4. 求められる貸出債権売却のための環境整備

1. 80年代後半以降大きく進んだ資金ポジションの悪化

  現在、大手都市銀行を中心とする日本の金融機関が直面している経営上の大きな問題としては、不良債権問題のほか、資金の運用・調達バランスの悪化あるいは資金ポジションの悪化が挙げられる。不良債権問題の表面化とともに1990年代初頭以来、貸出金が固定化する一方、預金の新規流入が捗々しくない。加えて、不良資産の償却に際しては有価証券含み益の吐き出しという帳簿上の利益に大きく依存したことを主因に株式の簿価が急騰した結果、全体としてみるとコール・手形資金などに代表される短期の市場性資金への依存度が大きく上昇した。たとえば1997年8月末における都市銀行によるコール・手形資金取り入れ額は31兆円、国内運用資産の10%を占めるまでに至っている。
 北海道拓殖銀行や徳陽シティ銀行が破綻を余儀なくされたのは、多額の不良債権を抱えていたことに加え、その資金調達に際してはコールローンなどの市場性資金に過度に依存していたからである。去る11月における混乱が端的に示すように、金融不安の高まりを背景として投資家がコールローンの放出先を優良銀行に対してさえ絞り込むような事態に至ると、資金ポジションが構造的に脆弱な銀行はたちまち資金繰りに窮し、営業停止=破綻に追い込まれる。世の中の関心は現在、不良債権問題に集中しているが、そうしたなかで都市銀行を中心として大手銀行の資金ポジションが劣化している点を見逃してはならない。

2. 債権の売却が財務内容改善の鍵

  欧米の機関投資家や格付け機関は、不良債権問題の処理のほか、都市銀行等が資金ポジションの悪化という構造的な問題をどのようにして解決し、財務内容の健全化を図っていくかという点についても重大な関心を寄せている。経営内容が悪化した企業が財務内容の健全化を目的として実行する最も一般的な施策としては、不稼動資産の売却による資産の圧縮と借入債務の返済を通じた資産・負債のリストラクチャリングが挙げられる。経営財務内容が大きく悪化した金融機関に対しては現在、このリストラクチャリングが強く求められている。金融機関の場合、負債は預金という金融商品が大部分を占めているため、市場性資金への依存度の低下を図ることが負債のリストラに繋がる。しかし、これは決して容易なことではない。
 リストラに際しては資産を売却し、それで得た資金で市場性資金を返済するという方策の実行が最も有力である。金融界においても、資産の売却は検討されている。しかし、不良債権の担保となった不動産の売却に主眼がおかれている。担保不動産の場合、キャッシュフロー自体に魅力がないことに加え、権利関係が錯綜していることから、投資家が有望と判断するような売却商品の構成が困難となっている。このため、不良債権問題の有力な解決策として担保不動産の証券化が喧伝されているにもかかわらず、その証券化は掛け声の割にはなかなか進捗していない。
 このような事態を直視し、資産の売却を進めていくためには発想を転換のうえ、投資家が魅力を感じる優良資産の売却が不可欠ということができる。換言すると、不良債権問題が金融機関経営上の重しとして圧し掛かっているなかで、日本の金融機関に対しては優良債権の売却により資産・負債バランスの健全化および財務体質の強化を図ることが求められているのである。

3. 重要性を増す住宅ローンを中心とした債権の売却

  その一方で、1200兆円にのぼる個人貯蓄の運用という観点からみた場合、わが国においては、銀行預金よりも有利ではあるが株式・外債投資よりはリスクの小さい金融資産が利用可能となっていない。安全確実な資産と極端に危険な資産の2種類しか提供されていないため、個人投資家は少々リスクをとって高利運用を図るということが事実上不可能な状況におかれている。これは、どうみても投資家にとって不都合な運用環境であるといわざるをえない。こうした事態を改善し、個人貯蓄の有効運用を図るためにも、銀行が保有している貸付資産が売却され、これが工夫を施された後、個人の資産に振り替わることを通じて、魅力ある運用資産の個人投資家等への提供となることが金融ビッグバンを控えた日本の金融システムに求められているといえよう。外国の投資信託等は日本の個人貯蓄を虎視眈々と狙っている。日本の金融機関がそうした要請に応えることができなければ、1998年4月の為替管理の全面撤廃を契機として個人貯蓄の外国投資信託への大量シフトが起こりかねない。
 金融機関が保有している貸付債権のうち、安全性が高くてかつ売却に際し取引関係などといった配慮すべき要素が少ない債権としては、たとえば住宅ローン債権が挙げられる。企業向け貸付債権の場合、機関投資家などへ売却し、権利を移転させるに際しては、担保の多くが根抵当となっているためキャッシュフローと担保との関係が明確でないといった問題の解決が必要となるなど、克服すべき課題がなお多く残っている。これに対し、個人向け融資においてはそういった債権売却の阻害要因はさほど多くはない。加えて、個人向け融資の大部分を占める住宅ローン債権については通常、住宅ローンの対象物件そのものに抵当権が設定されているほか、保証会社・損害保険会社などの保証も付されるなど、その安全性はきわめて高く、証券化に馴染みやすい債権である。
 証券化先進国のアメリカにおける証券化商品の主流は住宅ローンに関連したものであることは、住宅ローンが証券化に適した債権であることを示唆している。わが国においても1973年に住宅金融専門会社のリファイナンス手段として住宅ローン債権信託が設けられるなど、住宅ローン債権の売却にかかわる環境は早くから整備され、現在では都市銀行等にも信託の器を利用した住宅ローン債権の小口証券化の途が開かれている。日本の金融機関においては、金融機関の資金ポジションの改善および預金に代わる魅力ある金融商品を提供することを目的として、住宅ローンを中心として貸付債権の売却を積極的に推進することが喫緊の課題になっている。
 しかし、住宅ローン債権の場合、

