新たなる雇用機会の創出に向けて
―労働需給のミスマッチ解消と産業経営のインフラ向上に向けた労働市場整備の課題―

1999年10月6日

要旨

 今後の労働市場を考える上で、短期的な「過剰雇用」と中長期的な「少子化」をつなぐ視点として、個人の能力を具体的に労働成果に還元させる契機が必要となる。それは、個人へのカウンセリングや教育訓練機能を持ち、企業への人事・労務も含めたコンサルティング機能を持つ民間人材関連事業にその突破口を見出すことができる。これを新たな労働市場の「核」と位置づけると、労働需給のミスマッチ問題に関わる企業のマネージメントの問題や個人の能力開発問題にも実質的な改善を促す仕組みが労働市場内部に存在すると考えることができる。また、組織の組替えやベンチャー事業の展開にとって必要な人材不足が産業調整の足枷となっている状況にも、人材関連事業は、派遣労働や業務代行を通じて、一企業を超えたマクロ的な産業・経営インフラの共有化による経済活性化に寄与する可能性がある。

 これまで、大企業組織の非正社員は、日本型雇用慣行の規範モデルの周辺部にある外部労働者として扱われてきたが、これらの人々の教育水準の高さや企業外での学習機会の重要性の高まりを考えると、これまでのような労働法制における要保護性の高い存在とみなすのは不適切な状況にある。すなわち、大企業内の内部労働市場と、それ以外の外部労働市場といった二重構造的な見方は、労働力の質的変化と労働市場を取り巻く環境変化によって既に溶解しているということである。一方、このような状況は、大企業内部において、より能力・成果主義的評価に基づく労働条件や賃金制度への移行を促しており、今後、労使関係も個別契約的な要素が強まると考えられる。その場合、個人の職業能力に関するカウンセリングや個別紛争処理に関わるメカニズムが企業組織の内外で必要になると予想される。ただし、最終的な個人のセーフティ・ネットは、他の「雇用機会」の存在であり、キャリアの中断を避ける上でも、外部労働市場の存在は不可欠なものと言える。

 我が国の人材関連産業はまだ草創期と言える状況にあるが、先般の関連法の改正やインターネットによる事業展開によって、今後は効率的な市場が形成される可能性がある。また、これらを通じた企業の職務環境の情報流通は、求人ポジションの社会的相場の形成を促すとともに、労働需要と供給側の従来のコミュニケーション・パターンを変化させ、両者の位置関係をより対等化に近づける可能性もある。したがって、民間人材関連事業における労働需給のミスマッチ解消機能と産業・経営のインフラ向上機能の重要性を重視し、これらへの助成措置や育成措置といった観点からではなく、付加価値の高いサービスの提供がなされるよう、できるだけ法的な制約要因をはずすべきであろう。このことにより、我が国が抱える短期的な「過剰雇用」問題にも、中長期的な「少子化」状況にも共通する「雇用機会」創出の契機を、民間セクターを中心とした労働市場内部に見出すことが可能になる。そして、内部と外部が統合された形での新たな労働市場における労働者の教育訓練・能力開発環境の整備や、新たな労働者保護の考え方を反映させた個別紛争処理メカニズムの在り方の検討を通じて、雇用機会創出の社会的条件の整備に努めるべきであろう。

 労働力流動化の議論とは、長引く不況の中で、職業能力という観点から、企業と個人の間で経済全体での適材適所をもう一度再考しようということであり、このことを通じて、個人の生活保障と自己実現が図られる労働環境を創り出そうということである。人々の努力の契機がどこにあるか、このことが公共問題を考える上で重要な鍵を握っているのである。

目次

序論

第1部 技術のダイナミクスの変容

1-1. 短期の「過剰雇用」と中長期の「少子化」をつなぐ視点

  • 雇用調整圧力の高まりと産業調整進展への足枷
  • 新たな労働市場形成の「核」と労働力流動化の意味

1-2. 労働需給のミスマッチ問題への視点

  • 労働市場の「内部化」と「外部化」、その帰結
  • 個人の能力開発をめぐる問題

1-3. 外部労働市場の圧力

  • 労働市場の内外分離政策
  • 日本型雇用慣行という規範モデルの溶解

1-4. 内部労働市場の溶解

  • 外部労働力の質的変化
  • 賃金・労働条件の収斂過程

第2部 雇用機会創出の条件

2-1. 米国における水平分業の進展と多様性の戦力化

  • アウトソーシング事業による水平分業の進展
  • 紹介型派遣事業の成長とその意味

2-2. 米国の産業・経営インフラの向上

  • ITビジネスの成長と派遣・契約労働の増大
  • ベンチャー・ビジネスの経営インフラの向上

2-3. 我が国の人材紹介事業の課題

  • 草創期にある人材紹介事業
  • 公共職業紹介との相違点とインターネット事業展開の意味

2-4. 労働市場の機能強化に向けて

  • 労働市場の機能の効率化
  • 内部労働市場における評価原則
  • 労働政策と税制、社会保険制度の整合性

結論

21世紀政策研究所