2. 市場のなかで自己資本の充実を図る
1. マーケットメカニズムを通じて問題の解決を図る
昨秋以降、日本においては、いわゆる貸し渋りが企業金融面での大きな問題となっている。マスコミにおいては、銀行から突然融資の回収を求められたとか、合意していた融資が一方的に打ち切られたといった事例が中小企業を中心として多数紹介されている。政府では、健全な企業が銀行融資を受けられないことに起因する困難の解消を目指して、昨年末以降、緊急避難措置として公的金融を拡充した。しかし、市場を通じた銀行信用の配分が実体経済面での資源配分の効率性を確保するうえでの根幹を形成しているという経済の原則に即して考えると、国家や公的金融が民間経済活動に関与することが長期間にわたって高くならないよう留意する必要がある。経済問題の解決に際しては、民間セクターのイニシャティブを第一義的な解決手段として重視することが求められている。
信用収縮あるいは貸し渋りを民間セクターのなかで解消するためには、銀行の与信能力を向上させることが不可欠とされる。不良債権処理の過程で大きく傷ついた銀行の自己資本の充実を図ることが喫緊の課題となっているといえよう。それゆえ、政府では本年3月、銀行の自己資本強化を目的として主要19行を中心として総額1兆8156億円にのぼる資本注入を実行した。しかし、これは緊急時における便法という位置づけになろう。その一方で、わが国においても昨年来、経営危機が噂されるグループ系銀行の再建支援を目的として第3者割当増資に応じるとか、海外市場において優先株の発行に踏み切るなど、投資家と直接対峙のうえ資本調達を行うという企業金融の王道を歩む動きが主要行のなかで少なからずみられる。
今、日本の銀行経営者に求められるのは、緊急事態に至ったとしても、国家に安易に頼ることなく、市場のなかで自律的に立ち上がろうとする胆力であり、これが醸成されない限り、問題の本質的な解決はありえない。仮に公的金融の拡大や国家により資本注入により問題が処理されたとしても、本質的な問題の解決は先送りされたという事実を直視する必要がある。過少資本となった銀行が反転して攻勢に出るためには、市場における増資の実施が不可欠となる。それゆえ、政府においてはむしろ、民間セクターのなかで自律的に自己資本の増強を図ろうとする動きを支援し、銀行信用が内生的に拡大していくメカニズムの整備が求められる。
2. 銀行株価の急落が意味するもの
こうした主張に対しては、銀行株価の急落は投資家の銀行株離れを示すものであり、そうした投資環境の下では増資の実行はきわめて困難であるという反論が聞かれる。確かに、銀行株の低落は著しい。しかし、銀行株価の急落はまた、その一方で、不良債権の大量発生とともに自己資本が大きく毀損され、すでに過少資本の状態に陥っていることが株式の時価総額(market capitalization)の減少を通じて顕現したものとも解釈できる。株価の急落は、時価総額の減少というかたちで実質的な減資を意味しているのである。そのため、この株価での増資の実施は「減資、そして増資」という企業再建に向けた自己資本のリストラクチャリング過程を事実上なぞることに等しい。それゆえ、銀行株の急落は、経営者層に対し新しい挑戦の機会を提供しているとも理解できる。
増資に際しては、当然のこととして、銀行経営者が自らの責任を明らかにするとともに再建計画を提示することが求められる。それゆえ、出資者を新たに募るということは、株主との間で、経営資源の絞り込みとリストラを通じて利益の向上を図るという契約をあらためて締結することを意味する。これは、経営者、従業員双方にとって多大な痛みを伴うきわめて厳しいものであるが、避けて通ることはできない。市場が求める改革が実行されてはじめて、投資家の信頼は高まっていくからである。
この間、新しい自己資本の供給者としては、@国内の非金融企業、A年金基金などの機関投資家や個人株主、B海外の銀行、証券会社が想定しうるが、いずれについても国民経済的視点からみて排除しなければならない必然性はない。
3. 一歩前に出る意欲のある銀行に対する報奨金授与制度の創設
貸し渋りと称される銀行による与信機能の異常収縮を反転させ、日本経済の再生を促するためには、上記のような自己資本の充実を通じて、
- 与信量の拡大を実現する、
- 貸出資産の内容を好転させる、
- 新しい与信先を開拓する、
