21世紀日本における信用秩序維持政策のあり方

1999年10月6日

エグゼクティブ・サマリー

 本年7月の金融審議会第二部会による「預金保険制度に関する論点・意見の中間的な整理」の公表を受け、2001年3月末に期限が到来するペイオフの凍結解除についての関心が高まりつつある。というのも、ペイオフが発動された場合、預金保険の対象とならない元本1000万円超の預金については、金融機関の破綻リスクに晒されることになる。そして、金融機関が実際に破綻すると企業や家計の流動性に悪影響が及び、最悪の場合には日本経済が混乱に陥ることが懸念されるからである。中小金融機関においても、健全な大手銀行への預金シフト発生とともに経営基盤が弱体化し信用仲介機能を十分果たせなくなるとして、ペイオフ解禁に対し慎重な検討を求める声も根強い。

 このペイオフ解禁の是非を議論するに際しては、それ自体の効果にとどまらず、日本における金融の枠組みをどのような観点から設計するかがきわめて重要となる。われわれとしては、金融機関破綻リスクの「押し付け合い」論に終止符を打ち、ビッグバン後の21世紀日本の金融を自己責任原則および市場競争により規律づけられる世界とするためにも、ペイオフについては2001年4月以降予定どおり解禁する必要があると考える。この場合、むしろ問われるべき命題は1996年の政府表明のとおり預金者に自己責任を問える環境が整備されたか否かであり、環境整備が十分でない分野に関しては、今後1年間のうちに早急に完了させることが求められる。幸いにも、破綻金融機関処理の枠組みの整備や金融機関によるディスクロージャーの充実は近年、急速な勢いで進捗をみており、その意味で預金者に自己責任を問える環境はほぼ整備されたといっても過言ではない。

 しかし、すべての問題に解決の目途が立っているわけではない。処理が大きく進捗したとはいえ、不良債権問題に解消の目途がついたと断言できる事態までにはなお至っていないからである。したがって、2001年4月以降ペイオフ解禁を予定どおり実行しうるか否かの鍵は、この不良債権を今後1年間のうちにどこまで処理できうるかが握っている。それゆえ、われわれには、不良債権問題の早期解決を目指して公的資金を大胆に投入すると同時に、困難に直面している金融機関に対しては預金者および借り手の保護にも十分留意しつつ早期是正措置に基づき一段のリストラあるいは市場からの退出を求める以外に途は残されていないと判断される。

 われわれは1997年11月、不良債権問題の早期解決を図るためには公的資金の投入が不可欠であるとして、公的資金投入に際し遵守すべき五原則を提案した。この考え方は今も基本的には変わっていないだけでなく、21世紀の世界にふさわしい信用秩序維持政策やセーフティネットを構築するうえでの基本原則になりうると考えている。

(1997年11月に提案した公的資金投入に関する五つの原則)

  1. 目的:預金者、契約者の保護
  2. 前提:破綻金融機関の清算
  3. 司法手続きの開始:不正の摘発
  4. 到達点:金融機関の自己規律の確立
  5. 費用の最小化:借り手責任の追及

 それゆえ、政府に対しては、ペイオフ凍結措置の解除と21世紀日本の金融の骨格づくりを目指して、次に述べる施策の実施を通じて金融機関の収益力強化とともに金融ビッグバン時代にふさわしい信用秩序維持政策を今後1年間のうちに確立することを提案したい。

(政策提案)

  1. 金融機関の収益力回復を目的とした施策の実施
    国民の金融システムに対する信認を回復させるには、不良債権問題が「完全に峠を越した」という合意形成が不可欠であり、日本の金融機関には目に見えるかたちで収益力を向上させることが求められる。そのための環境整備策として金融再生委員会あるいは金融監督庁に対し、中小企業向け貸出の増加目標の撤廃、金融機関検査でのチェック項目に信用リスクとの対比でみた貸出金利の適正性評価を追加することを提案する。
  2. 破綻金融機関処理に関する枠組みの恒久化と一段の整備
    破綻金融機関については、上記5原則にしたがって処理することとするが、破綻に伴う悪影響を最小限の範囲に抑制するため、金融整理管財人制度、ブリッジバンク制度、特別公的管理制度についてはその恒久化を図る。加えて、破綻金融機関処理の枠組みの一段の整備を狙いとして、次に掲げる5つの施策の実施を提案する。
    1. 費用最小化原則に基づく破綻金融機関の処理方法の選択
    2. 破綻処理策としての資産負債承継(P&A)の導入にかかわる枠組みの整備
    3. 管財人としての預金保険機構の権限強化
    4. 破綻金融機関の迅速な処理を行うための環境整備
    5. 早期是正措置の厳格適用
  3. 預金保険制度のあり方についての見直し
    預金保険制度の存在は、モラルハザードの発生を必ずといっていいほど随伴する。それゆえ、預金保険の対象に利子や金融債を新たに加えるとか、決済性預金を全額保護するといった保護対象の拡大提案には賛成できない。むしろ、預金保険の対象範囲や上限の引き下げが必要と思われる。また、金融機関経営者の自己規律マインドの向上を促すためにも、預金保険料率については例えば自己資本比率に基づく可変性とすることも検討に値する。この間、ペイオフの解禁に際しては、預金者心理の安定化という観点を重視のうえ預金保険にかかわる制度設計を早急に見直し、1000万円以下の預金元本に対しては速やかに全額払い戻すことを提案したい。

目次

エグゼクティブ・サマリー

  1. はじめに
  2. なぜ日本ではペイオフ解禁が重要な問題となるのか
    アメリカではペイオフが話題にならない
    個人、企業とも自己防衛に努める
    日本の場合、金融資産の過半を預金が占める
    金融制度のあり方がペイオフ発動の効果を規定する
  3. 21世紀日本の金融システムをどう構想するか
    情報化が金融制度の変革を促している
    グローバルマーケットが前提
    金融業にも新しい空間への挑戦を促す
    日本の企業にも厳しい課題の達成が求められる
    ビッグバンは金融面からの日本の構造改革
    グローバルスタンダードを満たした日本の構築
  4. ペイオフ解禁の是非を21世紀日本の金融との関連で考える
    自己規律確立のため、政府の関与は抑える
    ペイオフ解禁の是非も、そうした流れのなかで考えるべき
    ペイオフ凍結はあくまでも緊急避難措置である
    不良債権問題の解決が前提
    業務規制の緩和、資本市場の育成も求められる
  5. 金融システムの安定性向上のためにはどのような施策の実施が必要か
    prudential surveillance 体制の確立が急務
    アメリカでは費用最小の原則を核とした破綻金融機関処理体制が確立
    破綻金融機関の管財人としてのFDICは強大な権限を有する
    ロス・シェアリングも費用最小化原則追求のなかで生まれる
  6. 政策提言
    1. 金融機関の収益力回復を目的とした施策の実施
      • 金融機関の収益力回復が鍵を握る
      • 撤廃が求められる中小企業向け融資の増加目標
      • 日本の銀行の収益力はなぜ低いのか
      • 貸出金利水準の適正性を検査でチェックする
    2. 破綻金融機関処理に関する枠組みの恒久化と一段の整備
      1. 費用最小化原則に基づく破綻金融機関の処理方法の選択
      2. 破綻処理策としてのP&Aの導入にかかわる枠組みの整備
      3. 管財人としての預金保険機構の権限強化
      4. 破綻金融機関の処理な処理を行うための環境の整備
      5. 早期是正措置の厳格運用
    3. 預金保険制度の見直し
  7. おわりに

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