2. 公的資金投入のあり方をめぐって

1. 公的資金の投入はあくまでも預金者保護を目的とする

  われわれは、公的資金の投入は預金者保護、契約者保護のための緊急避難的な措置であり、金融機関の救済を目的としたものではないという立場を堅持している。そして、こうした考え方を明確にするため、破綻した金融機関については原則としてすべて清算すべきと考える。これは、金融に求められる課題が企業にとっての資金調達から投資家にとっての資金運用に変わったという認識を基礎としているからである。すなわち、1980年代半ば以降、日本経済は金利の自由化と高齢化社会の到来を契機として金融に求められる役割が産業資金の安定供給から資金の運用へと変化した。投資家が運用力の優劣を基準として金融機関を選別する時代に突入したのである。
 このような環境変化とともに旧来の預金吸収に重点をおいた店舗・人員配置などといった生産能力は「過剰」(いわゆるオーバーバンキングの発生)となり、こうした金融機関に対しては生産設備の縮小に相当するリストラクチャリングが強く求められている。わが国金融機関の場合、そうした金融に対する社会的な要請の変化を経済的規制のもと、価格指標が十分に機能を果たすことができなかったことから的確に受け止めることができず、1980年代後半、不動産業向け融資を中心として引き続き量的拡大戦略を追求した。その結果、多くの金融機関が現在、不良債権問題に喘いでいる。
 預金者保護の徹底をはかるという踏み込みがなければ、金融システムに関する不安が高ずる可能性が出たことから、公的資金の投入の決意が政府によって表明される必要が生じた。

2. 救済すべき地域金融機関とは

  われわれはまた、地元経済に対し深刻な影響を及ぼすおそれのある地域金融機関については国民的な合意を前提として救済できる余地を残しておいた。これは、単純に経営危機に陥った地域金融機関についてはすべて救済の対象とすることを意味するものではない。地方の金融機関が破綻し、その買い手が見つからなかった場合、当該地域に居住する人々が他の地域と同等の金融サービスを受けることができなくなるという事態を回避するためである。
 政府による国民に対する事前事後の説明義務を課したうえで、限定的に破綻金融機関を救済できる余地を残しておくという配慮が必要だとわれわれは判断した。

3. 公的資金の投入が金融界に意味するもの

  公的資金の投入は、金融機関にとって厳しい事態の到来を意味する。公的資金の投入はそれ以前の段階において、金融システム安定のために設けられてきた保護の殻がすべてもがれることを意味するからである。
 公的資金の投入が確約されている間は、金融システム不安の可能性は封殺される。したがって、その間においては、金融機関に関しても一般事業会社と同様に破綻すべきものは躊躇なく破綻させればよいことになる。そうしたなかで、金融機関の自己規律が確立し、ビッグバン後における21世紀日本の金融の基礎が固められることになる。

4. 公的資金による銀行株買い上げが意味するもの

  いわゆる貸し渋りを回避するため、不良債権処理に伴い自己資本が大きく傷んだ金融機関に対しては、優先株の買い上げなどを通じて公的資金を直接投入すべきという主張がある。しかし、われわれはそうした考え方には与しない。危機に瀕した金融機関は、21世紀日本の金融において要求される運用力あるいはリスク管理能力に欠けることを自ら証明している可能性が強い。もし公的資金の投入により危機に瀕した金融機関を救済することになれば、日本の金融に対するリストラ要請に反することになろう。
 また、公的資金による銀行株の買い上げは、当該銀行が一時的にせよ「事実上の国有銀行」になることを意味する。そして、その結果、金融上の資源配分に歪みを生じさせるおそれが十分強い。加えて、規制撤廃による競争の促進を通じて国民福祉の向上をはかるという金融ビッグバンの精神にも逆行することになろう。

5. 預金保険機構による資金援助は不良債権償却に伴う損失の補填に限定すべき

  この点に関連して、預金保険機構を通じた金融機関への資金援助についても、公的資金の贈与という性格を踏まえると、その実行に際しては、本来であれば預金者の負担となった損失の範囲内に限定するのが適当と判断される。今般成立した改正預金保険法により、2001年までの間、金融監督庁長官による斡旋に基づき経営危機に瀕した金融機関同士が合併して新しい金融機関を設立した場合には、預金保険機構は時価での不良債権の買い取りにより新金融機関に資金援助を行うことができるようになった。
 ビッグバン後の世界を展望すると、たとえ2001年までの間であったとしても、あらかじめ明確に定められたルールに基づく透明性の高い行政判断が望まれる。したがって、改正預金保険法による経営不振金融機関同士の合併斡旋に関しては、公的資金を投入するという事実を重く受け止め、金融監督庁長官は少なくとも事後的には詳細な説明責任を果たさなければならない。
 このほか、将来的には破綻金融機関の正常債権を譲り受けた金融機関の自己資本充実を目的として、譲り受け金融機関が発行した優先株を預金保険機構が買い上げるという措置の実行が検討されている。破綻金融機関からの正常債権の買い取りは民間金融機関の経営者による純粋な判断に基づき行われるものであり、その妥当性は増資の実行などを通じて市場において最終的に判断される筋合いのものであろう。したがって、正常債権の買い取りに際し必要となる自己資本に関しては基本的には市場からの調達に委ねることとし、預金保険機構から全額あるいは一部を援助するのは、2. の地域金融機関の場合に限られるべきである。

6. 高額預金者に対するペイオフは実行可能か

  預金者を全面的に保護した場合、それは一方で、いかなる預金者もリスクを一切負担しないことになる。そうなると、大口投資家を中心として信用度が少々劣る金融機関に市場実勢を大きく上回る金利で資金を預けるというモラル・ハザード的な行動が生じかねない。このため、預入金額を基準として保護すべき預金者とリスクを負担すべき(保護の対象としない)預金者を峻別する必要があるとのコメントを頂戴した。この指摘は正しい。まさにそうあるべきであろう。しかし、現在のように金融機関のディスクロージャーが不完全で投資家が個々の金融機関の経営内容に関し疑心暗鬼となっている状況の下では、そうした施策の実施はきわめて困難であるといわざるをえない。そのため、大口預金者についても、2001年までに撤廃すべき緊急避難的措置として位置づけたうえで、保護対象とする必要があると判断した。
 ちなみに国内銀行の預金残高は現在、約470兆円、そのうち金利が付された定期性預金は260兆円にのぼる。日本銀行の調査によると、1997年9月末現在、3億円以上の大口預金は合計55兆円(うち一般法人預金は35兆円、公金預金は14兆円)、総預金の12.4%を占めている。したがって、仮に3億円以上の大口預金については保護の対象としないとした場合、リスク負担を回避するため特定の銀行から資金が流出する可能性がある。流動性不足に陥り、瞬く間に破綻を余儀なくされる金融機関が続出する公算がきわめて高い。こうした現実的判断に基づき、われわれとしては当分の間、大口預金についても全面的に保護する必要があると考えた。
 大口預金者に対しリスク負担を求めるに際しては、それなりの環境整備が必要であり、われわれとしては、今後、以下のような方策を実施のうえ、大口預金者にリスク負担を求められるような環境作りに努めることを提言したい。

  1. 不良債権残高に関する詳細なディスクロージャーの推進により、投資家が財務内容の良い金融機関と悪い金融機関とを正確に峻別できる環境を確保する。
  2. 個々の金融機関が市場性資金に対する過度の依存を是正できるよう、債権売却に関する環境の整備に努める(詳細については後述)。