3. ビッグバン後の資産運用市場をどう設計するか

求められる投資家にやさしい環境の整備

 日本版ビッグバンについては、株式売買手数料の自由化、業態別子会社に対する業務規制の撤廃、保険分野の開放といった重要案件がなお残っているが、1998年12月における規制緩和措置の実施により概ね9割方完了したといえる。とりわけ、21世紀の日本において個人金融資産の中核商品となることが期待される投資信託に関しては、銀行等による窓口販売の解禁に加え、信託約款の個別承認制から届出制への移行、会社型投資信託および私募投資信託の導入といった制度改革が大胆に実施された。日本版ビッグバンは、日本の資本市場をフリー、フェアでグローバルな市場へと変換し、個人や内外の機関投資家に対しては多種多様な資金運用の機会をもたらすと同時に、借り手企業には機動性に富んだ資金調達の場を提供することを究極の目標としている。高齢者社会、成熟化社会が今後さらに進展するなか、個人に対し生活の安定と豊かな老後を保証するとともに、日本経済を支える産業、とりわけ次世代の中核産業候補となるベンチャ−企業に対する資金供給の円滑化を図るためにも、1200兆円にのぼる個人金融資産を効率的に運用することが不可欠となっているからである。
 ここ数年にわたって実施された一連の資本市場改革を背景として、資金の需要サイドに位置する借り手企業からみた社債市場の使い勝手は著しく改善された。しかし、その一方で、資金の出し手である投資家からみた場合、リスク許容度の異なる多様な投資家のニーズに肌理細かく対応した金融商品が必ずしも十分提供されるまでには至っていない。そのため、政府に対しては「投資家にやさしい資本市場」という目標の達成を目指してなお一層の環境整備が求められる。わが国においては今や、高齢化社会の到来とともに将来に備えた有利な資金運用が国民にとっての大きな関心事となっているからである。
 そしてまた、日本の社債市場が投資家にとって魅力があって、かつ安心して投資できる資産運用機会となるよう環境整備が進めば、社債も株式とともに有力な投資対象となることが見込まれる。そうした多様性に富んだ、魅力ある社債市場がわが国においても登場するようになると、リスク特性の異なった社債や株式などを適宜組み合わせることにより、多種多様な投資家のニーズを満たす投資信託といった集団投資スキームが提供され、個人金融資産のより効率的な運用が期待される。

奥行きの深い資本市場をつくりあげる

 こうした観点から考えると、わが国資本市場の活性化を促すためにも、(1)売買取引にかかわるコストの一段の低減、(2)商品選択にかかわる情報の充実、(3)投資家ニーズを満たす多様な金融商品の提供、および(4)投資家保護に関する法的枠組みの整備が求められる。総じてみると、現状、(1)の取引コストの削減に関しては一定の進捗がみられるが、その他の項目については、なお解決すべき課題が多数残っている。われわれとしては、バランスのとれたかたちで日本の資本市場の発展を促すには、資本市場を魅力あるものとし、内外の投資家を引き寄せることがとくに重要となると判断している。そのため、主として投資家の立場から、わが国資本市場における環境整備のあり方について検討したい。というのも、その結果、リスク許容度において多種多様な内外の投資家を日本の資本市場に呼び込むことができれば、わが国においても奥行きの深い市場の形成が促されると考えられるからである。
 このうち(1)のコストの低減に関しては、1999年4月における有価証券取引税の廃止に続いて、99年10月には株式委託売買手数料の自由化および業態別子会社に対する業務分野規制の撤廃が予定されている。そして、こうした措置の実施を受け、一段の競争が促進され、今後さらにコストが低下することが期待される。社債の受け渡し決済に随伴するタイムラグも、縮小の方向で見直しが進んでいる。このほか、社債の流通市場活性化のためには、証券会社によるマ−ケットメイクの積極化が望まれるが、自己勘定でのポジションテイクには限界があるため、投資家による社債投資の活発化が同時に求められる。(2)の商品選択にかかわる情報の充実については、発行企業によるディスクロ−ジャ−の充実、格付け機関や評価会社による投資情報サ−ビスの充実などを通じて、わかりやすい情報が安価かつタイムリ−に提供される体制の構築が求められる。いうまでもなく、その場合には、投資家に対しては、受け取った各種の情報を正確に咀嚼、判断する能力を身につけることが要求される。

