民事司法の活性化に向けて
国民にとってのイメージの形成が民主主義のもとではとりわけ大きな意味をもつ。たとえば米国においては「ワシントンと桜の木」である。政治家と正直とは通常は結びつかないはずだったが、この話はその後の米国政治へのイメージの形成に大きな役割を果した。クリントン大統領に対する弾劾という問題もここから発しているのではないか。民主主義の諸制度やその理念に関するイメージの力はかくの如しといえよう。
日本で司法制度に関するイメージということになれば、児島惟謙と司法権の独立であろう。もちろん、三権の分立を歴史の空間において実現していくうえで、このイメージは大いに役に立った。近代民主主義国家としての目標追求の途上にあって、司法は独立との観点において国民の心に像として切り結ぶことに成功したといえよう。
逆にいえば「法と秩序」というイメージ、また司法を通じての具体的な秩序形成という観点は容易には国民の内側に入ってこなかった。経済社会における予測可能性を高める装置としての司法、という観点の欠如は、たとえば住専(住宅金融専門会社)の破綻処理が司法のプロセスを通じては実質上不可能だ、と当時の関係者にイメージされていたことに典型的だ。その結果、信用の連鎖の遮断という今日の日本経済の病状にまで立ち至る原因となったのでは、との指摘まで登場することになる。司法の現状に「法と秩序」、あるいは「予測可能性を高める社会的技法としての司法」という観点から迫ってみる必要があるのでは、という視点が生まれた所以である。われわれは民事司法の活性化問題への取り組みをここから始めた。今回の提言はその中間成果物といえる。素人が土足で奥座敷に踏み込んだ、との指摘も出るかもしれないが、いまや司法に対する期待が従来とは異なる観点から登場していることに司法関係者は目を向けて欲しい。こうした思いだけは是非とも伝えたいと思慮するところである。
21世紀政策研究所提言 −民事司法の活性化に向けて(要約)−
1. はじめに
ここ数年にわたり、国内的には、経済力の低下や失業率の悪化、行政の失墜によるリーダーの不在化など、国際的にもグローバル化の進展など日本を取り巻く内外の環境が大きく変化する中で、将来に対する漠然とした不安感が現在の我が国を覆っている。
このような状況から脱却し日本再生を図るため、行政改革、金融ビッグバンなどに見られるとおり、我が国は透明・公正なマーケット原理を活動原則として選択した。
これは従来の事前規制型社会を、透明・公正なルールのもとに各人が自己責任によって自由に行動する社会へと転換を図るというものである。行為者にとってグレーゾーンは拡大するが、その白黒を明確化する立法は「後追い」にならざるをえないため必然的に増加する紛争については、司法において事後的に調整を行うということになる。これまでにないほど司法機能が重視されるようになってきたといえる。
2. 民事紛争解決の現状および問題点
現在の民事司法の各要素は次のような問題から国民にとって使いづらいものとなっている。
- 当事者の直接交渉
当事者間に力の格差が歴然としてある場合や暴力団が介入する場合には、弱者の泣寝入りなどが生じ、ルールに則った公平な解決が図られていない。 - 法律相談・交渉代理
弁護士は法律事務を独占しているにもかかわらず、国民1,000人あたり0.13人しか存在せず、地域的にも偏在している。更に複数事務所、広告規制などの競争制限的規制が多いこともあって、国民のリーガルサービスへのアクセスが不当に狭められている。 - 裁判外紛争処理機関
相談、仲裁、調停・斡旋などを行っている裁判外紛争処理機関(ADR:Alternative Dispute Resolution)については、対応件数が多く見積もっても年間数千件程度と、利用状況は総じて低く、有効に活用されていない。 - 裁判所
裁判は遅い、お金がかかる、裁判では自分の意見を主体的に発言することができない、専門的・先端的な案件についての解決が困難である、無闇に和解を勧める、裁判官の異動が頻繁、判決にいたる理由がよく分からない、等の指摘がなされている。 - その他
