エグゼクティブ・サマリー
わが国においては現在、日本版ビッグバンと称される抜本的な金融制度改革が2001年を最終期限として推し進められている。実際、1996年11月における政府のビッグバン宣言以来、わが国金融市場のフリ−、フェアでグロ−バルな市場への転換を目指して、金融・証券取引にかかわる各種規制の撤廃・緩和が大胆に実行されてきた。バブル崩壊による不良債権問題という負の遺産に苦しむ日本の金融に活力を取り戻し、日本経済の次世代を担う産業に対する資金供給の円滑化を推進すると同時に、高齢化社会の本格的な到来を目前に控えた日本国民に対し多様な資金運用の機会を提供するためにも、日本版ビッグバンを是非とも成功させる必要がある。
しかし、今から振り返れば、日本版ビッグバンの場合、個々の規制の撤廃・緩和に重点が置かれ、21世紀日本の金融の骨格をいかなる原則に基づき築き上げるのかという点に関しては、必ずしも明確に意識されていなかったように窺われる。それゆえ、日本において21世紀の世界に相応しい金融システムを築き上げるためにも、政府に対しては現在、金融規制の撤廃・緩和にとどまらず、(1)金融規律の確立、(2)投資家利益の保護、(3)金融システムの安定性向上に向けた施策の実施が強く求められる。
日本の金融に求められる役割は1980年代半ば以降、産業資金の安定供給から資金運用へと変化したにもかかわらず、引き続き産業資金の安定供給に適した銀行中心の金融システムが維持されており、資本市場はなお発展途上の段階にある。このことは、資金循環表から日本の金融構造をみると、企業の資金調達の過半は銀行借り入れであるほか、個人金融資産の60%は預貯金により運用されていることからも明らかである。こうした状況を捉えて「日本人の国民性は安定志向・リスク回避型」とする見方も少なくないが、戦後一貫した右肩上がりの経済成長という歴史的僥倖による高利回りの享受、預貯金を相対的に優遇してきた金融に関する制度的枠組み、資金運用会社の投資家軽視の運用姿勢などが相俟って個人貯蓄の預貯金への集中を促したと解釈するほうが説得的と思われる。それゆえ、金融ビッグバンの進展とともに、信頼に値する、リスクとリタ−ンの組み合せにおいて多様な金融商品が提示されれば日本人の「預貯金好き」は比較的容易に解きほぐせる。
金融ビッグバン後の21世紀日本の金融システムにおいては、銀行に代わって資本市場がその中心的役割を担うことが期待される。これを個人の資産運用という観点からみると、市場型間接金融と称されるように、株式・社債といった本源的証券よりも、年金・投資信託といった専門家が運用する集団投資スキ−ムが重要な役割を果たす。プロが選んだ銘柄を対象として最新の投資理論に基づき資産運用が行われることから、運用に不慣れな個人資産も安心して資本市場に参加することができる。そうであるがゆえに、21世紀の日本における個人向けの中核的金融商品として成長することが期待される投資信託に関してはとくに広範囲にわたる規制緩和が実施され、競争が促進された。しかし、規制緩和が直ちに投資信託の隆盛につながるわけではない。投資信託にも他の金融資産同様にリスクが随伴するため、個々の個人投資家が投資信託の運用会社を信頼のうえ、リスクを負担するという決意が安心してできる環境を整備する必要があるからである。
1996年秋以降、一連の資本市場改革を背景として、株式市場では株価の二極分化が、また社債市場では信用格付けに基づく利回り格差の拡大がみられるなど、日本の資本市場においても欧米流の価格形成が根づき始めた。このように各種の規制撤廃・緩和は借り手企業の使い勝手を著しく改善したが、その一方で、資金の出し手である投資家から見た場合、リスク許容度の異なる多様な投資家のニ−ズに肌理細かく対応した金融商品が必ずしも十分供給されるまでには至っていない。投資家にとって魅力があり、かつ安心して投資できる資本市場をつくるためには、(1)売買取引にかかわるコストの一段の低減、(2)商品選択にかかわる情報の充実、(3)投資家ニ−ズを満たす多様な金融商品の提供、(4)投資家保護に関する法的枠組みの整備、をさらに推進する必要があるのはいうまでもない。
日本版ビッグバンの究極の目的は、日本の金融市場を自己責任原則に基づく自己規律が支配する透明性の高い市場にすると同時に、市場を通じた企業経営に対する監視・規律づけ機能の確立にある。これらは、21世紀日本の社会を豊かで、活力にあふれたものとするうえでも不可欠の条件である。そういった目標を達成するためにも、21世紀の日本において個人資産の中核商品となることが期待される投資信託を、誰もが信頼できるかたちで幅広く提供されるよう制度的枠組みを整備・拡充していくことが強く求められる。それゆえ、われわれとしては、以下に掲げる施策の実行を提案したい。
(政策提案)
- 金融商品にかかわる縦割り型行政の廃止、規制監督体制の一元化
- 縦割り型法律体系から、商品横断的、一般的取引ル−ルを定めた金融サ−ビス法へ
- 投資信託にかかわる説明責任義務、プル−デントマンル−ルの確立
- 投資家からの投資信託に対する信頼感の回復を目指して
- 投資信託に内在するリスク情報にかかわるディスクロ−ジャ−の整備
- 投資家の立場にたったわかり易いディスクロ−ジャ−の実施
- 投資家教育の充実
- 金融ビッグバン時代に相応しい啓蒙教育活動の実施
- 投資家にやさしい税制の確立
- リスクをとる投資家への配慮