地方財政の現状と今後の課題 −地域経営に役立つ公会計制度へ−
エグゼクティブ・サマリー
地方自治体の財政管理は現在、予算に基づく財務管理を中心とした歳入・歳出管理が中心となっている。しかし、自治体の歳入・歳出は、各種の補助金や交付金の配布を通じて中央政府により事実上コントロールされているため、地方自治体が独自の発想に基づいて自主性を発揮できる余地は極めて限られている。加えて、中央政府と地方自治体の組織はそれぞれの事業分野ごとに縦割りでつながっており、中央政府の意向は地方自治体の部局ごとに直接伝達される。このような中央政府による自治体コントロールは、全国各地における公共サービスに関するナショナル・ミニマムを確保したり、地方自治体の破綻を防止するうえでは有効であるかもしれないが、その一方で個々の地方自治体が地域ごとの実情を踏まえた効率的な自治体経営に向けた動きを展開させることを阻害している。
また、地方自治体予算に関しては、国と同様に単年度主義が採用されているだけでなく、予算消化額に応じて翌年度の予算額が決定されるという前年実績主義に基づき編成されている。その結果、各部局においては予算獲得が行政上の至上命題となり、予算を切り詰めるとか、不要不急の事業を抑制するといった予算の効率運用に向けた誘因が働かない。それゆえ、税金の有効活用という点からも、予算の単年度主義・前年度実績主義を見直す必要がある。われわれとしては、こうした自治体財政にかかわる構造問題を明らかにしたうえで、構造問題の抜本的解決を図るうえで必要とされる公会計制度改革のあり方について提言することにしたい。
地方財政における最も重要な原則は、「各会計年度における歳出はその年度の歳入をもって充てなければならない」という会計年度独立の原則である。「歳入−歳出>0」という基本原則を遵守することは一見すると、企業会計における「収益−費用>0」という利益概念と同様に捉えられ、とくに問題がないように思われる。しかし、地方財政では、地方債などの借り入れによる資金調達も歳入に含まれる一方で、その償還部分は公債費として歳出に計上されている。こうした予算面での独特な取扱いを考慮すると、歳入・歳出総額の比較(形式収支)に終始しているだけでは、地方財政の真の危機を理解することはできない。地方財政の状況を簡明かつ明確に把握するには、次の3つの視点をもって地方財政および地方行政を見ていくことが肝要となる。
まず、第1は、国や地方自治体においても資産・負債の状況を精査し、不良資産については適正な処理を行うという視点である。すなわち、good governmentとbad governmentを切り分け、資産利用の効率化を目指して後者については適切な処理原則をもって対処する必要がある。そのためにも、国や自治体に対してはバランスシートの作成が求められる。
第2は、資産・負債管理を通じて地方自治体自らのアクティヴィティを再構築していくという視点である。国や地方自治体における経営資源をいかに有効活用していくかという観点から、地方自治体経営の自己改革につなげていくことが求められている。その意味で、バランスシートと収支計算書を日々の行政の中で明らかにすることが首長にとっての説明責任(アカウンタビリティ)であるといえよう。
第3に、わが国行政機構が有する経営資源の最適配分を達成するためには、どのような制度の再設計を行うかという視点である。戦後50年を経て日本社会の転換点に差し掛かったいま、国・地方自治体間の税金配分、国・地方自治体の経営資源の活用など、あるべき制度を検討し、行財政制度の再設計につなげることが求められている。換言すると、バランスシートの相互比較を通じて、いかにわが国の制度設計に活かしていくかである。
<政策提言>
こうした3つの視点を軸として21世紀における日本社会を活力溢れるものとするうえで、キイワードのひとつが地方自治体によるバランスシートの作成であり、21世紀政策研究所としてはバランスシートの作成に基礎を置いた次のような公会計制度の改革を提唱したい。
- 長期的なキャッシュフロー計画の作成および行政評価システムと予算の連動
政府・地方公共団体における単年度主義を廃止し、その代わりに長期的なキャッシュフロー計画を作成のうえ、長期的に支障をきたさない財政運営を行うことを原則とする。また、政府・地方公共団体の予算策定に当たっては、行政評価指標と過年度支出額・予算額および費用便益分析結果を記載した予算書を用いて、予算決定を行う。 - 財政法および地方自治法における公会計原則の導入
財政法・地方自治法において、政府・地方自治体における会計処理の原則として公会計原則を設定する。また、公会計原則の早期設定を目的として、新会計制度に関する公務員研修の充実を図る。 - 公会計システムの整備
公会計原則導入に伴い、複式簿記・発生主義会計に移行することを前提に、対応可能な会計システムを2003年度目途に整備する。
財務情報開示に向けた自治体の自己改革的な取組みは望ましい。しかし、実際には、単式簿記に基づき作成された決算統計をバランスシートに組み替えているに過ぎない。また、自治体の自主的な取り組みに依存するだけでは、財政悪化に直面した自治体の財務情報はなかなか入手できない。加えて、現状のような自主的取り組みだけでは、総合性、相互性、迅速性といった観点からも、時代の要請にはマッチしているとはいい難い。
時代はいま、「広域行政や市町村合併」、さらには「道州制」へといった地方自治の変革を求めている。また、地方分権を進めるなかで「地方への財源移譲」要求も高まっている。地方自治の変革は、「地方経済の活性化」や「都市の再生」を見据えて実行される必要がある。日本社会の再構築を図るうえで地方自治体の財政状態の正確な把握は不可欠である一方、自助努力による財務情報開示の進展を待っている余裕はない。日本社会の構造変革を地方から促すためにも、複式簿記・発生主義会計の制度的導入を急がなければならない。

目次
エグゼクティブ・サマリー
- はじめに
- 地方財政の現状
- 地方財政の悪化
- 大都市圏の財政危機
- 財政再建団体から学ぶ教訓
- 補助金と地方交付税交付金
- 地方財政を見る視点
- バランスシートの作成とその効果
- 自治体に求められる財務情報開示
- バランスシートの試み
- バランスシートを通した地方財政の全体像
- 行政評価と公会計……バランスシートの活用
- 三重県における事務事業評価システムと発生主義会計
- 地域経営に役立つ公会計制度へ
- 地方自治法の改正と公会計原則の導入
- 長期的なキャッシュフロー計画の作成および行政評価システムと予算の連動
- 公会計原則導入の課題
- 公会計システムの整備
- 公会計の地域経営への活用
- 地方行財政制度の再設計……バランスシートの相互比較を通じて
- 地方行財政制度の再設計
- おわりに
21世紀政策研究所
- 提言概要
- 提言本文(PDF)
