米国

時事解説「トランプ大統領の米国はどこへ行くのか」<1>藤本龍児研究委員

藤本研究委員

トランプを支えるマイノリティ



経団連総研研究委員(帝京大学文学部教授)

藤本龍児



 トランプ2.0は僅差で成立し、その後も危うい運営を続けている。ただ、時代の深層の流れは変わっていない、といえよう。
 その流れは、大統領選で示された「格差」からも確認できる。
 一つ目は「収入格差」である。CNNの出口調査によると、5万ドル以下の有権者のトランプ氏支持は、前回の44%から50%に増えた。労働者が共和党に流れる傾向は続いている。
 二つ目は「大学格差」である。非大卒者のトランプ氏支持は50%から56%に増えた。対して民主党では大卒者の支持が増え、マイノリティからの支持は減った。逆にヒスパニックのトランプ氏支持は32%から46%に、アジア系は34%から39%に増えた。黒人の支持の増加は12%から13%でわずかであるが、のちに17%だった調査もある。近年では共和党が白人の党から「多人種連合」に変わった、などといわれる。
 どうしてそうなったのか。インフレがマイノリティを直撃したせいだとか、黒人はマッチョイムズが強く女性候補のカマラ・ハリス氏を嫌ったのだと説明された。しかし、トランプ氏にたいするヒスパニックや黒人の好意的な意見は、ずいぶん前から増加している。
 そもそも「白人至上主義者であるトランプをなぜ?」と思われるかもしれない。しかしトランプ氏は、実のところ2017年には「人種差別は悪だ」と明言し、そのうえで黒人の代表をホワイトハウスに招いて功績を称えたり、黒人の牧師と一緒に執務室で祈ったりしてきた。
 大統領選の中盤では、副大統領候補といわれた黒人議員と並んで公式の場に出ることが増えた。ヒスパニック向けの政治集会も増やしている。そして、それらの様子をSNSなどで流し続けたのである。
 もちろん、それらは選挙向けのパフォーマンスといえよう。しかし、本気だと思われなくてもいいのである。主要メディアで批判されているほど白人至上主義者ではないのだな、と思われればそれでいい。そうなれば収入格差や大学格差が作用し始めるからである。
 かくしてマイノリティのなかでも、トランプ氏への好意的な意見が増えてきた。それは17年8月のシャーロッツヴィル事件や20年5月のジョージ・フロイド事件など、白人至上主義と批判された事件の後でも支持が緩やかに増えていることから分かるだろう(図表参照)。
 ここで最も大きく作用するのが三つ目の「神格差」である。宗教性が高いばあいは共和党を支持し、宗教性が低いばあいは民主党を支持する傾向のことである。出口調査ではプロテスタントが60%から63%に、カトリックは47%から58%に大きく増えた。
 この神格差は、具体的には、価値観をめぐる文化戦争によって生じる。今回は人工妊娠中絶が大きな争点となり、多くの女性票がハリス氏に流れるだろう、と予測されていた。ところが逆に女性からの支持もトランプ氏が42%から45%に増やしたのである。
 たんに賛成か反対かで中絶問題をみていると、この流れは理解できない。世論調査を少し詳しくみれば、7割近くの国民は「何を規制するか」で頭を悩ませていることが分かる。
 16年からトランプ氏は、中絶を禁止するにしても、母体に危険がある場合やレイプ、近親相姦などのケースを例外としてきた。そのうえで、胎児が母体外でも生きていける後期の中絶には強く反対した。
 逆に「ハートビート法」すなわち胎児の心音が確認できるごく初期の中絶禁止を「ひどい間違いだ」と強く批難した。そして、これらの判断は全米で一律に決めるのは難しいので「各州に差し戻すべき」としたのである。
 後期中絶については、宗教保守の多いヒスパニックや黒人、あるいは女性や民主党支持者、無党派層にも反対する者が少なくない。中絶に賛成する有権者のうちでもトランプ氏支持は24%から29%に増えた。しかも、例外ありで賛成する者のうちでは30%から49%に大きく増えたのである。
 ヒスパニックの代表的な指導者サミュエル・ロドリゲス牧師は、早くも20年の段階で、このままでは多くのヒスパニックが共和党に流れていくだろう、と警告していた。
 トランプ氏への支持は、理念より利益を優先した結果だとか、無学や偏見のせいだ、などと考えているだけではトランプ現象はおさまらない。中絶や人種をはじめ文化戦争についての視界を広げ、多様な理念や価値観について考えることが欠かせないといえよう。

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