなかったという事情もあって、放射線をつなぐ環状方向の道路整備が大幅に遅れている。その結果、通過交通のかなりの部分が都市内に流入し、都心における混雑や公害を助長するなど、都市生活環境に悪影響を及ぼすに至っている。
     このように幹線道路の整備は都市部および都市周辺部の住民にとってその必要性が高いため、都市住民にとっては一刻も早い幹線道路の完成が待たれる。したがって、どの地点にどの程度の規模の道路を作らなければならないかという点に関しては比較的簡単に合意が得られると考えられる。また、幹線道路網の整備は、電線類の地中化を図る電線共同溝等の社会資本整備にもつながる。
  2. 骨格幹線道路網の整備にかかる投資効果
     骨格幹線道路整備は、道路ネットワーク上、緊急性・必要性が高いため、事業再評価を行っても、確実に採択される有望な投資プロジェクトである。
     実際、東京都における骨格幹線道路を例にとると、この骨格幹線道路を80%整備するために3兆2000億円の費用を要する。しかし、80%整備が完了した暁には、都内の平均旅行速度は従来の時速18kmから時速30kmにまで上昇し、時間便益と走行便益を合わせた直接便益は年間4兆9000億円にのぼると、都では推計している。東京都ではこの骨格幹線道路網の整備事業を20か年計画(1996年〜2015年)で実施する予定であるが、これを2005年までの10年間で行うならば、早期建設により、さらに10兆円程度の経済効果が生まれることが期待される。また、旅行速度が時速30kmに上昇しただけでも、自動車の排気ガスによる大気汚染物質の排出も概ね4分の1にまで縮小するなど、環境保全効果も大きい。
     大阪府の骨格幹線道路としては1995年に策定されたレインボー計画21の対象となっている道路が考えられる。レインボー計画21は放射線 と環状の組み合わせによる道路ネットワーク網の整備計画で、2010年の完成を目途に約2兆円の整備予算が見込まれている。1994年の関西国際空港の開業など、大阪、京都、神戸の3極を中心とする関西経済圏は今後、グローバルな発展が期待されるため予想される交通需要への対応として整備計画の早急なる実現が望まれる。
  3. 骨格幹線道路に対する重点的な投資
     現在の東京の都市計画道路は、1946年に初めて決定されて以来3度の見直しを経ているが、その基本となる骨格幹線道路については大幅な変更は加えられていない。しかし、都市計画道路は1996年3月末現在、全長3126kmの計画のうち、50%弱の1531kmしか完成をみていない。骨格幹線道路もわずかに55%が完成しているだけである。このこと自体、その投資プロジェクトの完成が近い将来、日本社会に目に見える変化をもたらすことを予想した納税者の期待に著しく反するものである。それゆえ、早期完成を目指して早急に重点投資を行うことが求められる。

(道路建設にかかる資金調達)

 大都市における道路投資から発生する直接便益や誘発効果には、多大なものが見込まれる。道路事業の完成に伴う誘発効果が経済効率を上昇させる結果、最終的には事業からの直接便益を受けない国民に対しても、その利益が広く還元されるからである。例えば、ある地域において実施された整備事業は、用地取得を媒介としてその地点から他の地点への土地の買い換え需要を発生させる。また、道路整備を当該道路の沿道再開発と一体的に図るという視点に立てば、面的な整備計画、すなわち沿道を対象とした区画整理事業も可能となる。それゆえ、効果的な沿道再開発の促進を狙いとして、

  1. 用途地域の変更、
  2. 容積率の緩和、
  3. 建設費の特別融資、

 などといった支援措置を講じれば、道路投資の効率性はより一層向上することが期待できる。
 しかし、その一方で、大都市自治体による道路投資の大部分は自治体単独事業として自治体自らが費用を捻出することが求められているため、現下の財政状況においては、道路投資に多額の予算を振り向けるのは困難な情勢になりつつある。それゆえ、重要度の高い地方道については、早期完工を目指して、国が道路整備特別会計における歳出に関する地域的配分変更に踏み出すとともに、不足部分については国債の増発により調達することが求められる。また、道路法では主要な地方道についての新設・改築にかかる費用の1/2以内を国庫から補助できることになっている。しかし、道路の集中整備に際し必要とされる財源を手当てするためには、この負担比率についても見直すことが求められよう。
 地方分権が進んでいる諸外国においては、都市再開発など十分な投資効果が見込まれる事業については、将来の税収増による返済が可能との判断に基づき、地方自治体による税収増加分を引き当てとした債券の発行が認められている。しかし、残念ながら日本においては、自治体歳入に占める地方税の比率が低いため、地方税収の増加を返済財源とした歳出拡大措置の実行は実質的に不可能な状況におかれている。こうした事態を打開するために、道路整備費用の不足部分を国債の増発によって調達することには、返済財源の充実という視点からはとくに問題がないと判断される。道路整備事業は、道路整備された地域における区画整理事業や沿道の再開発を促すなど投資誘発効果の高い、あるいは効率性の良い事業であり、そうした需要誘発効果を通じて国税の増収につながることが十分に見込めるからである。

(計画用地の早期譲渡者に対する早期譲渡報奨金の授与)

 公共事業の執行に際しては、土地の取得が必要とされる。わが国の場合、この用地取得に多大な時間と労力を要し、それが公共事業の迅速な執行の妨げとなっているといっても過言ではない。一部地権者の中には、用地譲渡をなるべく先延ばししようとする行動もみられる。しかし、骨格幹線道路の建設に関しては早期完工が強く求められているため、迅速な用地買収が喫緊の課題となっている。
 それゆえ、行政機関に対しては、用地取得の促進を目的として計画用地を一定期間内に譲渡した地権者を、骨格幹線道路の建設に積極的に協力する早期譲渡者として評価のうえ、譲渡額の一定割合を早期譲渡報奨金として授与することを提案したい。

4. 都市基盤整備の推進に向けて

 社会資本の整備は、基礎的な社会資本の整備と社会の質的向上を図るための都市基盤整備に大別される。日本においては、これまでの間、公共投資については、すべて基礎的な社会資本整備として位置づけられ、実施されてきた。確かに基礎的な社会資本整備の重要性は否定できないが、人口構成の観点からみて大規模な公共投資の実行が可能なこの10年を捉えて、公共投資を都市空間の質的向上に向けた投資にもう少し重点配分する必要があると考えられる。都市機能の向上を狙いとする投資は、都市における生産性の向上や、周辺地域とのネットワークを媒介としてつくり上げられる交流空間としての機能の拡大に加え、より広範な地域に対しても社会的・経済的な底上げをもたらすことが期待されるからである。こうした公共投資こそが、21世紀の日本の未来を切り開いていく価値ある投資であるということができる。
 それゆえ、今後における経済社会構造の変化を展望のうえ、魅力ある都市空間の形成に向けて知恵を出し合うことが現在、求められているということができる。

21世紀政策研究所