自己規律の確立という目標への橋渡し

 (3)の投資家ニーズを満たす多様な金融商品の提供はまた、投資家に代わって分散投資の理論に基づきリスク・リタ−ンのバランスを取りつつ、運用収益の極大化を目指すプロの運用者の能力向上とも密接に絡んでいる。アメリカの例をみるまでもなく、証券市場が順調に拡大するか否かは、投資信託や年金など集団投資スキームにかかわる運用の専門家の動向に大きく依存している。間接金融の歴史が長く、自らの判断に基づきリスク資産を対象として投資ポートフォリオを構成するという経験に乏しい日本の投資家にとっては、なおさらのことである。日本の資本市場においてプロの投資家が本格的に活躍するということはまた、資本市場が企業経営者に対する監視機能、規律づけ機能を発揮することを意味する。このようなかたちで資本市場が発達していけば、21世紀日本の金融に求められる自己規律の確立という目標の達成にも大きく寄与することが期待される。
 加えて、わが国の場合、縦割り型行政の結果、各種の資産運用機会に関する規制監督上の取り扱いが商品ごとに異なっているほか、取締法令の異なる商品から構成される複合商品の提供は事実上不可能な状況にある。これは、運用にかかわる知恵比べを通じた資産運用者の能力向上、投資家ニーズにあった多様な商品の提供機会を確保する、あるいは商品横断的な金融商品取引にかかわる統一的なプラットフォームを準備するという観点からも、早急な改善が望まれる。
 (4)の投資家保護に関する法的枠組みの整備は、投資家が安心してリスクのある金融商品を売買するうえで欠かすことができないほど、重要なものである。わが国の場合、これまでの間、業者に対し投資家利益を損なうおそれの高い取引の遂行を行為規制により禁止するという手法に基づき、投資家の保護が図られてきた。いうまでもなく、こうした投資家保護の枠組みは、ビッグバン後の投資家の自己責任原則、自己規律により統治される新しい金融環境の下では、決して望ましいあり方であるとはいえない。それゆえ、政府においては、21世紀に相応しい投資家保護のあり方を規定する金融サービス法の制定が検討されている。
 しかし、残念ながら、金融サービス法制定に向けた動きがその他の制度改正との比較において出遅れているため、投資家保護政策のあり方は、未だ明確には定まっていない。このため、例えば投資信託の場合、証券会社の行為規制を通じて投資家保護を図るという伝統的な考え方が引き続き適用されている結果、規制緩和が進む一方で旧来の保護規定の準用により事務コストが増大するという奇妙な現象が生じ、投資信託の魅力が減殺されるという事態に陥っているといわざるをえない。実際、改正投資信託法の施行に伴い投資信託の販売に関しては目論見書の交付が義務づけられたが、この書類はプロの投資家向けの説明書類であり、個人投資家から見た場合、難しい用語が並んでいるため読みづらくて投資判断の参考にし難い。加えて、印刷費用の増大を通じて、手数料アップにもつながりかねないのである。こうした不均衡を是正するためにも現在、リスクとの関連で商品横断的な投資家保護規定や金融取引全般に関するプラットフォームのあり方を定めた金融サービス法を早期に成立させ、資産運用にかかわる事業者と投資家との間の適正な責任分担の範囲を明確化することが強く求められている。
 そしてまた、投資家が投資信託といった集団投資スキームに安心して投資できる環境を整備するためには、その資産運用者の行動を市場のなかで監視、規律づける必要がある。こうした観点からすると、投資信託の運用者に対しても年金と同様に、プル−デントマン(プル−デントエキスパ−ト)ル−ルと称される受託者責任を課すと同時に、事前、事後における投資信託の運用にかかわるディスクロ−ジャーの徹底が重要となる。