エグゼクティブ・サマリー

 金融機関の不良債権問題にようやく解決の兆しが見えるなか、国民の関心は2001年3月末に期限の到来するペイオフの一時凍結が果たして本当に解除されるのか否かに移っている。ペイオフが予定どおり解禁されると、預金保険の対象とならない元本1000万円超の預金については金融機関の破綻リスクに晒されることになる。そして、金融機関が実際に破綻すると企業や家計の流動性に悪影響が及び、最悪の場合には日本経済に大混乱をもたらすことが懸念されるからである。中小金融機関においても、健全な大手銀行への預金シフト発生とともに経営基盤が弱体化し信用仲介機能を十分果たせなくなるとして、ペイオフ解禁に対し慎重な検討を求める声も根強い。
  このように、わが国では現在、ペイオフの解禁が注目されているが、ペイオフの凍結は1990年代後半、金融不安が高まるなかで金融機関に対する預金者の信認確保を狙いとして導入された措置のひとつに過ぎない。ペイオフの凍結はまた、金融機関によるディスクロージャーが不十分であったと同時に、破綻金融機関処理の枠組みが未整備なことから危機に陥った金融機関に対し市場からの退出を求められないというきわめて異例な状況の下で考案された緊急避難措置であり、その意味で対症療法的な性格が強い。実際、ペイオフは不良債権問題とも密接に関連しているため、ペイオフ解禁のみをとりあげて、その妥当性を議論することには大いに疑問が残る。
 われわれとしては、ビッグバン後の21世紀日本の金融を自己責任原則および市場競争により規律づけられる世界とする、あるいは自己責任の原則を経済行動の基軸とするためにも、ペイオフは予定どおり解禁する必要があると考える。こうした観点からすると、むしろ重要なのは、1996年における政府表明のとおり預金者に対し自己責任を問える環境が整備されたか否かであり、環境整備が十分でない分野に関しては、今後1年間のうちに早急に完了させることが求められる。幸いにも、破綻金融機関処理の枠組みの整備や金融機関によるディスクロージャーの充実は近年、急速な勢いで進捗をみており、その意味で預金者に自己責任を問える環境はほぼ整備されたといっても過言ではない。
 しかし、すべての問題に解決の目途が立っているわけではない。処理が大きく進捗したとはいえ、不良債権問題に解消の目途がついたと断言できる事態までにはなお至っていないからである。したがって、2001年4月以降ペイオフ解禁を予定どおり実行しうるか否かの鍵は、この不良債権を今後1年間のうちにどこまで処理できうるかが握っている。それゆえ、われわれには、不良債権問題の早期解決を目指して公的資金を大胆に投入すると同時に、困難に直面している金融機関に対しては預金者および借り手の保護にも十分留意しつつ早期是正措置に基づき一段のリストラあるいは市場からの退出を求める以外に途は残されていないと判断される。自己責任原則というビッグバン後の21世紀日本の金融を律する基軸を確立させるためにも、ペイオフの延長という彌縫策の実施は厳に避けなければならない。
 今、日本に対し真に求められているのは、護送船団方式という旧来の信用秩序維持策に代わる、透明性が高くて実効性に富む新たなセーフティネットの早期構築であり、金融機能の維持を通じて日本の金融システムを保護するという政府の決意表明である。われわれは1997年11月、不良債権問題の早期解決を図るためには公的資金の投入が不可欠であるとして、公的資金投入に際し遵守すべき五原則を提案した。この考え方は今も基本的には変わっていないだけでなく、そうした新たなセーフティネットを構築するうえでの基本原則になりうると考えている。

(1997年11月に提案した公的資金投入に関する五つの原則)

  1. 目的:預金者、契約者の保護
  2. 前提:破綻金融機関の清算
  3. 司法手続きの開始:不正の摘発
  4. 到達点:金融機関の自己規律の確立
  5. 費用の最小化:借り手責任の追及

 それゆえ、われわれは21世紀における日本の金融の骨格作りを目指して、この五原則にしたがってここ3年間のうちにパッチワーク的に導入された破綻金融機関処理の枠組みを統一的な観点から再構築、整備のうえ、なるべく多様な破綻処理スキームを準備するとともに、市場に備わったチェック機能や公的当局による規制監督を通じて金融機関経営者を規律づけたり、システミック・リスクの発生を未然に防止するというprudential surveillance体制の確立を目指して、次のような施策を国民との間の社会的契約として少なくとも今後1年間のうちに導入することを提案したい

(政策提案)

  1. ペイオフの意味の国民に対する周知・徹底と金融機関を選択できる環境の整備
  2. 不良債権問題の早期解決を狙いとする公的資金の大胆な投入
  3. 信用秩序維持策としての早期是正措置の位置づけ強化
  4. 破綻金融機関処理に関する枠組みの恒久化
  5. 預金保険制度の見直し