といったことが求められる。このような課題の達成に積極的に取り組んだ銀行に対しては、そうした動きを支援するためにも、納税者から特別の報酬(ボーナス)が授与されてもよい状況にある。すなわち、銀行が与信を拡大させていくのを後押しするためにも、「13兆円の枠組み」を使ってボーナスが供与されてしかるべきと考えられる。
こうした銀行による自己資本充実および与信能力拡大に向けた自律的な動きに対する評価とボーナスの供与方法については金融危機管理審査委員会(佐々波委員会)において決定することとし、そうした権限を同委員会に付与することが求められる。なお、ボーナスに関しては、向こう3年間、増資額の2%を上限として、融資量の拡大、貸出資産内容の改善、新規融資の開拓などを指標化して毎年供与するといった方策がありうる。 銀行業のリストラはまた、
- 証券化に代表される金融機能の分解(unbundling)、
- 経営資源の特定業務への絞り込み、
を通じて行われる。こうした点を踏まえて考えると、資産の運用能力が銀行の競争力を形成する21世紀の金融の基礎を固めるためにも、増資による自己資本の充実策をはかることはもとより、証券化などを通じて実質的に与信量の拡大に寄与した銀行についてもボーナス支払いによる表彰の対象とすることが求められる。
4. アメリカの不良債権処理事例もそうしたアプローチの妥当性を証明
1980年代後半から90年代前半にかけて、アメリカの銀行も3つのL(LDC:途上国向け融資、LBO融資、LAND:不動産関連融資)に起因する不良債権問題に苦しんだ。そうしたなかで、シティバンク、チェ−ス・マンハッタン、ケミカルといったアメリカの名門大手銀行の不良債権比率は軒並み上昇し、たとえばシティバンクの不良債権比率は1990年の段階で危険ラインといわれる5%を超えた。銀行のなかには不良債権の償却負担が収益を大きく圧迫するなかで、格付けの低下を余儀なくされ、倒産の危機に追い込まれるところもみられた。また、現在の日本の銀行株と同様に、信用度の低下とともにアメリカの銀行株も大きく値を下げた。
一方、アメリカの銀行監督当局は、銀行破綻を未然に防止することを目的として、銀行のソルベンシーの基礎を構成する自己資本に関してはきわめて厳格なスタンスを維持してきた。実際、1991年末には連邦預金保険公社改善法(FDICIA)が制定され、自己資本が不足した銀行には経営権の接収まで含めた業務制約が課されることになった一方、自己資本が充分な銀行には新規分野への進出が認められるなど、さらなる経営の自由度が付与された。このようにアメリカでは自己資本比率を梃子として銀行監督が強化されるなかで、銀行経営者にとっては自己資本の充実が喫緊の課題として注目を集めるようになった。
こうした監督当局の自己資本比率を健全性基準として重視する姿勢が強まるなかで、業績不振に陥っていたアメリカの大手銀行経営者の多くは、増資、劣後債等による資金調達が困難だったため、まず遊休資産、不稼働資産、低マ−ジン貸付等を一括売却したり、証券化の手法に基づき処分するなど、バランスシ−トのダウンサイジングに注力するようになった。さらに、徹底した経費の削減、比較優位をもつ部門への経営資源の集中といったかたちで収益管理強化が図られたほか、経営戦略も見直され、資産残高の拡大よりも収益の拡大に重点が置かれるようになった。その結果、有価証券の引受業務、ディ−リング業務、デリバティブなど貸出以外の業務の比重が高まっていった。
リスク管理の徹底は貸出業務にも適用され、貸出案件の創出に際しては、信用リスクに見合ったプレミアムの設定が重視されるようになった。いうまでもなく、連邦準備制度による低金利政策による利鞘の拡大が銀行収益の回復に果たした役割を無視することはできないが、そうしたリストラ策の進捗を背景とする収益の改善が自己資本の充実につながり、それがまた、不良債権処理を進捗させていった。こうしたアメリカの銀行によるリストラの動きは株式市場でも高く評価され、1990年末には銀行の株価は早くも上昇に転じた。いずれにしても、アメリカの大手銀行は、不良債権処理を図るためには収益基盤の拡充が不可欠という認識に基づき経営戦略の抜本的な見直し、厳しいリストラの実施を経て強靱な財務体質をつくり上げることで危機を乗り切り、いまや世界のリ−ディング・バンクという名声を得るまでの復活を遂げている。ちなみに、銀行株価は底値の10倍以上も上昇し、アメリカ株式市場の有力な相場上昇の牽引車となっている 。日本の銀行においても、このような徹底したリストラ策の実施が強く求められる。