時事解説「米国の内政と外交~2024年大統領選挙を軸として」<第3回>【藤本龍児 研究委員(帝京大学文学部教授)】
藤本研究委員
「エリートへの不信」と文化戦争
21世紀政策研究所研究委員(帝京大学文学部教授)
藤本龍児
今回の大統領選挙でどちらが勝つにせよ、トランプ現象は続くだろう。こういう展望は、多くの人に共有されるようになってきた。いまや「トランプは原因ではなく結果だ」という認識が広がってきたからである。現在の米国の分断は、トランプ前大統領本人というより、その背後にあるより大きな問題に起因している。
では、その大きな問題とは何か。選挙後の米国を展望するためにも、今回の大統領選挙に特徴的な二つのことから考えてみたい。
一つは7月末、民主党の候補がバイデン大統領からハリス副大統領に替わったことである。現職大統領の撤退は1968年のジョンソン大統領以来、それも3月末のことであり、今回は異常事態といえよう。それでも、ハリス氏が記録的な献金を集めたことで帳消しと見なされたのか、早くもほとんど顧みられなくなった。しかし、ここには根深い問題がある。
民主党は、しばらく民主主義の危機を強調してきた。対外的に「専制主義との対決」を打ち出すとともに、国内では「選挙結果の尊重」を訴えてきた。2021年1月の議事堂襲撃事件をふまえてのことである。
ところが今回の交替劇では、党内の手続きを踏んだとはいえ、予備選挙の結果を軽んじることになった。現職大統領が継続の意志を繰り返し表明しているにもかかわらず、有力政治家や有名人が包囲網を形成し、こぞって圧力をかけたからである。その点を懸念する声はリベラル派のなかにもあったが、高齢不安を抱えたままでは戦えない、というリアリズムに抑え込まれた。
ただ、より大きくみれば、無党派層や(元)民主党支持者にまで広がるトランプ現象の原因には「エリートへの不信」がある。今回の交代劇は、民主主義とは名ばかり、実質はエリートの支配ではないか、という疑念を深めてしまった。これを最も懸念していたのはオバマ元大統領である。それで「バイデンおろし」には乗らず、タイミングを待った末に「ハリス支持」を表明したのであった。
こうした観点からすると、記録的な献金の話題はオバマ氏の配慮をかき消したうえに、さらに疑念を深めた、という側面が見えてくる。小口献金も少なくなかったし、日本のように「政治とカネ」の問題として責められることはない。しかし、結局「選挙のゆくえもカネ次第」か、という不満を生んだ。そして、その不満はカネそのものよりも、カネを動かすエリートに向けられる。こうして「エリートによる民主主義の収奪」という認識や不満がトランプ現象を継続させ、極端な場合には、議事堂襲撃事件を正当化してしまうのである。
もう一つの特徴は、人工妊娠中絶の規制、いわゆる「文化戦争」の中心的な問題である。22年の中間選挙で民主党を活気づけた実績があり、ハリス氏はとくに強調している。初の直接対決となった討論会でも「トランプ氏は全米で中絶を禁止する法案に署名するだろう」と批判した。「そんなことはしない」とトランプ氏は返答した。争点化を避けるために穏健化したとみられているが、ここにも根深い問題がある。
実のところトランプ氏はほとんど姿勢を変えていない。といっても本心は過激なまま、というのではない。逆である。
トランプ氏が16年から繰り返しているのは「判断は州に任せるべき」ということである。母体に危険がある場合や、レイプ、近親相姦の場合は例外とも言ってきた。基本方針はそこにある。最新のピュー・リサーチ・センターの調査でも、中絶に「例外なく反対」は国民の8%しかいない。白人福音派のなかですら19%である。対して「例外なく賛成」は国民の25%である。7割近くの国民は「何を規制するか」で分断している。
これをふまえてトランプ氏は、討論会でも「後期中絶」の規制を強調した。ヒスパニックなどのマイノリティや無党派層、民主党支持者にも賛同者がいるからである。
ただトランプ氏は、それを過激に主張するし、一部の強硬派をつなぎとめるために返答に曖昧さを残す。これでは反発を招き、不信感も拭えない。
必要なのは、両極以外の人々が互いに説得を試み、妥協点を探っていくことだろう。民主主義の基本である。しかし、文化戦争に巻き込まれた現状では、誇張された見解が注目され、両陣営の重なりは見えてこない。トランプ現象の大きな原因となっている文化戦争とは、個々の問題の対立というより、それらを見る世界観の対立のことなのである。