Ⅱ. 提言
1. 基本的視点
21世紀のわが国社会は、国民一人ひとりが自己責任原則のもと、自由に行動する社会であり、国の関与は必要最小限のものにとどめるべきである。
国以外が担える部分は国以外が担い、「国から地方へ」「官から民へ」という流れの中で、社会に対し、質の高いサービスが効果的効率的に提供される姿が望ましい。国による手厚い保護の時代はもはや過去のものとすべきであろう。
法律扶助制度の問題においても、裁判所やリーガルサービス業のあり方を見直すことによって、司法制度が国民に身近で使い勝手のよいものへと再構築されることを通じて、経済的な余裕の有無にかかわらず、裁判を含むリーガルサービスへのアクセス断念が解消されることが望ましい。
すなわち、国民が身近に低廉で迅速、効率的な紛争解決手段を持つなかで、国民が当該案件の解決に最も適する手段を自由に選択できることが望ましく、司法界においてもそのための規制緩和を進めていかなければならない。法律扶助制度についても、そういった将来の司法ビジョンのなかで、多角的視点から設計していく必要がある。
法律扶助制度の構築にあたっては、次の5点を考慮した設計をすべきであると考える。
- <1>
- 必要最小限の国庫支出、かつ必要最小限の国の関与で、社会に効率的なサービスが提供できること
- <2>
- 法律扶助利用者に、裁判にかかる費用を最小限にしようとするインセンティブが働くこと。 また任意交渉や裁判外紛争解決手段(ADR)を選択するインセンティブも働くこと
- <3>
- リーガルサービス提供者側に、裁判にかかる費用を最小限にしようとするインセンティブが働くこと。 また任意交渉やADRを選択するインセンティブも働くこと
- <4>
- 社会全体の紛争解決コストの低減につながること
- <5>
- 扶助対象は経済的に余裕のない者のみではなく、一時的な出費に耐えられない者も含まれることが望ましい
2. 具体的提言(( )内は、上記「1.基本的視点」との対応関係を表す)
(1) 法律扶助事業の運営主体(<1>)
法律扶助制度は、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障する制度であるから公共性が高く、国または公共的な法人が法律扶助の運営主体となって国の積極的な関与のもとで実施すべきとの議論がある。
法律扶助事業が効果的効率的に運営されるようにするためには、国が直接運営するのではなく、国が事業主体を指定して、その公益法人に同事業を運営させる形が望ましい。法律扶助事業には国税が投入されるのであるから、同法人の運営、財政状況、扶助認定過程については透明性が確保される必要があり、国民からなる第三者機関が外部から評価監督する形が望ましい。
また、同法人の扶助審査部門の審査員は1年程度の任期制とし、扶助審査・認定にあたり恣意の働きにくい制度とすることが望ましい。
(2)訴訟救助制度の法律扶助事業新法人への移管(<1>)
訴訟救助の付与認定は、現在、裁判所が行っており、その認定を行った裁判官が当該事件を担当している。また資金回収についても、事件完結後に裁判所自身が行っている(民訴法85条)。
救助付与要件の一つとして、当該事件が「勝訴の見込みがないとはいえない」ことが規定されており(民訴法82条1項但書)、裁判所がその判断をしているが、実質審理前の段階で、裁判所自身が当該事件を「勝訴の見込みがない」と判断することは、裁判を受ける権利を裁判所自身が実質的に奪うことになりかねず、大いに問題がある。かといって、救助付与の意義、濫訴防止の観点からすればこの要件の実質は維持されるべきものであろう。
一方で、訴訟救助制度と法律扶助制度の併存状態は、認定機関、立替金(支払猶予金)回収機関、償還免除の取扱いについて異なっていることから、利用者側にわかりづらい構造となっている。さらには、訴訟救助支出額および支出過程について裁判所が公表しないため、訴訟救助付与認定を渋っているのではないか、との疑念すら抱かせている現状にある(※9)。
そこで、裁判所はこの訴訟救助付与の認定と支払猶予金回収権限を、国が指定する法律扶助事業法人((1)参照。以下、「法律扶助事業新法人」という)に委譲し、訴訟救助付与認定の中立公平性と透明性を図ると同時に、訴訟救助制度を「法律扶助制度」の中に取り込み、新しい「法律扶助制度」に一元化すべきである。

