4. 金融機能の正常化に向けた政策提言

 ここまで、われわれは、わが国における金融機能の正常化を目的として、(1)信用リスクとの比較でみて貸出金利が適正な水準に設定されているかという視点を金融機関の自己査定マニュアルに追加すること、(2)監督当局による検査のチェック項目に適正水準の金利徴収という各金融機関が設定した目標の達成状況についての点検を盛り込むことを金融監督庁に求めることを提案してきた。しかし、こうした提案は先に述べたとおり、金融における価格体系の再構築を通して、本物の市場経済をわが国に導入することを求めることと同義であるといえる。それゆえ、ここではこれら2つに加え、(3)金融再生委員会に対し中小企業向け融資など、特定のジャンルに限った貸出の増加を銀行に求めることを止めるよう、あわせて提案したい。これら3つの提案のうち、(1)および(2)の論点については追加的な説明を要しないため、以下では、(3)については具体的に説明していくこととしたい。

不可解な中小企業向け貸出増加に対するこだわり

 先にも触れたとおり、大手銀行は本年3月、多額の公的資金による資本注入を受けた。そもそもこの公的資金注入は、大手銀行各行から金融再生委員会あてに経営健全化計画を提出した後に資本注入を申請し、金融再生委員会がその経営健全化計画と資本注入にかかわる申請内容を審査のうえ決定することになっていた。各銀行の提出した経営健全化計画は概ね、役職員の給与の引き下げを中心とした経費の削減、業務分野の絞り込み、および中小企業向け融資を中心とした貸出の増加を3本柱としていたため、その内容が公表されてから、銀行に対しては「リストラの内容が手ぬるい」、「経営の方向性についてどの銀行も似たりよったりで、特色がない」といった批判が寄せられた。しかし、この批判は当を得たものではない。大手銀行は、金融再生委員会が優先株等の引き受け要件として提示した条件にしたがって経営改善計画を策定したからであり、特色がないのもある意味で当然と考えられる。
 われわれがむしろ懸念するのは、金融再生委員会が優先株等の引き受けに際し提示した「特に中小企業者向け貸出の総額については、原則としてその残高を増加させること」という条件にどこまで経済的な合理性があるのかという点である。金融再生委員会に対しては、現下の不良債権問題の解決にとどまらず、自己責任の原則を徹底するとともに自由な市場活動を保証することにより、わが国のなかに健全な銀行と健全な金融システムをつくりあげることが期待されている。こうした観点からすると、大手銀行に対し中小企業という特定の分野向け融資の拡大を求めることは、市場を通じた資源配分に歪みを与えるおそれが強いため、問題であるといえないだろうか。中小企業向け融資に関する条件の妥当性をめぐっては金融再生委員会でも議論になったようであり、最近公表された議事概要によると、一部の委員からは「経済情勢、担保な どの状況からいってそのような地合いにあるのだろうか」という疑問が投げかけられた。確かに、199 年初頭から秋口にかけては、貸し渋りと称される急速な銀行信用の収縮がみられたが、本年入り後、公的資本注入が確実になるにつれ貸し渋りが話題となることは少なくなり、3月の資本注入実行とともにこの問題に関しては事実上の終止符が打たれたといっても過言ではない。むしろ、中小企業への資金供給の円滑化を目的として、大手銀行に対して公的資金による資本注入が実行されたはずである。

求められる中小企業向け貸出増加目標の削除

 われわれは、中小企業というと、大企業に比べてなにか経済的に不安定な社会的弱者のように思いがちである。しかし、本当にそうだろうか。株式を上場している大企業でも困難に直面している企業数が増大しているという現下の状況の下においては、そういった固定観念は的外れといえる。中小企業の場合、事業規模が小さければ、その分だけ所要資金も少なくなるはずである。加えて、企業経営の健全度は、事業規模の大小ではなく、事業内容の優劣と経営の巧拙に依存する。このように考えると、中小企業をことさら取りあげて銀行に対し中小企業向け貸出の増加を要求するのは合理性を欠く行為といえる。
 中小企業向け貸出は、リスクが高い分だけ高い利鞘の確保が見込める数少ない分野であり、実際、大手銀行による貸出残高の7割は中小企業向け融資からなっている。それゆえ、あえて経営改善計画において貸出額の増加を求めなくても、市場のなかでそういった動きが自律的に拡大していくことが確実に見込める。このことは、金融再生委員会の議事概要が「中小企業への貸出増加については、金融機関からは現在違和感なく受け入れられているように見られる」と指摘していることからも明らかである。銀行貸出市場をリスクに応じたリターン(利鞘)が確保される市場へと作り変えることができれば、規模の大小を問わず、銀行貸出は必要に応じて自ずと伸びていくはずである。
 わが国においては金融機関が過剰なため、いわゆるオーバーバンキング状態にあると指摘されることが多いが、貸出金利の適正化が推進されてもなお借り入れが困難な企業は市場において資金の返済能力に大きな疑問符が付いた企業であり、そういった企業は市場からの退出を求められていると判断される。また、ただでさえ資金需要が低迷基調にあるなかで、貸出増加を図るべきジャンルをあらかじめ特定の分野に限定すると、その意図する目標とは逆に銀行に非効率な資金運用を強いることになり、その結果、銀行の体力がますます弱まり、投入した公的資金の毀損を防ぐという究極的な目標の達成を損なうことになりかねない。
 公的資本注入とともに金融システム不安が鎮静化し、中小企業向けを中心とした銀行信用の異常収縮の懸念が払拭された今、そういった弊害の発生を未然に防止するためにも、金融再生委員会に対しては、公的資本注入を受けた大手銀行に課された中小企業向け融資の増大目標を経営改善計画のなかから削除することを提案したい。

われわれが目指す世界

 わが国はすでに、金融ビッグバンという新しい世界に踏み出した。フリー・フェア・グローバルを旨とする金融ビッグバン後の世界においては、関係者間の利害調整が最優先される旧来の手法は継続困難となる。わが国では、これまで長年にわたってメインバンク関係に代表される銀行と企業との間のウェットな取引関係が日本的経営の主要な構成要素であるとして積極的に評価されてきた。こうした関係の永続性を前提として、銀行は金融技術面での革新を怠る一方、借り手企業は資本市場からの監視を意識しないまま投資や経営を続けてきたのであった。わが国においては今なお、金融ビッグバンを金融機関だけの問題のように論じる識者がいるが、決してそうではない。産業界と金融界とは表裏一体の関係にあり、例えば銀行が多数の不良債権を抱えていることは、借り手である産業界が過剰設備など、不稼動資産に悩まされていることと同値である。
 それゆえ、21世紀のビッグバン後の世界を展望すると、銀行、企業とも、旧来の発想を捨て去り、自己責任原則の徹底とともに互いをアームズレングスの関係にまで引き離す覚悟が求められている。いま、われわれに必要なのは産業界と金融界が良い意味での運命共同体であるということを再度しっかりと認識したうえで、過去のしがらみに囚われることなく、金融ビッグバンという新しい時代に相応しい透明性が高くて、かつ確固としたシステムを国内のなかに作り上げていくことではなかろうか。