中国の国有企業改革とコーポレート・ガバナンス
2001年3月
- 1990年代以降、日本においては、従来の我が国には良好なコーポレート・ガバナンスが成立していなかったのではないかとする議論が盛んに行われている。他方、中国でも、99年9月の第15期四中全会以降、中国版のコーポレート・ガバナンスとも言うべき「現代企業制度」の確立に向けた動きが急ピッチで進められており、コーポレート・ガバナンスに対する関心はかつてないほどに高まっているものと理解される。
そうした動きの中、本稿は、中国の国有企業改革問題との関連においてコーポレート・ガバナンスという概念の果たす役割を検討し、さらには、現代の会社・企業制度におけるガバナンスの「核」は何であるのか、中国においてそれが確立される見通 しはあるのか、といった点について考えようとするものである。 - 中国の国有企業改革の歴史は、78年12月の中国共産党第11期三中全会にまで遡ることができるが、その後の20年以上にも及ぶ流れをごく大まかに区分すれば、
- 78〜81年: 単純な「放権譲利」型改革期
- 82〜86年:「経済責任制」「利改税」を軸とした「放権譲利」の調整期
- 87〜91年:「国有企業体制」の集大成、株式制導入に向けての転換期
- 92〜96年:「社会主義市場経済」の下での「企業」と「会社」の2本建て体制期
- 97年〜現在:「現代企業制度」の確立を軸に株式会社制度に傾斜していく時期
前記三中全会において「改革開放」の流れが打ち立てられて以来、まず行われたのはいわゆる「放権譲利」による改革であった。「放権譲利」とは、計画経済体制の下で非効率の極みに陥っていた国有企業(国営工場)に対し、経営自主権や利益留保を認めることによって経営層・従業員らにインセンティヴを与えようとする改革であり、その基本的な方向性は決して間違ったものではなかった。しかし、企業所有者である国家の側に、経営者の行動を適切にモニタリングしていく制度や仕組みの準備が十分にないまま、企業内部者である経営者に対し経営に関する裁量権を与えた点において「放権譲利」型の改革にはコーポレート・ガバナンスの視点が欠如していたのである。
その後約20にわたり国有企業改革のために様々な方向からの試みが行われるわけであるが、それらはすべて、前記のような「放権譲利」型改革の欠陥に原因を求めることができ、言うなれば、国有企業改革の歴史は、社会主義国家であるという建前との相克の中で、中国の国有企業についていかに効率的なガバナンスの仕組みを打ち立てていくかという試行錯誤の跡であったと言える。 - 視点を現在に移すと、99年9月の第15期四中全会は「国有企業の改革と発展の若干の重要問題に関する決定」において、
- 戦略面から国有経済の配置を再調整すべきこと
- 国有企業を株式会社化することによって「現代企業制度」を確立すべきこと
具体的な政策のレベルにおいても、株式会社化は、各国有企業のコーポレート・ガバナンスを良好なものとするという基本的役割のほかに、経済の牽引役としての企業や企業グループに対し株式上場という手段を与えるという役割、今後、社会資本整備の任に当たるべき国家に対し、株式放出という資金獲得方法を与える役割など、種々の政策をつなぐハブとしての重要な地位を与えられている。いわば、各政策は、株式会社化を軸として環をなしていると考えられ、今後とも99年の「決定」の方針に沿って、国有企業の株式会社化、またそれと組み合わされた形でのグループ企業化と企業グループの再編成とが進展するであろうことは疑いない。 - ところで、99の「決定」は、「株主権の多元化は規範的な公司法人による管理の構造の形成に役立」つとし、「国が独占経営しなければならないごく少数の企業を除いて、多元的投資を主体とする公司を積極的に発展させなければならない」と結論する一方で、株式会社化された後、国以外の株主に支配権が移転すること(テイクオーバー)の可能性については消極的な姿勢を採っているものと解される。 しかし、こうした考え方(株主権多元化論とでも呼ぶことができよう)については、株式会社化された(元)国有企業について、依然として国家が大半の株式を有するという特殊な株主構成の中で、単に株主が多元化・多様化するというだけでなにゆえに良好なコーポレート・ガバナンスが実現されるのか、という根本的な疑問を禁じ得ない。 言うまでもなく、コーポレート・ガバナンス確立のための手段として株主の有する最大かつ最終的な意思表示の方法は、手持ちの株式を市場において売却し、意に沿わない経営者の経営によるリスクから、自らの資産を完全に遮断してしまうことである。