6. 保険契約者保護のあり方
1. 保険契約者保護の現状
1996年に施行された現行保険業法においては、契約者保護のために必要となる破綻保険会社からの保険契約の移転等の円滑な遂行を目的として、救済保険会社に資金援助を行う保険契約者保護基金の設立が認められた。そもそも保険は、万が一事故が発生したとき経済生活の連続性を保障することを目的として構成された商品であり、わが国においては国民生活の基盤を形成している。また、保険契約は長期にわたるものが多いという性格を反映して保険契約自体の確実性は保険会社の経営パフォーマンスに依存するため、契約者はいわゆる委託費用(agency cost)の負担を強いられる。とりわけ保険会社が運用の失敗により破綻した場合、破綻に伴う経済的不利益のすべてを契約者が委託費用として負担することは難しいため、適切な契約者保護が必要となる。
しかし、契約者保護基金に関する保険業法上の規定は、救済会社が出現しない場合には資金援助ができないなど、十分なものであるとはいい難い。そのため、保険審議会事務局に「支払保証制度に関する研究会」(以下、「研究会」)が設けられ、すべての場合を網羅した透明性の高い新たなルールの策定を目指して検討が進められてきた。
2. 「研究会」での検討内容
12月5日、「研究会」では次のような要旨の最終報告を公表した。
- 支払保証制度の公的な運営機関として支払保証機関を設立する。この支払保証機関は、破綻した保険会社を救済しようとする保険会社が現れた場合、救済保険会社に対し資金援助を行うことができる。一方、救済保険会社が現れない場合には、支払保証機関に保険契約を移転のうえ、同機関が保険契約の維持・管理を担当する。
- 契約者による自己責任の原則、制度の負担能力を踏まえ、補償限度額を設ける。具体的には、保険金支払いのために保険会社が積み立てている責任準備金の一定割合を補償する形式とする。
- 自動車損害賠償責任保険については例外的に全額保証する。
- 保険会社に対しては、支払保証制度への加入を義務づける。
- 支払保証機関に対し、一時的な資金不足に備え、資金借入機能を付与する。
なお、支払保証制度の対象となる保険商品の細かい区分けや補償率の水準、保険会社による拠出金の限度額などは保険審議会等に委ねられることになった。われわれとしても、保険契約の継続性の確保に重点をおいた「研究会」報告を基礎として、今後における保険契約者保護のあり方を検討することにした。
3. 自己責任と保険契約者保護
本来的にいうと、保険契約者に対しては、保険会社の経営の健全性を考慮のうえ保険契約を締結するなど、自己責任原則に基づく保険会社の選択行動が求められる。しかし、実際には、契約時点での保険契約者の判断に自己責任原則を全面的に適用することは難しい。保険においては長期の契約が多いため委託費用の発生が不可避であるほか、これまでは経営財務内容の開示も不十分だったからである。また、保険契約の場合、
- 支払った保険料は一般に他の契約者が直面した保険事故の保険金に一部充当されるため、解約返戻金が支払保険料総額を下回る可能性がある、
- 健康状態や年齢いかんでは解約しても他の保険に改めて加入できない可能性がある、
という独特の構造を有している。このため、保険会社の破綻から契約者の財産=保険契約を保護するには、解約返戻金の支払いというペイオフの実行よりも契約の継続性確保がきわめて重要となる。
また、保険契約の場合、大数の法則にしたがって契約の集合体として収支が均等するよう仕組まれているため、個々の契約の収支は均等しない。したがって、破綻した保険会社との間で締結された契約の集合体としての保険契約の継続性を確保するためには、契約の継続を通じて契約者を保護する仕組みを早急に確立のうえ、一定の契約規模を確保する必要がある。加えて、契約者による保険会社選択の判断を向上させるためにも、保険会社による経営・財務情報の一段の開示が求められる。
4. 2001年度以降における保険契約者保護のあり方
当研究所では、去る11月28日の緊急提言において、2001年までの破綻処理に関し以下のとおり提言した。
- 「2000年度末までの間は、預金、顧客預り資産及び保険・年金契約については保護することとし、そのため真に必要となる資金については新たに設けられる「特別会計」から支出する。」