上記の司法の各要素相互の協力関係の不存在や、法曹三者を主体としたユーザーの視点不在の司法制度改革論議の悪弊などが指摘されている。
3. 提言
1. 21世紀の民事司法のアウトライン
個々人の自由な活動と自己責任に基づく21世紀の社会においては、今よりも強化された民事司法の各要素が、全体としてベスト・ミックスされ相互に連関し、競合して働くことで、裁判所は本来機能に純化し法治国家の核として国民の負託に応えることができる。また、市民コートや、リーガルサービスの担い手の整備は、法的事案や紛争に直面した国民や企業の紛争予防・解決に向けた選択肢を大幅に増やし、自律した企業・市民社会の形成・強化につながる。これらは、限りある人的物的資源の効率的活用を促すうえに、これまで司法が機能不全であったことにより、費用・期間・結果においてリーズナブルな司法的解決が得られずに国民が負担していた、社会全体のマイナスコスト解消にも繋がるであろう。
2. 改善・強化策概観
a.裁判所
紛争解決の終局的な拠り所(Resolution of the last resort)である裁判所の機能が十全に発揮されることは国民や企業が活動を続けるうえでの強力な安全弁であり、それに対する信頼感は、法治国家の基盤とも言える。 そこで、裁判所機能の強化・効率化、そして国民の使い勝手をよりよくするために、司法のユーザーである国民からの評価を基準として、裁判所の自己規律づけを促す客観的な仕組(PDSC)の導入を提案する。具体的な検討項目としては、裁判制度の強化策として、
1. 裁判官増員、
2. 訴訟における早期のスケジューリング期日、
3. 専門家調停委員の裁判における活用、
4. 裁判官の法曹外研修の義務化、
5. 裁判の説得力を高めるための本人参加の機会の制度化、
の5項目を、また他機関との有機的関係を強める策として、
6. 調停・市民コートへの事案移送制度、
7. 独立証拠調手続、
8. 裁判のルール形成機能の強化、
の3項目を指摘する。
b. 市民コート(ADR)
裁判外に多様な紛争解決の場を設けることで当事者の選択肢を増やし、かつ訴訟との機能分化・競合をはかることで民事司法全体としての効率や質の向上を狙いとする市民コートの整備・創設を提案する。そこでは当事者が本来的に有する紛争解決能力(自然治癒力)を最大限に活用し、弁護士・建築士等の専門家が柔軟な手続によって中立的に適宜サポートすることで、紛争が先鋭化して訴訟にいたる前の段階でのソフトランディングを志向する。 恒常的市民コート整備・創設の具体策として、
1. 各種業界や行政機関の主導による専門型市民コートの整備、
2. 既存ADRを統合・強化したオールマイティ型市民コートの創設、
3. 専門家・実務家(プロフェッション)を確保するための弁護士法72条見直し、
4. 市民コートの中心的担い手である弁護士の意識改革、
について提案する。
c. 法律相談等基礎的リーガルサ―ビス業務
紛争発生を予防し、また紛争の深刻化・複雑化を防止するためには、リーガルサービスをより国民に身近なものとし、法やルールを念頭にコンプライアンスに基づく市民活動や企業活動が広く行われるような体制を整えねばならない。
最も国民に身近であるべきこの分野において、非合理な競争制限的規制を撤廃することで人材を効率的に活用し、もって国民に自由かつ多様なリーガルサービスが提供される仕組みを提言する。具体的には、
1. 法律事務の弁護士独占規定(弁護士法72条)を改正しプロフェッションの活動の場を拡大する、
2. 弁護士の手足を縛っている規制(事務所、情報開示、兼職禁止など)を見直し弁護士の活躍の場を広げる。
d. ユーザー参加型の改革メカニズム
以上のような改革案をユーザーたる国民の視点から検討する場を法曹外に設ける。具体的には、
1. 法曹三者合意に関する国会附帯決議破棄、
2. 内閣への「司法改革会議」設置、
3. 会議への国民参加、
4. 会議議事内容の公開、
を提案する。
21世紀政策研究所
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