1. 現状認識
1. 今われわれは何を最優先させるべきか
日本経済はいま、デフレ・スパイラルへの転落というきわめて深刻な危機に直面している。いわゆるバブル崩壊とともに銀行が抱えた膨大な金額にのぼる不良債権の抜本的処理が先送りされるなかで不良債権問題も一段と深刻化し、それが日本経済の先行きに暗い影を投げかけている。こうしたなかで銀行の自己資本は大きく毀損され、国内金融市場における信用収縮を招来し、それがまた景気を悪化させるというデフレ・スパイラル的な悪循環に陥り、国民生活に重大な影響が及ぶことが強く懸念される。アメリカ、北欧諸国など海外においては不良債権問題が速やかに解決され、その後、経済活動が活性化している事例が多数みられるなかで、抜本的な対策が何ら打ち出されない日本に対し国際的に不信の目が向けられている。最近における急速な円安の進行は、まさにそうした海外投資家の日本に対する不信感の現われといっても過言ではない。
現在、日本に問われているのは、これまでの問題先送り姿勢を排し、不良債権問題に果断に取り組み、その解決の道筋をつけることにより日本経済の活性化を図ることができるか否かである。そのため、欧米主要国においては、不良債権問題の処理は日本政府の問題解決能力を判断するための「リトマス試験紙」であると称されることが多い。政府では、こうした現実を直視し、預金者保護を目的とした公的資金の投入を決断のうえ、本年3月には破綻金融機関の処理スキームの整備・拡充に努めたほか、大手銀行などが自己資本充実のために発行した優先株、劣後債を取得した。これらの施策は、日本経済に蔓延している金融不安を払拭するとともに、金融不安と景気後退との悪循環を断ち切って日本経済の活性化を促すことを狙いとしている。
そして現在、政府・自民党においては、受け皿銀行(いわゆるブリッジバンク)の創設など、預金者や借り手に悪影響が及ぶのを防止しつつ破綻した銀行を整理する方法が検討されている。こうした一連の措置は、金融システム安定化に向けた枠組み作りのための施策として評価できる。
2. 破綻銀行処理の枠組みだけでは問題の本質的な解決にはならない
しかし、そうした施策で問題が本質的に解決され、日本経済が本当に再生に向けて動き出すのかと問われれば、「否」と答えざるをえない。不良債権問題の抜本的な解決という短期的な課題に加え、ビッグバン後の21世紀日本における金融の姿を展望のうえ、日本の金融を自己統治の原則に基づく透明性の高いものへと改編していくという構造改革についてもあわせて取り組んでいくことが強く求められるからである。こうした観点からすると、次に掲げる中長期的な日本の金融に関する構造問題についても、あわせて取り組んでいく必要がある。
第1は、金融供給体制のリストラクチャリングである。問題金融機関の整理・統合のほか、店舗ネットワーク・人員配置などバブル期に大きく伸び切った日本の金融供給体制を新しい時代環境に見合ったものへと改編のうえ、スリム化していくことが求められている。
第2は、金融取引における透明性の向上である。日本の場合、不良債権のディスクロージャーに対して欧米投資家から強い不信の念が寄せられている。また、メインバンク制という運命共同体的な銀行取引関係が象徴的に示すように、金融取引に関してはなおグローバルスタンダードから乖離した慣行が残っている。日本の金融を世界水準に引き上げるためにも、改めるべきものについては改め、グローバルスタンダードに合致した情報開示を推進していく必要がある。
第3に、自己統治原則の確立が挙げられる。日本の金融においては、これまでの間、護送船団方式と称されるように、大蔵省・日本銀行のプレゼンスが高かった。しかし、今後は、そうした政府の関与を極力排し、銀行経営者が自己責任の原則にしたがって経営に邁進し、それが市場において評価されるようなメカニズムを一段と強化することが求められている。こうした観点からすると、現在のような緊急事態であっても、民間セクターのイニシャティブを重視し、国家や公的金融の関与が過度に強まることがないよう留意しなければならない。
3. 求められる与信拡大を促すメカニズム
いうまでもなく、日本経済あっての不良債権処理である。それゆえ、不良債権および問題銀行の処理に際しては、金融不安をいたずらに煽ったり、信用収縮の引き金、さらには日本発の世界恐慌の引き金となることは厳に避けなければならない。日本経済に漂っている金融不安を払拭するとともに景気後退と信用収縮の連鎖を断ち切って日本経済の活性化を促すには、先に掲げた問題の解決に加え、銀行与信の拡大を促すメカニズムをつくり上げていく必要がある。