経営の現状に不満であれば、株主はその会社の株式を市場で売却してしまうという極めてコストの低い方法によって意思表示を行い、株価の下落という形で市場を通じて間接的に経営者に対する不信任を突きつけることになる。 これがいわゆるウォールストリート・ルールであり、特定の国において現実にこうした株主の行動様式が定着しているかどうかは別 論、およそ公開会社たる株式会社について、このような株主の行動を前提としない法制は考えがたい。言い換えれば、株式会社制度は、株式市場の動向を通 じてコーポレート・ガバナンスが規律づけられていく(支配権の移転はその典型である)という点にその特徴があり、市場を通 じた株主の意思表示とそれに対応した経営という図式を抜きにして、株式会社におけるガバナンスを十分に理解することはできないと考えられるのである。 99の「決定」に示された「株主権多元化論」は、コーポレート・ガバナンスの面 における株式市場の役割を等閑視し、株式会社化後の国有企業における支配権の移転について消極的な姿勢をとる点で、いまだ不十分なものと言うべきであろう。
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本年1月9日には、中国政府当局によって国有企業改革の成功が正式に宣言されたが、言うまでもなく、そこでいう「成功」は3年という短期の期間を区切って定めた当面の目標、すなわち、大多数の大中型赤字国有企業を苦境から脱出させるという短期的な目標が達成されたというにとどまり、国有企業についての根本的な改革はこれからも続けられなければならないであろう。
その際、我々は、今後、中国におけるコーポレート・ガバナンス論が進むべき基本的な方向は、企業のガバナンスの基本を市場の規律にゆだねていく方向であると考える。こうした方向性は、単にコーポレート・ガバナンスの観点からだけでなく、中国経済全体の運営の方向性という観点から見ても、商品流通に関してほぼ全面的に市場経済を導入した「社会主義市場経済」の方向性と完全に合致するし、資産の流動性を高め、中国経済の将来に向けた発展の余地を確保する上で、近い将来、必ず達成しなければならない絶対的な目標であると言っても過言ではない。
ここで、そうした目標に向けた具体的な課題を幾つか挙げておくとすると、次のとおりである。- 市場規律を効果的にガバナンスに取り込むことができるような仕組みを確立すること。こうした観点からは、例えば、企業グループ化による国有企業の再編は、将来における市場規律の移転に適合的なものとしていくことが考えられる。
- 国内外の投資家にとって中国の株式市場が魅力あるものとなるように制度を構築すること。こうした観点からの課題としては、ディスクロージャーの強化、上場企業選定基準の透明化、少数株主権の強化などが挙げられる。
- 民営企業を含めた総合的な株式会社制度の再構築。具体的には、中国における株式会社制度の対象として、現行法において主たる対象とされている大規模公開会社だけでなく、公開会社予備軍としての新興民営企業(いわゆるベンチャー企業)をも無理なく取り込み、その成長を促すような枠組みを作ることが重要な課題となろう。
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ところで、良好なコーポレート・ガバナンスの確立は独り中国だけの問題ではなく、現在、我が国自身にとっても重要な課題となっている。中国におけるコーポレート・ガバナンスの課題として挙げた前記の3点は、中国にとっての課題であるだけでなく、経済社会の活性化を目標に掲げる国家であれば一様に達成しなければならない共通の課題であると言っても過言ではないだろうし、もちろん我が国もその例外ではない。
翻って、今後の我が国に望まれるのは、制度間の国際競争という視点をも踏まえた骨太の理論構築と、その具現化としての迅速な法改正の実現であろう。
その際、中国における国有企業改革の流れ、とりわけ90代後半以降、コーポレート・ガバナンスの確立に向けた動きが顕著になってからの動きは、我が国にとっても示唆に富む点が少なくないように思われる。特に、(1)株式会社制度を市場経済に適応したガバナンスの仕組みとして率直に位置づけ、市場との連動を重視すべきこと、(2)制度の改正を考えるに当たっては、制度間の国際競争という目的意識を明確に持つべきこと、の2点は、我が国にとって貴重なインプリケーションになり得ると言えるのではないだろうか。
21世紀政策研究所