民事司法改革へ向けての意見

2001年1月

本報告書取りまとめの経緯

 1999年7月に内閣に設置された司法制度改革審議会において、わが国のあるべき司法制度の構築に向けて審議が継続しているところであるが、2000年11月20日、同審議会は中間報告を取りまとめ公表した (注1)。この中間報告にまとめられた改革案のうち、民事司法制度にかかる各項目については、司法のユーザーとして企業の関心が特に高く、今後経済界の司法府に対する信頼や期待が高まるか否かはその改革の方向性如何にかかっていると言っても過言ではない。

 21世紀政策研究所では、21世紀社会にふさわしいわが国の司法制度の構築に向けて、同分野についても積極的に研究に取り組んできたが(注2) 、同審議会の中間報告の公表を機に、当研究所では、現行民事司法制度について企業がどのように評価しているか、あるいは民事司法制度に対しどのようなニーズがあるかといった視点から実証的に分析することを通じて、中間報告に盛り込まれた民事司法改革の方向性を検証し、司法改革へ向けた諸提案を行うことが重要と考えている。

 そこで、同年10月23日、経団連会員企業に対して郵便によるアンケート回答の協力を要請した。このアンケートは、回答が選択肢に誘導されたものとなることを回避するため、選択式ではなく自由記述回答方式を採用した。また、12月半ばには、同アンケートに追加して、企業12社の法務担当者を対象としてヒアリングを行った。このアンケートおよび追加ヒアリングにおいて寄せていただいた意見は当研究所の判断で各項目に分類し、本報告書へ掲載した。掲載にあたっては、意見の一部について趣旨を変えない程度に表現上の修正を加えたものもあるが、特に意図的に削除するようなことはせず、すべて掲載したつもりである。本アンケートおよび追加ヒアリングはその対象者が限定されているうえに、現行制度の利用を通じての設問以外に、仮定の制度導入を前提とした設問も用意したことから、この集約・分析結果がユーザーのニーズの傾向を示すものであるとして、過度に一般化するようなことは避けなければならないことは言うまでもないが、ユーザーのこのような率直な意見は、今後の司法制度改革の方向性を検討するうえで貴重なデータであると考え、公表することとした。

 当研究所では、さらにあるべき民事司法制度の構築に向けた提案を行うべく研究を進めていく予定である。本報告書がわが国の民事司法制度改革の方向性にいくつかの視座を提供することができ、司法制度改革審議会における審議過程や、裁判所における民事訴訟手続改革の検討過程において、いささかなりとも参考になることがあれば幸いである。

(注1)
司法制度改革審議会ホームページ(http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/naka_houkoku.html)参照。
(注2)
21世紀政策研究所では、1998年12月22日に「民事司法の活性化に向けて」、1999年10月19日に「提言:民事法律扶助制度検討の視点」、2000年2月2日に「陪審制度についての大学生意見集約結果報告」、同年5月25日に「21世紀日本の民事司法制度を構想する」などを公表している。

エグゼクティブ・サマリー

  1. 今後の裁判利用
    1. 今後、企業側から裁判を利用する機会が劇的に増加するとは予想しがたいものの、少なくとも紛争解決の一選択肢としては、裁判が重要な位置を占めるようになってきたことが窺え、また、消費者が企業を訴えるケースが増加すると推測されることから、裁判は漸増していくのではないかと予想される。
    2. 裁判所には、当事者にとって納得のいく、合理的な説明のある和解勧告が期待されており、各裁判官は当事者双方から納得を得られるような和解勧試技術を体得しておく必要がある。
    3. 企業が弁護士を採用していくためには、弁護士自身が主体的に意識改革を図ることが前提となり、あわせて弁護士報酬体系の見直しも必要である。
  2. 裁判の迅速化
    1. 裁判の迅速化のためには、裁判官には、当事者側の事情を考慮した合理的な訴訟指揮を、毅然とした態度で行うことを望む。
    2. 裁判の迅速化のためには裁判官の増員が必要であるが、裁判所には社会の変化に伴う裁判の質の変化に見合った方向に、また訴訟当事者のニーズに応える方向にリソースを重点配分させるかたちで裁判を充実させていただきたい。
    3. 計画審理を導入する場合には、不当な証拠収集手続きへつながることのないような制度設計が望まれる。
    4. 訴訟の迅速化を実現するためには、弁護士の増員はもとより、当事者(あるいは代理人たる弁護士)に、裁判の迅速化に協力しようという自覚が強く望まれる。
    5. 弁護士事務所の共同化や他事務所との連携の強化、法人化の実現を図ることを通じて、実質的かつ責任を持って裁判審理に対応できる訴訟代理人が複数つく体制で事件に臨めるようにすれば、裁判の迅速化に資する。
  3. 裁判における情報技術(IT)の活用
    1. 当事者がインターネットや専用線を利用して訴状や準備書面、書証等を提出したり、認否を行うことの実現可能性、また裁判所がインターネットや専用線を通じて訴状等の送達を行うことの実現可能性等について検討すべきである。
    2. 「裁判におけるIT活用」についての制度の設計にあたっては、情報の改ざんや秘密漏洩の可能性の排除など、セキュリティが確保されることが大前提である。
    3. 「裁判におけるIT活用」についての制度の設計にあたっては、対応ソフトの差異やシステム不具合時の対応など、当事者が抱える問題をどう克服するかについて検討されなければならない。
  4. 専門的知見を要する裁判について
    1. 争点整理段階において、民事調停委員である専門家を「争点整理委員」(仮称)として第一回口頭弁論期日から参加させる制度の導入について検討されるべきである。
    2. 適正な鑑定人を確保するために、裁判所による鑑定人名簿の最新化、鑑定書の簡素化、鑑定人尋問の工夫、等について具体的な検討に入るべきである。また、特に医療過誤訴訟および建築瑕疵訴訟においては、医学会および建築学会内部に複数名からなる鑑定委員会のような機関の設置の可能性について検討されるべきである。
    3. 知的財産権訴訟については東京・大阪地裁への専属管轄化を検討すべきであり、その場合には地方の当事者や企業の利便性を考慮し、テレビ会議システムの利用促進や出頭の簡素化についても検討すべきである。
    4. 裁判所調査官の確保にあたっては、特許庁からの出向者以外にも、中立・公平性に配慮しながら、技術に精通した弁護士や弁理士、学者、研究者ら民間から幅広く調査官に任用すべきであり、また、節目となる口頭弁論期日に調査官を出席させて法廷において意見陳述させるような制度についても検討されるべきである。
    5. 専門参審制度の導入にあたっては、参審員には評決権を付与せずに意見表明のみを認め、その意見は職業裁判官を拘束せず、最終的な判断は職業裁判官が行うという制度設計が望ましい。
    6. 高度な専門性を必要とする分野において、弁護士へのニーズが高まってきていることから、各分野に対する高度な専門性を有した弁護士が多数輩出されることを期待する。
  5. ADRについて
    1. 各ADR機関自らが、企業その他に対し、利用勝手や特徴その他について積極的かつ地道にPRしたり直接売り込みを行ったりすることなどを通じて、まずは一度でもADR機関を利用してもらうことから始め、実績を蓄積していくことが必要である。
    2. 弁護士会のあっせん・仲裁センターや工業所有権仲裁センター内に、ユーザーが関与する自己規律メカニズム(PDSC=Plan-Do-See-Check)を導入することを提唱する。
    3. 裁判所とADRとの連携を図る制度の導入に関する具体的な検討を開始すべきである。

21世紀政策研究所