1. 現状認識

1-1. 破綻処理原則において日本はむしろ例外

  1980年以降、わが国をはじめ世界中の多くの国においては、不良債権の累増を背景として銀行危機が発生している。国際通貨基金(IMF)の調査によると、1980年から95年までの15年間に銀行危機を経験した国は加盟181か国の約4分の3に相当する133か国にものぼるが、そうした銀行危機の多くは発生後数年のうちに解決されている。金融機関の不良債権問題が未解決なままなお残っているのは、日本、タイ、韓国、中国、インドネシアなど比較的少数の国にとどまり、先進国では日本のみである。
 アメリカやノルウェーなどでは11980年代末から90年代前半にかけて、経済活動に占める金融機能の重要性に鑑み、公的資金を将来における経済安定のための投資と位置づけ、破綻金融機関処理および金融システムの再構築のためにこれを果断に投入した。この結果、数年のうちに不良債権問題は解決され、現在、そうした国々の経済は順調に発展・拡大している。ちなみにアメリカでは、破綻した貯蓄金融機関処理のため、合計819億ドルという巨額の財政資金が投入された。

1-2. 残存者負担の弊害

  わが国においても不良債権問題の早期解決手段として公的資金の投入が幾度となく叫ばれている。しかし、信用組合の突然の破綻、住専処理問題をめぐる混乱などいくつかの不幸な出来事が重なって現在、財政資金投入の途は事実上閉ざされている。1995年12月に提案された住専処理のための公的資金投入が国民から強い反発を受けたこともあって、国会、行政および金融機関のいずれも、公的資金投入の必要性を十分理解しつつも声高に主張できないという、いわゆる「囚人のジレンマ」の状況に置かれている。
 このため、問題金融機関の救済あるいは処理に必要とされる資金の調達に際しては、預金保険料率の大幅引き上げ、資本関係等に着目した奉加帳方式による資金負担という「残存者負担」に頼らざるをえない事態にある。日本版ビッグバンにより日本の金融市場を透明性の高い市場へと改編することを国際的に標榜している一方で、残存者負担という不透明で彌縫的な対応に終始するというのは言行不一致という謗りを免れない。残存者負担はまた、健全な金融機関の体力をも疲弊させ、リスク負担余力の低下あるいは金融仲介機能の低下を媒介とした貸し渋りの発生、中小企業の資金繰り逼迫などといったかたちで日本経済に悪影響を及ぼしつつある。このほか、不良債権問題は残存者負担と相俟って日本の金融機関によるビッグバン後の世界に向けた体制整備を遅らせ、その国際的な競争力や運用能力の低下をもたらし、最終的には国民生活の質的低下につながるということができる。

1-3. ジャパン・プレミアムの発生と邦銀の国際的役割の低下

  抜本的な対策を実施しえずに問題解決が先送りされるなかで、不良債権問題も一段と深刻化している。本年11月以降、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券および徳陽シティ銀行が相次いで破綻した。現在は、日銀特融の実施により何とか急場を凌いでいる状況にあるが、日銀特融はあくまでも内外金融市場における混乱の回避を目的とした緊急かつ一時的な対応策として位置づけられるべき政策手段であるため、日銀特融に対する過度の依存は厳に避ける必要がある。
 海外においては公的資金の投入により不良債権問題が速やかに解決され、その後、金融経済が活性化している事例が多数みられるなかで、抜本的な対策が何ら打ち出されない日本に対しては国際的に不信の目が向けられている。そのため、本年11月初からユーロ市場においてはジャパン・プレミアムが再び発生し、国際的に活動する日本の銀行の資金調達に大きな影響を与えている。ジャパン・プレミアムの発生はまた、日本に対し不良債権問題処理にかかわる抜本的な対策の実施を催促する市場からの声とも受け取ることができる。

1-4. 悪循環の発生

  株価の低迷、為替相場の円安化が続くなかで、不良債権問題の解決が遅れれば遅れるほど、金融不安に伴う信用収縮と景気悪化との間のデフレ・スパイラル的状況に陥るなど問題はますます深刻化し、国民生活に重大な影響が及ぶほか、東アジア発の世界経済危機を招来するおそれも否定できない。こうした現実を直視すると、日本経済に蔓延している金融不安を払拭するとともに金融不安と景気後退との悪循環を断ち切って日本経済の活性化を促すには、公的資金の投入により不良債権問題の早期解決を図ることが不可欠である。このため、破綻金融機関の処理スキームの整備と併せて、一刻も早く大胆に公的資金を投入することが是非とも望まれる。
 いうまでもなく、これまで凍結されていた公的資金を破綻金融機関処理に投入するに際しては、国民からの合意を広く得ることが不可欠である。そのためにも、公的資金の投入に際しては、それ自体、預金者や投資家など国民一般を保護するための措置であって問題金融機関の救済を目的としていないことを明確にしたうえで、透明性の高い方法に基づき実行し、日本国民一人ひとりが納得できるよう努めることが強く求められる。

1-5. ビッグバンへの不十分な備え

  最近における金融機関や証券会社の破綻は、投資家の選別的な資金供与態度を媒介とする問題企業の淘汰というかたちで生じている。このことは、日本の金融に求められる課題が資金の調達から運用へと変化するなかで、企業経営上の諸問題はすべて市場において決定されるようになりつつあることを示唆している。日本版ビッグバンが目指すのは、このように市場が有効に機能し、運用能力が劣後した金融機関などは優勝劣敗の原則に基づき市場から退出を余儀なくされる世界である。その意味では、今回の破綻劇は、日本における金融市場の今後の進展を示唆するものと考えることもできる。
 したがって、今後生じうる金融機関等の破綻は、かなりの痛みを伴うが、だからといって全面的に悲観することはない。これまで先送りされてきた問題を処理し、ビッグバン後の21世紀における金融の基礎を固めるためには、問題金融機関等の破綻は避けて通れないからである。ビッグバン後の世界においては資産運用力に焦点が当てられる一方、ディスクロージャーの充実と公正な価格の形成が自己責任原則に基づく投資家の行動を保証するための手段となる。そうした21世紀日本の金融を律する原則を徹底させるためにも、彌縫的な救済策を講じるのではなく、透明性の高い方法に基づき危機に瀕した金融機関等を処理していく必要がある。