5. 日本経済再生の構図として

1. バランスシート調整に苦しむ日本経済

資料14 資料15  バブル崩壊以降の資産価格の下落により、各経済主体は資産に対して過大な負債を抱えることとなった。このいわゆるバランスシート調整圧力は、日本経済に暗い影を投げかけている。家計部門や企業部門はあらたな負債を積み増す余裕がなくなり、住宅や設備などへの投資が減退した。金融部門、とくに銀行部門は不良債権を抱えて自己資本比率が低下し、あらたな貸出を増やす余裕がなくなった。こうした経済全体のリスクテイク能力の低下は、あらたな付加価値を生み出す経済活動を鈍らせ、日本経済の成長力や健全性を低下させている。
 1998年10-12月期の資金循環勘定で部門別の資金過不足をみると、家計部門の資金余剰幅が名目GDP比3.8%に縮小し、企業部門が名目GDP比16.6%と大幅な資金余剰になったほか、公共部門は名目GDP比18.8%と大幅な資金不足になった。最近の経済主体別のバランスシートは、個人部門の資産の伸びが鈍化し、法人企業の負債が減少している。さらに、企業部門の負債の減少を、財政政策による公的部門の負債の 増加が補うかたちとなっている。もし公的部門の負債の増加がなければ、ISバランス上経常収支の黒字が問題となる。
資料16  国内非金融部門(家計部門+企業部門+公的部門)のバランスシートの動向は、いわば国内経済主体のリスクテイクの動向を表している。バランスシートの拡大はあらたにリスクをとって付加価値を生み出す経済活動の拡大を意味する。このようなリスクテイクの積み重ねが経済成長の原動力となる。しかし最近の国内非金融部門のバランスシートは、その拡大幅が大きく落ち込んでいる。家計部門や企業部門におけるバランスシート調整圧力に加え、金融機能が低下し各経済主体の相互不信が深まるなかで、誰もがいわば塹壕に身をひそめ、あらたなリスクテイクに踏み出さない状態に陥ったのだ。
資料17 資料18  日本経済を回復軌道にのせるべく、大規模な財政政策とゼロ金利という思い切った金融政策がとられている。財政政策は、国債の発行などを通じて公的部門の負債を増加させることにより、国内非金融部門のバランスシートを拡大させる。この場合、公共投資がおこなわれれば公的部門が自ら経済活動を拡大させることになるし、減税がおこなわれれば家計部門や企業部門の経済活動が拡大する。金融政策は、金融部門のバランスシートの拡大を通じて金融機関のリスクテイク能力を上昇させようとするものである。結果として金融機関の貸出が増え、国内非金融部門のバランスシート拡大が期待できる。
 しかし実際は、自己資本比率の低下した銀行などの金融部門が国債の購入を大幅に増やす一方で、貸出の圧縮を続けており、金融政策の効果は限定的なものにとどまっている。このことは、金融政策の必要性を否定することでは決してない。大規模な財政政策にともなって大量に発行される国債を金融部門が大量に購入することによって、国債価格の下落(金利の上昇)によるクラウディングアウトを抑制する効果がある。
 しかし、公共投資は、いわば公的部門がリスクをとって投資ををおこない、公的部門が決定する投資先に資源の再配置がおこなわれることになる。公共投資の非効率性についての指摘には理由がある。政府の資源配分に関する判断が常に正しいとは限らないからだ。我々は、多様な参加者からなるマーケットにおいて試行錯誤を繰り返しながら、結果として決まる労働と資本の配分が実現可能な最もoptimalな資源配分ではないかと考えている。
 公共投資が総需要政策として効果をあげていることは先にも述べたとおりであり、今後も続ける必要があることはいうまでもない。失業率が上昇している状況下で、総需要政策を放棄してサプライサイド政策のみをおこなうことが正しい選択といえないことは当然である。しかし、資源の配分先がいわば恣意的に決まるような経済活動に大きく依存し続けることは、サプライサイドの効率性を低下させるので、日本経済の長期的な健全性にとって決してプラスではない。

2. マーケットメカニズムを通じたサプライサイドの再編に向けて

 我々は、資本市場の奥行きを広げることで、マーケットメカニズムを通じたサプライサイドの再編を促すべきだと考えている。我々の提言する厚生年金の積立方式への移行と民営化をおこなえば、あらたに設けられる個人別勘定に年金積立金が登場することによって個人金融資産が増加する。一方、公的部門にあらたな負債がオンバランスされることとなるが、先に述べたとおりクラウディングアウトを心配する必要はない。
 ここに登場する個人金融資産は、個人が自らの老後を豊かなものにする目的で、一定のリスクをとって運用されるため、株式投資などを通じて企業部門にも直接ファイナンスされる。ここではリスクとリターンについての見きわめがなされ、企業部門のなかで高い評価を得た先に資源の再配置がおこなわれる。日本の個人金融資産の半分近くは高齢者が保有しており、その性格上それほどリスクがとられない。リスクをとって運用されるのは、老後を豊かなものにする目的で運用される現役世代の年金資産だ。
 資源の再配置の過程では、株式が売り込まれ、業務の絞り込みを余儀なくされる先も出てこよう。しかし、厚生年金民営化によってあらたに個人金融資産が資本市場に大量に流れこみ、資本市場が活性化されれば、マーケットが崩壊するような事態は避けられる。たとえば株式が売り込まれても、株価が十分調整したと判断された段階であらたな資金による買いが入るからだ。マーケットの機能が維持されれば、企業は安心してマーケットを通じて資金を調達することができる。こうして、「スクラップ&ビルド」がマーケットを通じておこなわれ、マーケットメカニズムに基づいた資金配分とコーポレートガバナンスの形成が期待できる。
 サプライサイドの再編は、公的部門の介入や関係者間の調整だけに委ねられるべきではなく、マーケットを通じておこなわれるべきである。