貸付債権の売却市場の整備および担保不動産の証券化を促進するための緊急政策提言
はじめに
わが国金融機関の多くは、都市銀行9行の1998年3月期決算では合計2兆6400億円という空前の赤字が見込まれるなど、バブル崩壊に伴う不良債権処理の過程で自己資本の減少を余儀なくされている。自己資本の減少は資産に対する圧縮要請として働き、いわゆる貸し渋りの大きな原因となっている。こうした事態を改善し、金融が本来の機能を発揮するためにも、金融機関の自己資本充実が現下の大きな政策課題となっている。
こうした共通の認識のもと、去る12月16日に自由民主党が発表した金融システム安定化のための緊急対策においては、この課題の達成を目的として、自己資本の大きく傷んだ金融機関の発行する優先株や劣後債を公的資金により買い上げることが提唱された。しかし、この提案が円滑に実行に移されるのか、また、これが最も望ましいものなのかについては、国民の意見は分かれている。われわれの考えは次のごとくである。
21世紀日本の金融の到達点である自己規律の確立を促しつつ金融機関の自己資本充実をはかるためには、公的資金の直接投入よりも貸付債権資産等の売却による資金調達という市場を活用した方策のほうが有効である。したがって、貸付債権および担保不動産の売却市場の確立を目的として、法制・税制面等からの環境整備を早急に進めることを提言する。これは同時に、新たな投資機会の提供を意味するため、1200兆円にのぼる個人貯蓄の有効利用をはかるという観点からも重い意味があるはずだ。また、これにより、わが国において貸付債権等の売買市場が活発化すれば、外国資本の流入も見込めるため、円相場の上昇にも繋がることが期待されよう。
政策提言
1. 貸付債権の売却促進を目的とした環境の整備をはかる
- 貸付債権譲渡における第三者対抗要件具備の簡素化
貸付債権の指名債権譲渡に際し第三者対抗要件を具備させるためには、個々の債権譲渡ごとに個別の確定日付が付された証書を用いて通知・承諾の手続きを行う必要がある。住宅ローン債権の売却など譲渡対象となる貸付債権が多数にのぼるとき、その事務手数および費用は相当なものとなり、結果として利回りを低下させ、投資対象としての魅力が減殺される。こうした事務コストの引き下げをはかるために、簡便化措置の実施が望まれてきた。
法務省は現在、債権譲渡法制研究会が1997年4月公表の中間報告において提案した簡便化措置に基づく法案作成作業を進めている。そして、貸付債権の売却促進をはかるうえでのもうひとつの柱となる特別目的会社に関する特例措置と併せて、1998年の通常国会への上程が予定されている。貸付債権の売却促進は、金融機関の自己資本充実および個人の金融資産の運用の効率化をはかるという観点からは喫緊の課題と位置づけられる。このため、立法府に対して、債権売却についての環境整備にかかわる法律案を緊急立法として位置づけ、早期審議・早期成立をはかることを提言する。 - 第三者機関への即時送金によるいわゆるサービサー・リスクの解消
貸付債権の売却後も、元利金の回収は一般に債権の譲渡人が引き続き担当する。このため、回収された元利金が一時的に譲渡金融機関に滞留しているときに当該金融機関が破綻すると、投資家は元利金を受け取れなくなる。これをサービサー・リスクという。サービサー・リスクの発生を回避するためには、回収元利金を譲渡金融機関から信頼度の高い第三者機関への即時転送が不可欠となっている。
したがって、わが国において貸付債権の円滑な売却を進めていくために、金融界は譲渡債権の回収元利金の管理のみを業とする受け皿機関の設立を行うべきである。 - 抵当証券に対する信頼性の確保
わが国においては、土地・建物などの抵当権付き貸付債権の証券化手段として抵当証券が古くより利用されている。バブル崩壊後、抵当証券会社の業績が大きく悪化したほか、一部においては抵当証券会社や保証会社の破綻に伴い債務不履行が発生するなど、その投資対象としての信頼度は現在大きく傷ついている。
こうした事態を解決するため、抵当証券については、担保となった土地・建物の収益還元価値の公表を行い、投資家がその信用度を客観的に評価できるようにする。加えて、抵当証券保管機構が発行した預かり証の裏書譲渡を認めることにより抵当証券の流通性を高めるとともに、価格情報の公示制度を創設するなど、流通面での体制の整備をはかる必要がある。
2. 不動産の証券化の促進を目的とした環境の整備をはかる
- 担保不動産の競売手続きの簡素化
不良債権の最終的処理のためには、借入人が担保として差し入れた土地・建物などを売却処分のうえ資金回収をはかる必要がある。土地・建物など担保不動産の売却に際しては通常、競売が利用される。しかしながら、現在、競売件数の急増や競売手続きの厳格性などを背景として申し立てから売却実施命令が出るまでに早くて数ヶ月を要するなど、事務手続きが大きく遅延している。たとえば、競売に際し設定される最低売却価額は何らかの根拠がなければ変更が認められないため、結果として競落されないという事例が相次いでいる。このほか、競売に関する公示は各地方裁判所ごとに行われ、競売対象物件に関する一覧性の高い全国情報が提供されていないため、投資家からみた場合、情報の収集にはかなりのコストが嵩むとという問題がある。
