21世紀日本における高齢者福祉のあり方と介護保険
−個人と地域が自立した社会の構築を目指して−
エグゼクティブ・サマリー
2000年4月の導入を間近に控え、介護保険制度をめぐる議論が揺れ動いている。それは、ある意味で当然ともいえる。介護保険という世界的にも例が少ない制度を日本社会のなかに新たに定着させるためには、摩擦の発生や試行錯誤はある程度覚悟しなければならないほか、一片の法律の制定をもって高齢者介護という問題が一挙に解決するとは到底考えられないからである。
しかしながらそれにも増して、介護保険制度の導入により今問われているのは、21世紀におけるわが国の高齢者福祉体制をどのような原則に基づき構想し、それを実行に移していくかということではなかろうか。この点に関し、われわれとしては、
- 高齢者の尊厳と自立を維持する、
- 介護が必要となった場合でも「寝たきり」にさせない、
- 住み慣れた家や地域で一生を終えられるようにする、
ことを最終目標に掲げ、その実現に向けた体制を効率よく構築していく必要があると判断している。そして、そういった目標を達成するためには、介護保険制度を含むわが国の高齢者福祉体制を次のような方向で改善することが求められる。
まず、介護サービスの提供体制の充実を図るためには、官民の役割分担を見直し、規制緩和の大胆な実行を媒介として民の参入を促すことにより介護サービスにかかわる市場を創出する一方で、情報公開の徹底と監視機能の強化を通じて介護サービスの提供者を規律づける必要がある。また、保険者としての市町村の権限強化や、介護保険を地域ごとの個別特性に配慮した多様なトライアルが認められる柔軟な制度とすることが重要となる。加えて、市町村に対しては住民との協働の下、民の知恵と活力を活かしつつ予防医療や高齢者の自立支援策を積極的に展開していくことが求められる。さらにまた、高齢化の急速な進展を背景とする介護需要の増大を前提とすると、活力に満ちた社会を維持していくためには、介護保険制度における給付と負担との関係にも配慮しなければならない。このような認識に基づき、われわれは次に掲げる5つの原則に基づき、21世紀日本における高齢者福祉体制の充実を狙いとして、具体的な政策提言を試みることとした。
(5つの原則)
- 目的:高齢者の自立および尊厳ある生活の実現
- 手段:介護サービスにかかわる市場の創出、自治体の権限の強化、自立支援策の充実
- 到達点:個人と地域の自立
- 規律づけメカニズムの導入:情報公開の徹底と監視機能の充実
- 費用の最小化:民間部門の知恵と活力を活かすとともに市町村の経営能力の向上を図る
そして、以下に述べる政策提言のうち、抜本的な制度変更を伴わないものについては速やかな実行を求める一方、重要な制度変更が必要なものについては、介護保険制度導入後の2年間を試行期間、各種データの収集期間と位置づけたうえで、1年の分析期間を経て、3年後に改革を目指すという2段階的アプローチに基づいて対応する必要があると考える。
(政策提言)
- 民の自由な参入を促す規制緩和と情報公開・監視機能の充実
官民の役割分担を明確にし、社会福祉法人制度のあり方について見直す。また、法人格を有しない事業者に対し、指定居宅(在宅)サービス事業者としての指定が可能となるようにする。これらの事業者サービスについても現物給付の対象とする。その一方で、情報公開を徹底するとともに、市町村による苦情処理業務と第3者評価の実施など監視機能の充実を図る。 - 保険者としての市町村の権限強化
- 国が定める事業者・施設の指定基準や介護報酬については、標準的なモデルにとどめ、市町村に対して、極力拘束力をもたせない。
- 要介護度の認定基準として設けられた要介護区分については、市町村の住民に対する説明責任義務にも配慮のうえ、できるだけ簡素なものとする。
- 都道府県が有する事業者・施設の指定および指導監督権限は、全面的に市町村に移管する。
- 国民健康保険団体連合会に委託する扱いとなっている介護サービス費の審査・支払い事務については、市町村に移管する。
- 要介護度の認定に際し必要とされる訪問調査については、原則として市町村職員が実施するものとし、介護サービス計画(ケアプラン)は、市町村職員の参加のもとで作成することとする(ただし、介護支援専門員(ケアマネージャー)の社会的地位が確保されるとともに、公平中立性が担保される場合を除く)。
- 高齢者の社会参加の促進および寝たきり予防策の推進
廃校になった小中学校等、既存施設を有効活用した交流スペースを地域において整備する。そして、当該施設の運営を民に積極的に委ね、民の知恵と活力を活かしながら、さまざまな特色を有する交流スペースの整備を図る。また、地域において住民を主体とした健康づくりの担い手となる「健康づくり支援者制度(仮称)」を創設し、「自らの健康は自らがつくる」という意識を醸成する。 - 介護保険制度運営にかかわるデータの収集・分析を通じて給付と負担の関係を改めて議論する。
介護保険という新たな制度を持続可能な制度とするためには、試行錯誤のなかで得られた貴重な経験を今後の制度設計においてどのように活かしていくかが重要となる。したがって制度導入後、収集された各種データを分析・検討のうえ広く情報公開し、保険給付の対象者の範囲、保険給付の内容や水準、被保険者の範囲や保険料について見直していく。

目次
- エグゼクティブ・サマリー
- はじめに
- 高齢者福祉体制の現状と課題
わが国における高齢者福祉体制は現在、どうなっているのか
高齢者福祉サービスは誰に対しどのくらい提供されているのか - 21世紀における高齢者福祉をどう構想するか
介護サービスにかかわる市場の創出を目指す
高齢社会には地域で対応する
高まる予防介護、介護と医療の連携の重要性 - 介護保険制度の仕組みとその再検討
介護保険の導入による高齢者福祉サービスの向上
介護保険制度の改善方向
求められるもう一段の規制緩和
規律づけメカニズムとして重要性が高まる介護関連情報の開示
求められる保険者としての市町村の権限・機能強化
公平で客観的な要介護認定をどのようにして確保するか
持続可能な制度とするため、給付と負担のバランスにも配慮すべき
介護保険制度に内在する問題にも配慮の要 - 政策提言
基本的視点
具体的提言- 民の自由な参入を促す規制緩和と情報公開・監視機能の充実
- 保険者としての市町村の権限強化
- 高齢者の社会参加の促進および寝たきり予防策の推進
- 介護保険制度運営にかかわるデータの収集・分析を通じて給付と負担の関係を改めて議論する
- おわりに(高齢社会において望まれること)
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