国際情勢・通商

時事解説「バイデン政権『前半戦』の分析と今後の展望」<第3回>【藤本龍児研究委員(帝京大学文学部社会学科准教授)】

藤本研究委員

 2020年の大統領選勝利でスタートしたバイデン政権は2211月の中間選挙を経て「後半戦」に入りました。

 本解説シリーズでは、21世紀政策研究所米国研究プロジェクトメンバーが、バイデン政権の「前半戦」における主要政策の動向やアメリカ民主主義の現状に関する分析に加え、来たる24年大統領選の展望について8回にわたり連載します。

 第3回目は、藤本龍児研究委員です。本文に続き、さらに深い解釈を加えた論考も掲載しております。

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「中間層の再興」は「民主主義の健全化」を果たせるか?~中間コミュニティーと文化戦争

21世紀政策研究所研究委員(帝京大学文学部社会学科准教授)
藤本龍児

 バイデン大統領は、21年の施政方針演説で「中間層の再興」を課題として強調し、23年6月にも「バイデノミクス」を示して当初の方針に変わりがないとアピールした。

 演説では「民主主義の健全化」についても強調していたが、この二つの課題はどのようにつながるのか。それを理解すればアメリカ民主主義の行方が、ひいては日本や先進諸国でも共有されている課題が浮かび上がってくると考えられる。

 世界の中で民主主義の国は、今世紀に入って急激に減少し、19年には少数派となってしまった。米国内では、政治システムを変革しなければならない、と考える国民は85%に上っている。一方、中間層はすでに半世紀前から衰退を始めていた。

 では、なぜ中間層を再興すれば、民主主義が健全化すると言えるのか。それは一つに、中間層が社会の中核を占め、民主主義の担い手と考えられからである。もう一つは、ある種の政治思想が作用している。政治の使命は、より多くの人々に「自由」を追求するための社会的条件を提供することにある、という考えである。そのばあいの自由とは「選択肢の拡大としての自由」を意味する。自由の条件を整備して市民の活力を引き出し、民主主義の活性化や経済成長につなげる。そうした「リベラル・デモクラシーの政治経済学」が基本にあると言えるだろう。

 しかし、そこには別の問題が残されている。『アメリカのデモクラシー』を書いたトクヴィルによれば、米国のデモクラシーの原動力は、地方自治や自発的結社に、そしてそこで経験を積んだ人々の見識や活力にある。必要なのは他者と課題を共有し、討議し、痛みを分かち合うことを学ぶコミュニティーなのである。

 ところが1960年代半ばから、そうしたコミュニティーが衰退してきた。そこで育まれる「社会関係資本」も減少している。社会関係資本とは「社会的ネットワーク」や、そこに生じる「互酬性や信頼性の規範」のことである。親戚、近所、地域、学校、職場、趣味のグループなど「(顔の見える)つながり」であり、そこにある持ちつ持たれつの人間関係や共有された価値観のこととも言える。人々が協調するための資源となり、市民活動を活性化させ、デモクラシーに資するのである。しかしそれが、半世紀前から衰退しはじめた。

 80年代後半からはグローバル化によって、自分たちの生活の問題すら自分たちで制御できない、という政治的な無力感が深まっていく。「手応えとしての自由」が失われていったと言えよう。さらにその後はインターネットやソーシャルメディアによってバーチャルな関係性が増え、見たい情報しか見えなくなる「フィルターバブル」や、似た意見を持った人々のなかで自分が正しいと勘違いする「エコーチェンバー」が生じるようになる。これにより党派的な対立に拍車がかかっていった。

 また、半世紀前からは「文化戦争」も生じていた。人工妊娠中絶や同性愛、公立学校における祈り、移民、銃規制、あるいは「ポリティカル・コレクトネス」(PC)などをめぐる対立である。

 一つの契機は、60年代の「カウンター・カルチャー」にあった。70年代には、多様な価値を許容するリベラル派と、伝統的な価値を守ろうとする保守派で争いが始まる。80年代からは保守派が共和党に、リベラル派が民主党に結び付きを強め、対立が深まっていった。

 もう一つの契機は、60年代に広がった「自己実現の個人主義」にあった。これは、社会運動の変質とも連動し「アイデンティティー・ポリティクス」を生じさせた。

 そのよりどころは人種やセクシュアリティー、エスニシティーなど多岐にわたり、細分化していく。感情が核となり、その承認を求めるゆえに、「怒り」や「誇り」が刺激され、過激化しやすく、妥協もしにくくなった。

 そうした文化の次元にまで及んだ分断や対立も「中間コミュニティーの再編」によって緩和できると考えられ、諸々の研究も進められている。

 ただ、トクヴィルは、デモクラシーに欠かせないものとして「共通の観念」についても論じていた。これは、文化戦争の根底で問われる「アメリカの中心的な価値とは何か」といった「共通の理念」をめぐる探究に通じている。文化戦争は「分断の原因」であると同時に「連帯の基盤」にもなり得るのである。

 民主主義の健全化のためには、「中間層の再興」だけでは足りず、「中間コミュニティーの再編」や、そこで育まれる「共通のビジョン」も欠かせない。そうした「トクヴィル流の政治経済学」がなければ、今後も、ポピュリズムによる反乱がおこることになるだろう。

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