(※9)畔柳達雄「民事訴訟法に定める「訴訟上ノ救助」について」リーガルエイドの基本問題 p297
(3) 法律扶助対象者の見直し(<5>)
法律扶助制度は、「民事紛争の当事者が資力に乏しい場合であっても法律専門家である弁護士による援助を得て民事裁判等において
自己の正当な権利の実現等を図ることができることを実質的に保障する制度である」と言われる(※10)。
現在、法律扶助協会は、扶助要件の一つである資力基準の指標として、3人世帯で税込み年収約400万円(住居費を除いて手取り月額272,000円以下)までを対象としている(※11)。すなわち、年収が低いことが制度利用の前提とされているのであるが、裁判を受けるにあたっては当事者が用意しなければならない一時金が高額にのぼる場合もあり、資力基準以上の所得があっても負担することができない場合がある。
とすれば、「裁判を受ける権利の実質的保障」という法律扶助制度の趣旨からすれば、対象者を資力の乏しい者に限らなければならない理由は必ずしも存在しないというべきであろう。
むしろ、現行の裁判申立手数料は訴額に応じて逓増する制度となっており、また保全処分等の保証金も高額となる場合があること、また一方で、裁判における弁護士費用もやはり訴額に応じて逓増する制度になっていることから、資力基準以上の所得があっても、法務局に供託する保証金や裁判にかかる弁護士費用の一時的な出費に対応できない場合には、扶助対象とすべきものと考えられる。
弁護士費用については、弁護士と依頼者間で分割払いの契約を締結することによって対応できる場合もあるが、保全処分等の保証金については、当事者は一時金の支出を余儀なくされる。その場合に、法律扶助事業新法人がその一時金を立て替えたり、あるいは当事者が金融機関から融資を受ける場合の保証人となったり、支払保証委託契約(民訴規29条)を締結するといった事業を拡大することについても検討する必要があろう。
したがって、今後構築される「法律扶助制度」は、「民事裁判等を受けるにあたり必要となる一時金の支出が困難な国民に対して、金銭面を中心にサポートする制度」と定義されるべきであろう。

(※10)1998.3.23 法律扶助制度研究会報告書p6
(※11)1998.3.23 法律扶助制度研究会報告書p27
(4) 原則償還の維持、強化(<1><2><3><4>)
現行法律扶助制度においては、扶助利用者は、立替えを受けた弁護士費用等を原則として全額償還することとしており、例外として、生活保護受給者またはそれに準ずる者等について一定条件の下に償還免除を行っている。
現行のように、法律扶助事業に国または自治体から補助金が支出される場合においては、法律扶助利用者に、扶助支出金を最小限にしようとするインセンティブが働くことが重要である。 これに対し、一部で強硬に主張されている原則給付制を採用した場合、当事者が敗訴しても、裁判にかかる費用を自分が負担する必要がないことになれば、とりあえず裁判を起こそうとする考えが働くことにもなろう。紛争解決手段として裁判が最も望ましい選択肢ではなかったとしても、裁判が選択されてしまうことは好ましくない。
また、法律相談を受けたリーガルサービス提供者(現状では弁護士)が事件の重要性、勝訴の見込み等のリーガルサービス情報について主導権を握ることになるため、裁判を選択することが自分への実入りが一番大きくなるというだけの理由から、裁判以外の解決方法が最善と思っても、その弁護士が当事者に裁判を奨め、扶助支出を膨張させるという悪循環が生まれるおそれもある(※12)。
そのように考えれば、法律扶助利用者およびリーガルサービス提供者に、扶助支出金を最小限にしようとするインセンティブが働くためには、原則として全額を償還するという前提を維持することが望ましい。
また、国庫からの補助金を真に必要な水準に抑制するためには、法律扶助事業新法人の資金回収能力の強化が不可欠となる。すなわち、今後は、立替えにあたっては可能な限り担保を設定したり勝訴を条件とした債権質を設定するなどさらに資金回収体制を強化し、一方では効率的な償還管理体制を整備するなど、不良債権を発生させないようにすべきである。

