3. 破綻金融機関処理に際しての留意点

金融機関の破綻処理に際してはなぜ細心の注意が必要とされるのか

 議論をさらに進める前に、わが国のみならず各国の監督当局とも金融機関の破綻処理に際しては細心の注意を払って対応しているが、それはどういった事情に基づくものなのか今一度改めて検討することにしたい。
 結論を先取りすると、金融機関の経営破綻をそのまま放置した場合には、システミック・リスクという特別なリスクが顕現し、同機関が担っている信用仲介機能や決済機能のみならず金融市場そのものの機能までもが麻痺する結果、経済活動にも悪影響が及ぶという最悪の事態を招来しかねないからである。すなわち、個々の金融機関は、決済ネットワークにおける資金決済の時間差を媒介として発生する一時的な与信や、各種の市場取引の実行を通じて金融機関の間に網の目のように相互に張りめぐらされた債権債務関係により結ばれている。このため、金融機関破綻の影響は、そうした取引関係を媒介として一瞬のうちに他の金融機関や市場へと連鎖・波及し、善意の第3者にも突然悪影響が及ぶという不測の事態発生のおそれが否定できないのである。
 金融システムがシステミック・リスクを内包しつつも日々円滑に機能しているのは、預金者や投資家などが金融機関を十分信頼のうえその健全性に何ら疑念を抱くことなく安心して取引を行っているからである。もっとも、この信頼感は必ずしも盤石ではなく、大型倒産の発生といった現実の出来事に起因する貸付債権の焦げ付き発生にとどまらず、根拠のない噂話によっても動揺する。実際、短期調達・長期運用と称されるように、金融機関は預金者に代わって資産運用にかかわる各種のリスクや流動性リスクを負担しているため、何らかの事情により金融機関の健全性に疑義が生じ、一斉に預金の払い戻しが求められた場合には、どんなに健全な金融機関であってもその求めにすべて応じることはできない。とりわけ、今日のように金融機関が多額の不良債権等を抱え、金融システム不安が高まっている時に、ある金融機関が破綻の危機に直面した場合、連想によって他の金融機関にまで預金引き出しの動きが広がり、破綻が連鎖する危険性が大きい。
 このように金融機関に対する信認が全体として揺らぎ、金融システムが不安定化すると、金融機関や顧客の合理的な行動が預金取り付けを招来するなど、まったく望ましくない集団的なパニック効果が生じるおそれが強い。金融システムは、資金決済面や信用供給面から一国経済を支える基本的なインフラであり、国民経済が健全な発展を遂げるためには、その安定性の維持を欠くことはできない。それゆえ、安定性を支えるセーフティネットとして、預金保険制度や中央銀行による最後の貸し手機能が準備されているほか、金融機関経営の規律づけメカニズムとして自己資本比率規制、早期是正措置が導入されているのである。

守るべき対象は金融機関が担っている機能

 こうした議論に対しては、金融システムの安定性維持という名目で経営に失敗した破綻金融機関を実質的に救済しているのではないかという疑問が寄せられることが多い。しかし、破綻金融機関の処理に際しては当然のこととして経営者は更迭される一方、減資というかたちで株主に対しても損失負担が求められるほか、管財人による調査の結果、背任、横領などの疑いのある取引が発見された場合には司法当局への告発などを通じて厳格な責任追及が行われるのが一般的となっている。実際、わが国においても、破綻金融機関の処理に際しては、そういったかたちで経営者や株主に損失負担や責任が問われている。その意味で、破綻金融機関の処理は現在、国民一人ひとりが納得できる透明性の高い方法に基づき実行されているということができる。
 破綻金融機関の処理に際し公的資金が損失補填のために投入されるのは、直接的には、破綻した金融機関のためではなく、その金融機関と取引関係にあった預金者および借り手を保護する、あるいは当該金融機関が顧客との取引において担っていた信用仲介機能、決済機能の維持を目的とする。金融機関が破綻し、突然営業停止となった場合、預金口座が凍結されるほか、一切の業務が停止する。その結果、預金者は現金を引き出したり、小切手・手形を決済したり、口座振替で公共料金を支払ったりすることができなくなるほか、借り手においては約定どおりの貸出の実行を受けられなくなってしまうなど、金融面での不都合に直面することになる。こうした事態が現に発生すると、実体経済活動に悪影響が及ぶ。金融機関の破綻は、一般事業法人が破綻した場合には過去に締結された契約の履行が問題となるのに対し、取引顧客の現在および将来の金融行動に不測の影響を及ぼすという点に特色がある。それゆえ、破綻した金融機関の処理に際しては、それまで当該機関が取引顧客との間で担っていた金融機能の維持に重点をおいて、取引の広がり等を勘案のうえ最適な処理策が講じられるのである。
 そのため、わが国のみならず主要国においては、破綻金融機関の処理に際しては、健全な金融機関が破綻機関の正常な資産・負債を引き受ける営業譲渡や資産・負債承継(Purchase and Assumption、P&A)が一般的な処理方法となっている。その一方で、破綻金融機関の清算を前提として預金を払い戻すという直接支払方式はほとんど採用されていない。直接支払方式の採用が事実上忌避されている背景としては、預金払い戻しに要する事務コストが膨大にのぼるため実務的に困難といった要因が指摘されることが多いが、より根源的には次のような事情が強く寄与している。すなわち、預金の払い戻し原資の大部分は貸出で運用されているため、直接支払方式で対応する場合には借り手企業に繰り上げ返済を求めざるをえず、その結果、借り手の資金繰りに悪影響が及び、場合によっては倒産という社会的に望ましくない効果を併発するおそれが強いからである。それゆえ、金融機関破綻に伴う悪影響を最小限の範囲のとどめることを狙いとして、営業譲渡やP&Aが破綻金融機関処理策の一般的な手法となっている。