政策提言 金融システムの安定化と日本経済の再生に向けて
はじめに
破綻金融機関の相次ぐ発生とその背景にある多額の不良債権という問題に対する取り組みにおいて、残念ながら日本は全体として遅れをとった。しかし、1998年に入ってからは30兆円の金融安定化資金の枠組みが用意され、預金者の保護および銀行の自己資本の充実に対して公的資金の投入が準備された。また、貸出資産の売却を促進するため、SPC(特別目的会社)という新たな法人概念も創出され、証券化という手法も本格的に活用が可能となった。ところが、破綻金融機関の発生のおそれが現実化し、また過少資本に陥った銀行が登場すると、個々の借り手企業のなかに自らの立場が損なわれた、とする声も増えた。これに対しては、金融機関の破綻処理のなかで合併や売却先が決まるまで破綻銀行の債権債務を引き継ぐ組織としてのブリッジバンクを創設すべきだ、とする声が高まり、7月初めにもブリッジバンクの骨格が政府から発表されようとしている。それでは、ブリッジバンクの登場によって問題はすべて解消するであろうか。21世紀政策研究所では、(1)金融システムの安定化に当たっては市場の機能を最大限に引き出す仕組みを作り、日本経済全体に対する貸出増を実現する、(2)最終需要の発生の連鎖をつくり出す、という2点についての提言のとりまとめを急いでいた。ブリッジバンク構想のとりまとめが急拠浮上したため、(1)についての提言を今回先行させる。
いわゆるブリッジバンクの創設は、危機に瀕した金融システムのもとでの、通常の借り手保護の枠組みや破綻した銀行の処理体制を整備しようとするものであり、金融システム安定化に向けた施策として評価できる。しかし、それらの多くは金融秩序の崩壊防止を狙いとするものである。だが、信用収縮の連鎖を断ち切ると同時に日本経済の再生を図るうえで必要とされる銀行与信の拡大を後押しする枠組みとしては、未だ十分ではない。日本経済が直面している現下の困難を乗り越え発展していくためには、不良債権問題の解決にとどまらず、健全な銀行が自己統治の原則にしたがって自己資本を充実させ、与信を拡大させていくメカニズムを日本の金融全体についてつくり上げる必要がある。加えて、日本の金融をグローバルスタンダードに合致したものとするためには、護送船団方式に代わる新しい銀行監督制度を早期に確立することが求められる。
今回、21世紀政策研究所は、日本経済の再生を図るため、内需主導の最終需要拡大メカニズムをつくり出す一方で、以下に掲げる3つの前提および留意点にしたがって、民間銀行による与信能力拡大を支援する枠組みを創設すること、および自己統治、事後的検査・考査に重点を置いた金融監督制度を早期に確立することを提言する。
1. 3つの前提
- 目的:
市場における自律的な動きを通じて日本経済の再生と健全な発展を促す
銀行からの自己資本充実要請に対し投資家がそのリスクとリターンを慎重に判断のうえ応じていくことを通じて、日本経済の再生と健全な発展に不可欠な銀行与信の拡大が自律的に立ち上がるメカニズムを用意する。 - 到達点:
グローバルスタンダードに合致した金融の枠組みを構築する
銀行経営者の自己規律マインドを向上させるためにも、早期是正措置における発動基準や措置内容の厳格化を図るほか、時価会計に基礎を置いた経営財務内容の開示(ディスクロージャー)を一段と促進し、預金者や事業者が健全な取引銀行を適切に選択できるよう環境の整備に努める。 - 公的部門の関与:
金融取引における公的部門のウェイトは過度に上昇させない
銀行信用配分の適正化が実体経済面での資源配分の効率性を確保するうえでの根幹を形成しているため、問題の解決に際しては、民間セクターのイニシャティブを重視し、国家や公的金融の関与が長期間にわたって高くならないよう留意する。
2. 3つの留意点
- 大恐慌の発火点の封じ込め
インターバンクでの金融機関の債務不履行(デフォルト)を絶対に起こさないよう、政府と日本銀行は2000年までの1年半は特別の検査・監督体制をとることを宣言する。 - II分類債権(回収に注意を要する債権)への偏見を解くことの重要性
そもそも銀行には融資先に対するモニタリング(監視と助言)を通じて、生き生きした経済を実現するという課題がある。この機能のゆえに銀行員に対して、相対的に高い報酬と敬意とが寄せられていると解すべきである。設立して間もない事業会社は、企画、生産、販売、資金回収、経理などのすべての局面において不安定性を秘めている。こうした事業会社への融資は、いかに技術や経営者の意欲、誠意があろうとも、ともすれば「II分類債権」になりがちである。もし「健全債権」のみを有する銀行があるとすれば、融資に当たってその銀行に要請される機能は小さく、したがって、報酬も小さいものと理解すべきである。「II分類債権」に関して過度の回収態度や新規融資ストップが相次ぐようなことがあれば、21世紀初頭の日本経済のサプライサイドの潜在的力量は大幅に損なわれていると覚悟すべきだ。 - ディスクロージャーの徹底とリスクに見合った貸出条件の受容