  1. 優良な貸付債権である、
  2. 一定の利鞘が確保できるなど収益性が高い、
  3. BIS基準の自己資本比率規制におけるリスクウェイトは50%と一般貸出債権の2分の1にとどまっている、

といった事情を背景に、あえて住宅ローンの売却をはかるニーズは高くない。このため、これまでのところ、住宅ローン債権の売却はほとんど進んでいない。

4. 債権の売却を妨げてきた法的問題にも一定の解決の目処

  住宅ローン債権の売却を推進するに際しては、期前返済に付随するリスクをどのように織り込み、管理するかという住宅ローンに固有の問題のほか、(1)債権譲渡における対抗要件をどのようにして具備するか#1、(2)抵当権の移転における対抗要件をどのように具備するか#2、という債権の売却にかかわる法的問題を解決する必要がある。加えて、わが国の場合、元利金はすべて与信金融機関を経由して回収されるため、(3)回収された元利金が与信金融機関に一時的に滞留しているときに当該金融機関が破綻すると投資家に対する元利金の支払いが行いえなくなるという、いわゆるサービサー・リスクの問題をどのようにして回避するかといった課題の克服も求められている。
 このうち(1)の法律問題解決のため、法務省に設けられた債権譲渡法制研究会において検討が進められ、1997年4月には中間報告書が提出された。この中間報告書では、「金銭の支払を目的とする指名債権」に関しては「債権譲渡人が債権の回収者として残り、譲渡人・譲受・債務者の三者関係が残る形態の」「金融目的」または「資金調達を目的とする債権譲渡」に限って債務者に対する債権譲渡通知および債権の移転登録によって対抗要件を具備することができるという方針が提示されている。そして現在、法務省においてはこうした方針に基づき法改正に向けた作業が進行していると伝えられており、こうした方向で貸付債権の売却に際し問題とされた債権譲渡における対抗要件具備の問題は解消されることになる。
 一方、(2)の抵当権移転に伴う対抗要件具備の問題に関しては、未だ簡素化の目処はついていない。しかし、提携ローン(金融機関と保証会社が提携)においては住宅ローン債権の証券化に伴う抵当権の移転は生じないため、差し当たって大きな問題とはならないと考えられる。

#1
民法467条は、指名債権譲渡が第三者対抗要件を具備するには、個々の債権譲渡ごとに個別の確定日付が付された証書を用いて通知・承諾の手続きを行わなければならないと定めている。移転対象となった債権が多数にのぼるときには、その事務手数および費用が相当なものとなり、結果として利回りの低下を招来し、最悪の場合には証券発行そのものが不可能となるおそれがある。
#2
抵当権付き債権の売却に際しては、債権の移転に伴って抵当権も移転する。そのため、第三者対抗要件としての移転登記が必要となり、登録免許税および司法書士手数料等の費用負担が発生する。とりわけ、登録免許税の場合、担保不動産の価額を基準に課税されるため、多数の債権を移転させるときには、そのコストも膨大なものになる。

5. サービサー・リスクの問題も十分対応可能

  一方、サービサー・リスクの問題に関しては、アメリカにおける事例が参考になる。すなわち、アメリカの場合、債権のオリジネーターがサービサーとなったオリジネーター固有資産の元利金回収事務と譲渡債権にかかわる元利金回収事務との混合問題に関しては、

  1. オリジネーターによる債権回収および一般口座への入金・混合を認めるが、一定期間内に譲渡債権の回収金に相当する金額を譲受人名義の別口座に転送金するよう義務づける、
  2. オリジネーターの信用力低下、回収業務の重大な不履行などが発生した場合には、転送金を義務づける、

といったかたちで対処されている。
 このほか、オリジネーターが他の機関(例えば銀行のファイナンス子会社など)にサービサー業務を委託する、あるいは金融機関が協同して元利金の取り立て・支払いの代行機関を創設するなどといった、一種のバイパス構築や信用力の高い第三者による保証もサービサー・リスクの解消策として考えられる。さらにサービサーが倒産した後の債権の回収については、証券取引の完了前に予備のサービサー(バックアップ・サービサー)を選任のうえ、当該証券化取引を常時監視させ、万が一の事態に備えるという方法がありうる。

6. 求められる債権の売却に向けた環境の早期整備

  以上述べたように、これまで困難とみなされてきた債権の売却にかかわる諸問題に関しては、関係者の真摯な努力もあって解決の目処が着きつつある。このうち債権譲渡にかかわる対抗要件具備に関する環境整備については、もうひとつの柱である特別目的会社に関する特例措置と併せて1998年3月の通常国会への法案上程を目指して法務省において鋭意作業が進んでいると伝えられている。
 わが国金融機関の資金ポジションおよび財務内容の改善を図るうえで債権の売却は必要欠くべからざる手段であるほか、われわれ消費者の貯蓄の有効運用を図るうえでも必要な金融商品である。このため、できるだけ早い時期に住宅ローンを中心として債権の売却が実行できる環境を早期に整備することが現在、強く求められている。したがって、国会に対しては、債権の売却についての環境整備にかかわる法律案に関しては緊急立法として位置づけ、早期審議・早期成立を図ることを提言したい。