5. 不良債権の償却を促進するための税制面からの環境整備

1. 税制が不良債権償却のブレーキとなってはならない

  先に述べたように、わが国の金融機関は現在、巨額の赤字計上を厭わず積極的に不良債権の処理を進めている。ここへきて不良債権の処理が急速に進んだ背景には、1997年6月の不良債権償却証明制度の廃止があったことを忘れてはならない。これまでの間、金融機関が不良債権を償却するに際しては、不良債権償却証明制度に基づき、償却対象債権ごとに大蔵省の検査部署から事前了解をとることが求められていた。不良債権の償却に関しても大蔵省の意向が作用する環境におかれていた。これは、金融機関の不良債権の償却による課税所得の恣意的な操作の防止を狙いとして導入されたという経緯がある。そして、1997年3月末までは、金融機関による貸出金償却に関しては大蔵省の検査部署が国税庁に代わって債権償却の有税・無税を判断してきた。
 銀行が資産内容の健全性を維持していくには、不良債権の早期認識・早期償却がきわめて重要となる。こうした認識に基づき、1997年度から債権の健全性に関する自己査定が導入され、それと平仄を合わせるかたちで不良債権償却証明制度も廃止された。この結果、現在、日本の金融機関は自己査定結果に基づき自らの判断により不良債権の償却を行えるようになった。これらの措置は銀行の自己規律をこれまで以上に高めるものであり、その意味で高く評価できる。
 しかし、その一方で、不良債権償却制度の廃止は不良債権の無税償却に際し金融機関は直接、国税庁から了解をうることが必要となったことを意味する。国税庁の判断が従来の大蔵省と同様に無税償却に対し抑制的なものにとどまれば、不良債権の早期償却による財務内容の改善は「絵に描いた餅」にならざるをえない。このため、国税庁に対しては、無税償却に対する前向きの対応が望まれる。

2. 求められる貸出金償却に関するルールの公表と単体決算への税効果会計の導入

  もう少し具体的にいうと、貸出金の無税償却に関するルールの公表および課税ルールの見直しが求められる。大蔵省が運営していた債権償却証明制度においては、無税償却の対象債権が具体的に例示されていたが、同制度の廃止とともにそうした運営指針も廃止された。金融機関では現在、旧制度の下での運営指針に準拠しつつ無税償却を実施しているが、その場合、国税庁による否認リスクを負担している。こうした事態を改善し、金融機関が積極的に不良債権を償却できるためにも、国税庁に対しては無税償却に関する実務的な取り扱いルールの公表が求められる。
 このほか、有税償却に際し金融機関が支払った税金に関する財務諸表上の取り扱いの変更も求められる。金融機関も資産内容健全化のためには不良資産の早期償却が必要なことは十分承知しているが、現行の税制の下では、有税償却を実施すればするほど、当期利益が減少するため、早期償却に対しては消極的にならざるをえない。こうした事態を改善し、不良資産の早期償却を促進するためには、単体決算についても連結決算と同様に税効果会計を導入することが求められる。
 単体決算に税効果会計が導入されると、有税償却に際し支払った税金が将来への繰延資産として当期利益に算入できる。したがって、有税償却の当期利益に対する影響が会計上中立的となり、金融機関としても、当期利益水準の動きに囚われることなく、財務内容の改善を目指して機動的に不良債権の償却に取り組むことができる。