これまでの銀行行政の下では、貸出のリスクに見合った貸出条件の実現は妨げられてきた。他方、こうしたなかで不良債権処理問題の長期化とともに、リスクのある貸出そのものが問題なのだ、という見方さえ日本社会の一部に生れるに至った。しかし、これはすでにみたように、誤りである。リスクに見合った貸出金利の受け取りが実現することが本来である。日本の銀行の資産内容についてのディスクロージャーは今後徹底されなければならないが、それは他方で、リスクに見合った貸出金利が浸透することを日本社会が公認することでなければならない。
3. 自己資本の充実を通じた銀行与信能力の向上
- 不良債権問題に起因する信用収縮(いわゆる貸し渋り)を解消するとともに銀行の与信能力を向上させるためにも、現在、銀行の自己資本充実が喫緊の課題となっている。こうしたなかで、債務超過に陥っていない健全な銀行においては、リストラ計画を提示のうえ、株主割当増資あるいは新しい資本を持ち込む意欲のある機関を対象として第3者割当増資を早急に実施し、自己資本の充実を図る動きがある。政府は、こうした民間セクターにおける自律的な動きを後述の報奨金授与を通じて誘因づけることが求められる。
- 銀行株価の急落は、不良債権の大量発生とともに自己資本が大きく毀損され、すでに過少資本の状態に陥っていることを株式の時価総額(market capitalization)を通じて示しているとも理解できる。過少資本となった銀行が反転して攻勢に出るためには、増資の実施が不可欠となる。株価の急落は時価総額の減少というかたちで実質的な減資を意味しているため、この株価での増資の実施は「減資、そして増資」という企業再建に向けた自己資本のリストラクチャリング過程を事実上なぞることに等しい。それゆえ、銀行株の急落は、経営者層に対し新しい挑戦の機会を提供しているとも解釈できる。
このように考えると、銀行経営者が自らの責任を明らかにするとともに再建計画を提示のうえ出資者を募ることは、資本市場の原則に立ち戻って株主との間で経営資源の絞り込みとリストラとを通じて利益の向上を図るという契約関係に改めて入ることを意味する。 - 新しい自己資本の供給者としては、
- 国内の非金融企業、
- 年金基金などの機関投資家や個人株主、
- 海外の銀行、証券会社
4. 一歩前に出る意欲のある銀行に対する報奨金授与制度の創設
- 銀行による与信機能の異常収縮が発生している現状においては、上記のような自己資本の充実などを通じて、
- 与信量の拡大を実現する、
- 貸出資産の内容を好転させる、
- 新しい与信先を開拓する、
- 銀行業のリストラは、
- 証券化に代表される金融機能の分解(unbundling)、
- 経営資源の特定業務への絞り込み、
- こうした銀行による自己資本充実および与信能力拡大に向けた自律的な動きに対する評価とボーナスの供与方法については金融危機管理審査委員会(佐々波委員会)において決定することとし、そうした権限を同委員会に付与することが求められる。なお、ボーナスに関しては、向こう3年間、融資量の拡大、貸出資産内容の改善、新規融資の開拓などを指標化のうえ、増資額の2%を上限として毎年供与するといった方策がありうる。
5. 護送船団方式に代わる新しい金融監督体制の構築
- 政府においては、21世紀の金融グローバル化時代にふさわしい、護送船団方式に代わる金融システム保護の仕組みを早急に確立する必要がある。そのためにも、銀行検査・考査人員数を例えば現行比倍増させたり、一部の検査員を銀行に常駐させるなど、事後的な検査・考査体制の充実・強化を図る必要がある。また、金融秩序の崩壊防止に際しては、個々の銀行における不良債権あるいは自己資本充実度についての実態把握が前提となるため、例えば本年9月末までにすべての銀行を対象として不良債権を精査することが求められる 。
- 銀行経営者および銀行株主における自己責任原則の徹底を図るため、以下のような施策を速やかに実施する。
- 早期是正措置の発動基準を強化し、問題銀行に対しては速やかな退出を求める。
- 自己査定に基づく不良債権の早期認識・早期償却の促進を狙いとして、貸出金についても時価会計を導入のうえ延滞債権額の算定基準を明確化させる。
- これと平仄を合わせるためにも、貸出金償却に関する税法基準を廃止し、不良資産の無税償却を自由化する。
- 不良債権等に関するディスクロージャーをさらに推進し、銀行経営者の経営手腕が常に市場で問われるような体制を構築のうえ、経営者を規律づける。
- 当局に対する各種計数報告に際し虚偽の報告を行った場合の罰則および罰金を禁止的な水準にまで引き上げ、経営者におけるモラルハザードの発生を防止する。
21世紀政策研究所