(※12)訴訟の依頼者から預かった金を着服するなど、不祥事を起こした弁護士に対する各弁護士会の懲戒処分件数は、98年1年間で過去最高の43件であった(1999.5.3産経新聞)。
(5) 民間ADRとの連携、法律扶助事業新法人へのADR設置(<1><2><3><4>)
現在、法律扶助協会は、依頼内容の勝訴の見込みを審査するにあたり、依頼者から相談内容をある程度聞いた上で、勝訴の見込みがあると判断した場合に、弁護士費用や裁判費用等を立て替えている。
現在の扶助事件の多くは、破産事件や離婚事件であるが、裁判外での解決が図れるものについては、積極的に裁判外での解決を目指していくことが望ましい。
そこで、新制度のもとでは、法律扶助事業新法人が、相談を受けるなかで、
- ADRでの解決がはかれる可能性が高い、
- 裁判よりもADRの方が当事者双方にとって納得のいく解決がはかれる可能性が高い、
- 本人がADRでの解決を希望している、
と判断した案件については、弁護士会その他が運営する民間ADRでの解決を奨めるといった、民間ADRとの連携が期待される。
その場合、たとえば一部の弁護士会に設置されている「仲裁センター」と連携したり、あるいは法律扶助事業新法人内にADRを設置し、その利用を斡旋するようにすれば、法律扶助事業新法人の運営に活性化をもたらし、同時に社会全体における紛争解決コストの低減にも繋がることになる。
(6) 裁判外のリーガルサービス費用(<1>)
法律扶助協会が行っている裁判外のリーガルサポート(法律相談、示談交渉代理など)に対しても、1993年度より、国から補助金が支出されているが、これについても法律扶助の対象として補助金をさらに増額すべきであるとの議論がある。
しかし、裁判外の法律扶助については「国民の裁判を受ける権利」と直接結びつくものとは必ずしも言い切れないものである。
したがって、裁判費用はともかく、法律相談や示談交渉代理等のリーガルサービス費用については、基本的には民間の工夫により解決すべきものと考える。仮に公的資金による補助を行うのであれば、各自治体が推進する福祉政策の一選択肢として、地方自治体の財政のなかで支出についての検討がなされるべきである。
自治体はそれぞれ重点を置く福祉政策は異なり、各地域のニーズや優先性に応じて異なる政策が展開されている。ある自治体は、住民のリーガルサービス費用について援助する政策を打ち出すこともあろうし、住民に対する法的知識の啓蒙に重点を置くことも考えられる。弁護士過疎地区などでは電話法律相談事業に資金援助することもありえよう。このような、リーガルサービスに対する地域の特色を生かした援助は、それを必要と認める自治体により各々多種多様に行われてよい。
なお、自治体が貸付対象を指定して、法律扶助事業新法人に一定額を貸し出し、その扶助認定を介して、当該自治体が設計する形で地域住民にサービスを提供するといった形態も一選択肢としてありえよう(※13)。

(※13)東京都は、1999年度より、夫からの暴力を理由に離婚や損害賠償を求める裁判やセクハラを理由に損害賠償を求める裁判などを起こそうという女性を対象に、法律扶助協会を通じて裁判費用を貸し付ける制度を試験的に導入している(東京都生活文化局)。
(7) 裁判所による本人訴訟サポートサービス(<2>)
わが国の民事訴訟制度は弁護士強制主義を採用しておらず、実際に簡裁や地裁以上の裁判所においても本人訴訟が多く存在している(※14)。
そこで、裁判所は、本人訴訟を希望する者が自己の努力で提訴や応訴をし易くするためのサポート体制を構築することが望ましい。
すなわち、現在、簡易裁判所では受付相談センターを設置し、書記官が少額訴訟に関わる提訴の方法等、訴訟手続きについての相談に応じているが、同様の制度を地方裁判所においても採用し、本人訴訟を希望する者に対し、提訴あるいは応訴のためのサポートを行うこととする。
このような裁判所の本人訴訟サポートサービスは、法律扶助利用者が代理人費用を節約するために本人訴訟を希望する場合にも有用である。

(※14)地方裁判所の段階でも本人訴訟率は50%を超えるといわれる(伊藤眞「民事訴訟法」p111)。
(8) 裁判外紛争解決費用保険・共済の開発(<1><4>)
民間により、訴訟費用以外に費やす紛争解決費用を保障する保険もしくは共済制度が開発されれば(※15)、国民へのリーガルサポート体制はさらに充実されよう。
リーガルサービス共済制度は、企業や商工会、自治体などが弁護士会などの法律職能団体に一定の掛け金を納めることにより、その構成員が、法律相談や示談交渉代理等のリーガルサービスを、無料または一部自己負担で享受できるものである。
その他、共済が、たとえば弁護士会の仲裁センターなどの民間ADRと連携することになれば、共済加入団体の構成員は、紛争の発生段階で、その解決までを視野に捉えることも可能となる。
民間による裁判外紛争解決費用保険や共済制度は、利用者側にも提供者側にもメリットがあり、利用者が拡大すれば、結果として社会全体の紛争解決コストの低減に繋がることにもなることから、早期の開発が期待される。

(※15)訟費用保険については主に大陸法諸国で広く普及しているが、わが国では加害者側の弁護士費用を含む訴訟に要する費用を担保する保険としては身体傷害及び財物損壊事故を対象とする自動車保険、労災総合保険、各種賠償責任保険、弁護士賠償責任保険などの各種専門職業賠償責任保険、加害者側及び被害者側における訴訟費用及び弁護士費用をカバーする知的財産権訴訟費用保険が存在するものの、これ以外に被害者側のこの種の費用をカバーする訴訟費用保険はない(1998.3.23 法律扶助制度研究会「報告書」p10)。なお、現在、日弁連が保険会社と共同して、権利保護保険の開発を検討している。