哲学・リベラルアーツ

セミナー「民主主義はどこへ向かうのか」を開催しました

左から、張教授、中島研究主幹

 経団連総合政策研究所(筒井義信会長)の資本主義・民主主義研究プロジェクト(研究主幹=中島隆博 東京大学東洋文化研究所所長)は6月11日、ニューヨーク大学の張旭東教授を招き、セミナー「民主主義はどこへ向かうのか」をオンラインで開催しました。張氏の講演概要は次のとおりです。

 

■The Social Crisis of Democracy Under State Capitalism--Political and Philosophical Perspectives

 世界は今、複合的な危機に見舞われている。地域的・世界的な覇権を巡ってナショナリズムや排外主義が台頭し、文明的緊張や対立が深まるとともに、経済や技術の分野における競争や対立も、国家の存続に関わるほどに激化している。われわれはこうした状況のもと、資本主義と民主主義を再検討する必要がある。
 本講演では、民主主義の問題を、中国の「国家資本主義」(国家が権威主義的な方法で経済活動を主導することによって推進される資本主義)の文脈で考えたい。
 一般に先進国においては、資本主義が生み出した不平等・対立・矛盾に、政府が社会福祉制度の整備などをもって対処するには、単なる経済的な理由だけでなく、倫理的・道義的な根拠をもって国民の理解や共感を得ることが必要とされる。すなわち政府には、国民が納得できる「完全なる正統性」が必要といえる。
 では、中国はどうか。香港の哲学者である慈继伟氏の次のような議論が参考になる。
 中国は、過去40~50年にわたり、資本主義的な改革を進めた。そうしたなか、中国政府も、他の先進国と同じように、国民から正統性を要求されるようになってきている。中国政府の正統性の根拠となるものは何だろうか。中国においては、かつては社会階層を重視する文化を醸成した儒教的な価値観が重要であったが、資本主義の導入に伴って形成されてきた民主主義的な価値観と両立することが難しくなっており、政府の正統性の根拠が揺らいでいる。
 現在の中国は、正統性の根拠として経済的成功をアピールしている。確かに今や中国経済は世界のなかでも強大であり、それを根拠に中国政府が国内外で広く受け入れられている面はある。しかし、「完全なる正統性」は、経済的な結果だけでは基礎付けられない。自らの権威について、倫理的・道義的な面から共感されない限り、「完全なる正統性」は与えられない。そして、その「完全なる正統性」を生み出すカギは、民主主義なのである。慈氏は、「中国は、大幅に民主化を進めない限り、これ以上長く大きく台頭することはできない」と論じている。
 日本についても述べる。日本の特徴は、極端な資本主義競争が存在していないこと、低成長や人口減少にも拘わらず生活水準が高いこと、及び、憲法制定経緯の問題や米軍駐留問題に見られるように、国際監視のもとに、主権がある意味で限定的であることなどにある。このような日本の特徴は、複合的な危機のもとにある現在の世界に新たな示唆を与えるものである。

 セミナー後半では、張氏と中島研究主幹が対談を行った。日本の「限定的主権」のモデルがこれからの民主主義時代の参考になるかといった点について議論を深めた。

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