こうした事態の改善をはかるため、次のような施策の実施を提案する。- 最低売却価額決定方法の弾力化
最低売却価額に関しては、現行の「評価人」による評価のほか、申し立て人やその他の担保権者から聴取した意見を勘案のうえ、裁判所が債務者の権利が阻害されない範囲で市場実勢に見合った価額を弾力的に決定できるよう法定する。 - 競売回数の増加による競落の促進
司法関連予算の増額を通じて裁判所における事務処理体制を拡充のうえ、現在、月4回程度となっている競売回数を月8回程度にまで拡大し、競落を促進する - 不動産競売市場の全国市場化
競売物件に対する投資家からの応札を広く募るためには、競売物件に関する情報を広く提供する必要がある。このため、例えば他地域の競売物件に関する情報についても各地方裁判所において閲覧可能とし、広く日本全国に情報を提供できるよう予算・人員面からの体制の整備をはかる。
- 最低売却価額決定方法の弾力化
- 錯綜した不動産権利関係の整理
現在の不動産法制においては、賃貸不動産の借り手は手厚く保護されている。このため、たとえ競落したとしても短期賃借権が設定されていると、その期間が満了するまでの間は事実上処分不可能な状況におかれており、これが担保不動産処分遅延の原因のひとつとなっている。
こうした短期賃貸借の濫用問題への対策としては、競売の差し押えの効力が生ずる時点以前から賃借人が土地・建物を実質的に利用していないなど詐害目的によると判断される短期賃貸借については、抵当不動産の価額を著しく減少させる行為とみなし、抵当権者からの解除請求を可能とすることが考えられる。ただし、これが善意の賃借人の追い出しに悪用されるのを防止するため、抵当権者からの短期賃貸借権の解除請求は裁判上の行使に限定することも考えられる。また、短期賃貸借権者がこの訴訟に敗訴してもなお土地・建物を占有する場合には、簡易の手続きによる明け渡し命令に関する請求権を抵当権者に付与することも検討すべきである。 - 土地の集約化促進による不動産の有効活用
担保不動産の多くは細切れなため、そのままでは利用価値が低い。したがって、担保不動産の有効活用をはかるためには、まず第1に土地の集約をはかることが必要不可欠である。このため、国や地方公共団体による土地区画の整備や市街地再開発を目的とした土地の取得を促進することが重要である。そして、こうした公共的意思決定が行われた場合においては、一番抵当権の設定以前に通常の賃貸借契約が存在する土地・建物においても、その競落後、借地借家法上、解約に際し必要とされる正当事由要件を緩和し、土地の集約化が容易に進められるようにすることも必要である。 - 不動産関連情報の収集・提供体制の整備
不動産の証券化や不動産投資信託など不動産関連の投資商品の開発に際しては、各地区ごとの賃貸価格やビルの空き室率など不動産に関連した情報の蓄積が不可欠である。しかし、わが国においてはそうした不動産関連データが個別に散在しているため、数理分析に基づく不動産投資の収益率予想が困難な状況にある。
こうした事態を改善するため、不動産関連の各種データを蓄積したデータ集中センターを創設し、個々の不動産会社や金融機関が不動産投資の収益率とリスクを的確に計算できるよう体制の整備をはかることが必要である。
3. 税制面からの不動産の売却促進をはかる
以上の措置にしたがって、担保不動産の商品性向上をはかったとしても、これに収益性が伴わなければ投資家の不動産市場への参入は見込めない。日本の不動産を内外の投資家にとって魅力ある投資対象とするには、リスクを考慮すれば6〜8%程度の期待収益率を確保することが必要となろう。そのため、次のような税制上の特別措置の実施を通じて市場価格に基づく不動産の売却をはかる必要がある。
- 遊休地に対する課税の強化
土地の有効利用促進を目的に遊休地にのみ課税される特別土地保有税の税率を引き上げるとともに納税義務免除制度の要件の厳格化をはかることにより、遊休地課税を強化する。 - 不動産売却促進のための税制優遇措置
現行の欠損金繰越し制度を活用のうえ不動産売却損にかかわる税制面での優遇措置を次のとおり実施し、不良不動産の売却・償却を促進する。
- 欠損金繰越し期間の時限的延長
含み損を抱えた不動産の集中売却に伴う多額の損失を将来収益で補填できるよう、向こう2年間に限って欠損金の10年間繰越し控除を可能とする。 - 売却損の拡大評価を通じた不動産売却に対する実質減税
不良不動産の売却・償却を促進するため、上記措置と併せて向こう2年間に限って課税所得の計算上、売却損の120%相当額を損金算入できることとする。
- 欠損金繰越し期間の時限的延長
21世紀政策研究所