- 「保険・年金契約に関しては、予定利率等の引き下げを前提とし、まず契約の継続を図ることとする。保険会社破綻に際しては、当面、発生した損失額のうち、保険契約者保護基金からの拠出で賄いきれない部分については、財政資金の投入により補填する。」
この提言に対しては、先に述べたように、保険・年金契約者と預金者との間ではすでに保証について公平性に歪みが生じているのではないかというコメントを頂戴した。このコメントに対するわれわれの回答については、ビッグバン後の21世紀における契約者保護のあり方に関する考え方とあわせて述べることにしたい。
新聞報道によると、1998年3月期決算から保険会社のソルベンシー・マージン(支払余力)比率が公表されることになったほか、翌99年4月からは保険会社に対しても早期是正措置の導入が予定されている。資産の自己査定および会計監査人による自己査定の十分なチェックおよび自己資本を基準とした早期是正措置の実施という銀行等と同様の監督手法が保険会社にも導入されると、金融ビッグバン後の世界においては一定の数値基準を下回った保険会社は、速やかに市場から退出することが求められる。しかし、万が一、責任準備金が大きく傷むほどの損失を抱えて保険会社が破綻した場合、その損失をどうようなかたちで誰がどれだけ負担するかが問題となる。この点に関し、われわれとしては、以下のように考える。
a. 保険契約者保護の枠組み
- 支払保証機関の設立、責任準備金の一定割合の保証、保険各社の強制加入制度といった契約者保護の大筋は「研究会」報告を踏襲する。
- 支払保証機関については、本体での兼業が認められていないこともあって、生命保険業、損害保険業に分けて設立する。
- 保護すべき保険の対象は、企業向け保険、保険契約者に自己責任を問いうる程度や制度の負担能力にも留意して、個人契約保険および個人契約が中心となっている保険種類とする。
b. 保険会社破綻時の措置
- <契約継続のための適正化措置>
- まず、契約の継続性確保を優先する。そのため、破綻した保険会社の予定利率等を適正水準にまで引き下げる計算基礎率の変更という既契約の適正化措置を速やかに実施する。また、大量の解約が発生し保険事故発生の危険度の高い保険契約のみが残ると、保険の継続性そのものが損なわれるおそれがあるため、予定利率変更後の契約の解約返戻金から一定割合の金額を差し引く早期解約控除制度も実施する。これらは本来、契約者保護のための措置であり、いわゆる契約者の自己責任を問うものではないという点には留意する必要がある。
- <さらに必要な措置>
- 上記の適正化を行ってもなお残る不足分については、責任準備金を保護するためにも、契約者保護の機関からの拠出により補填することが求められる。保険契約の場合、長期貯蓄として国民生活の基礎の一部を構成している側面も否定できない。このため、各保険会社があらかじめ保険契約者保護のための資金を契約者保護の機関に負担金として拠出し、保険会社が破綻した時に問題となる責任準備金の不足額に充当する。なお、契約者保護の機関による負担額については、1破綻当たりの限度を設け、不足額がそれを超えた場合には契約者が負担することになる。
したがって、契約者は、契約者保護の機関による負担の限度、および2. (2)(14頁参照)の補償限度額のいずれか低いほうで保護され、それを超える不足が生じた場合には、自己責任として自ら負担することになる。
c. 支払保証制度への拠出方法
- 個々の保険会社による支払保証制度への拠出金額は、既存契約についてはその責任準備金額に拠出率を掛けて計算する一方、新規契約に関してはその責任準備金の増加額に拠出率を掛けて計算する。既存契約についての拠出率は一定料率、新規契約分は各社のソルベンシー・マージン比率に応じて決定された可変料率とする。なお、支払保証制度への拠出は事前積立方式とし、拠出金は支払保証機関において管理する。
- 拠出金については税法上の損金として取り扱う。
d. ディスクロージャーの徹底と契約者による経営チェック
責任準備金の削減に際しては、その前提条件としてディスクロージャーを徹底し、契約者による経営チェックが有効に機能するよう次のような環境整備を行う。
- 時価情報の開示を含む徹底した経営・財務情報の開示を行う。
- ディスクロージャー制度の一環として、相互会社に対しても有価証券報告書同様の報告書の作成ならびに公衆への縦覧を義務づける。
- 会計監査人による自己査定結果についての外部監査を行い、その適正性を保証する一方で、厳格で透明性の高い早期是正措置を導入し、保険会社に対しても自己規律を高める。
5. 2001年までの経過措置
去る11月28日に発表した当研究所の緊急提言の趣旨に沿って、改めて保険・年金契約の保護に関する2001年までの暫定的な枠組みを示すと、以下のとおり。
- 保険契約者の保護に関しては、予定利率等の引き下げ、早期解約控除制度による契約の適正化および契約の継続性の確保により対応する。
- 保険会社の破綻に際しては、責任準備金の削減は行わず、計算基礎率の変更、早期解約控除等によって契約の継続性の確保に努める。支払保証制度導入までは、発生した損失額のうち保険契約者保護基金からの拠出で賄いきれない部分については、財政資金の投入により補填する。支払保証制度導入後も2001年3月末までは、支払保証制度からの拠出で賄いきれない部分については、財政資金の投入により補填する。
- 早期是正措置における発動基準や措置内容の厳格化を図る。
- 公的資金投入の要件として、保険会社が破綻に至った経緯を明らかにするとともに、経営者による不正・背任行為の有無について厳格にチェックする。
- 会社清算時に残余財産がある場合には、公的資金投入額の範囲内で国庫に返還することにする。
6. 日産生命の破綻処理について
「保険契約者と預金者とでは、既に補償についての公平性に歪みが生まれていることをどう考えるのか」という提言に対する疑問に応えるとともに、既に生まれている補償の歪みの実態を考えるため、日産生命の破綻処理スキームを再検討する。
a. 日産生命の破綻処理スキーム
- 約3000億円の損失のうち、2000億円を保険契約者保護基金で補填。
- 損失の残り約1000億円については「営業権」として資産計上し、受け皿会社の将来利益で償却する。
- 予定利率2.75%を上回る契約については、予定利率を2.75%にまで引き下げる。
- その結果として、保険金額、年金額、給付金額を減額する。
- 保険の解約に際しては、今後7年間、解約返戻金を減額する(早期解約控除制度)。
b. 破綻処理についての2つの考え方
上記の日産生命破綻処理に対する評価は、次に掲げる2つに大別される。
- 「預金者保護に比べて自己責任が重く、公平性を欠いている」
預金者は全面保護が約束されているのに対し、保険契約者に対しては将来収益の放棄を求めるというかたちで自己責任が求められるなど、預金者保護との差が著しい。また、早期解約控除によって受け取ることのできる資産が大幅に減額されている点も見逃せない。 - 「ペイオフが行われていない点で、万全の保護といえる」
日産生命の破綻処理においてはペイオフが行われず、全契約の継続ができているため、万全の保護策であるということができる。早期解約控除は、契約の継続性を維持するうえで不可欠な措置であり、その導入はやむを得ない。また、将来の配当収益による責任準備金の穴埋めも、予定利率に関しては2.75%という水準が保証されているため、それなりの説得性があると思われる。
c. 当研究所の考え方
前述のように、予定利率の変更、早期解約控除という適正化措置の実施は、契約の継続性の確保という保険に求められる役割を全うさせるためにはやむを得ないものであった。しかし、そもそも日産生命の破綻の場合、契約者に対し、破綻という事態の発生を適切に予測できるだけの経営・財務情報が有効に開示されていたか疑わしい。また、破綻に至った経緯の説明、経営者による不正・背任行為の調査などが十分であったともいい難い。そうした事情を考慮すると、契約の継続性保証に際し必要となる資金負担を将来収益による損失の穴埋めというかたちで契約者に求めることは適切な措置であったかという点に関しては、なお疑問が残る。
そこで、2001年までは自己責任を問わないというわれわれの立場からは、将来収益による穴埋め部分については、今一度、預金者保護の仕組みとのバランスを図ることが必要と考えている。
このため、改めて破綻に至った経緯の説明を求め、経営者による不正・背任行為の有無を徹底的にチェックしたうえで、将来収益による穴埋め部分については遡って公的資金を投入することも考えられよう。
なお、公的資金を投入する場合には、全契約終了時において残余財産がある場合には優先して国庫に拠出額までの範囲で返還することが望ましい。これによって、契約者保護はより万全となることが期待できよう。