新たな都市政策の条件
−独自な都市形成を図るための都市計画制度と
都市政策の実効性を高める方策について−<<要旨>>
日本の主要な都市の多くは、既に都市圏と呼ぶにふさわしいほどの規模を擁するまでに発展した。その発展の過程は戦後の経済成長とともにあったので、都市は日本の産業・経済の発展の原動力、あるいは装置として形成されたといえるであろう。しかし現在、あらためて日本の都市を眺めてみると、大都市から地方の中小の諸都市にいたるまで都市の景観は画一的で、没個性的であることに気づかされる。また都市の内部の土地、空間は有効に活用されているとはとても言い難い状況にある。特に都市の拡張した縁辺部においては道路、下水道といった都市基盤の整備すら未だ滞っている箇所もあり、典型的なスプロール市街地が展開しているのである。いずれにしても日本の主要都市は、経済の高度成長期に形成されたといえるが、なぜこのような形成過程を歩んでしまったのであろうか。
本稿ではこのような都市形成を生んでしまった要因を都市行政の欠陥に求めたい。具体的に挙げると次の3点が考えられる。
- 現行の都市行政は、都市形成に強い影響を与える開発圧力を規制と開発許可によって制御するという観点に立って、建築基準法と都市計画法を政策手段として体系化している。しかしこの体系は、基本的には「規制」をかけることのみに主眼が置かれていた。
- 都市行政のなかに目指すべき都市像を措定するプロセスが埋め込まれていなかったため、都市行政は都市形成を誘導していく目標を想定できない。その結果、都市行政は規制のための規制に自己目的化してしまった。
- 行政機構の中央省庁割拠によるトップダウンの意思決定プロセスが都市行政の管理色を一層強めてしまった。特に政府が日本社会におけるシビルミニマム全体の底上げを意図し、都市計画法の上位概念である全国総合開発計画の方針として「国土全体の均衡ある発展」を掲げるとき、都市は必然的に画一化の道を歩んでしまうことになった
都市形成を歪めたことについて都市行政の欠陥は大きく影響しているが、多くの日本の主要な都市の形成期が経済社会の高度成長に重なったために、都市開発事業にはなによりも質より量の充足が要請されたという事情も要因として考えられる。しかしながら現在、日本を取り巻く環境の変化とともに、都市はその発展を通じて持続的な経済成長を促すことが求められるようになっている。
将来に備えるために必要な都市開発は何か、また都市開発において限りある資源と財源の最適化をいかに図っていくかなどが今後の都市行政の大きな課題として浮上してきているのである。そこで、単に都市形成を管理し、コントロールするためのツールという発想しかなかった日本の都市行政に代わって、「誰が、どのような目的のために、何を行うべきか」という原点に立ち返って都市形成を適切に誘導できる都市政策を確立することが必要になってきていると考える。都市行政の欠陥を踏まえれば、次代の都市政策は「目指すべき都市像を設定し、かつそれを具現化していくための方策」として位置づけられなければならないと思われる。そこで重要となる視点は次の3点である。
- 目指すべき都市像にはリアリティがなければならない。
- 都市計画制度は内部に「公共との応答プロセス」が制度化されていなければならない。
- 都市形成に関わる公共の意思決定権限は地域社会に即した行政組織に委譲されるべきである。また都市政策についての公共の理解を獲得すること、そして都市開発における開発利益と負担の調整を行うことができる都市形成のアクターを、公共の場に組織するべきである。
都市像にリアリティを持たせるには「都市をどのように捉えるべきか」という観点、すなわち都市形成のダイナミズムに即して都市を考察することが必要である。都市を抽象的に捉えれば、「都市はそれを器とする社会を反映して、はじめてその<カタチ>が決定されている」と認識できると思われる。つまり社会のありように応じて都市も変容するという、都市と社会は動的な関係にあることに注目しなければならない。そこで本稿では、社会が都市形成のダイナミズムに与える因子は産業・経済の要因と地域性の要因の二つを抽出して、この二つの要因が相互に影響を与えてダイナミズムが起動し、そこに都市の独自性が形成されることが社会のイノベーションにつながることをパリのグランド・プロジェクトを通じて検証する。
このような都市形成のダイナミズムを起動させうる社会の要請を都市政策に反映させるためには、都市計画制度は内部に公共との応答プロセスを制度化していなければならない。逆にこのプロセスを内部化することによって、都市計画制度は都市行政のツールたりえるのである。
ハーバーマスによれば社会は「システム」と「生活世界」の二つの領域から構成されており、通常、公共と呼ぶものは「生活世界」を指すとしている。先の二つの要因との関連を考え合わせると、産業・経済の要因が「システム」に、地域性の要因が「生活世界」に対応すると見てよいであろう。ハーバーマスは20世紀の社会の病理を「システム」の「生活世界」に対する一方的な肥大化にあるとしているが、従来の都市行政も「生活世界」=公共の意思をていねいに汲み取ることをあまり考慮していなかったことに過ちの一因があるのではないだろうか。この過ちを再び繰り返さないように公共との応答は不可欠なプロセスであると考える。
ここで都市政策に実効性を持たせるための都市形成のアクターについて考える。都市政策は都市と社会の動的な関係に注目しながら、「システム」の変化とともに「生活世界」すなわち公共の意思について理解を獲得していかなければならないと述べたが、従来の行政機構ではこれを合理的に行うことは不可能であると考える。なぜならこのような都市政策を持たなくても、高度成長期の都市形成は半ば自動的に起動する環境にあり、都市行政はこれを規制しさえすればよい状況にあったからである。従来の行政機構はむしろ、これを効率的に実行するに最適な組織であったとさえいえるのではないか。
求められる都市政策を遂行するには、それにふさわしいアクターを再編するべきであると考える。本稿においてこれをIBAエムシャーパーク・プロジェクトを通じて、都市形成に関わる公的なアクターの再編と必要な意思決定権限の再配置が行なわれていること、およびプロジェクトを構成する開発事業が官民の協働事業としていかにデザインされているかを検証する。IBAエムシャーパーク・プロジェクトは本質的には、産業構造の転換に伴う衰退地域の典型的な公的な地域振興プロジェクトではあるが、都市と社会の動的な関係に着目した都市形成を起動することによって地域の振興を図っていくという、まさに本稿で主張する都市政策の条件に通底するものがあるのである。
地域経済社会として自立させかつその持続的な発展が期待できるものとするべく、21世紀の日本の主要な都市は、地域社会のイノベーションを絶えず誘発しなければならない。そのためにはいずれにしても目標とする都市像を構想し、それを実現していくための方策を整えなければならない。すなわち、ここに都市政策が必要となるのである。
最後に本稿の結論として、今後の都市行政が携えるべき新たな都市政策の条件を、
- 都市計画制度のありかたを都市形成のダイナミズムに即して体系化しなおす
- 都市計画制度に都市形成のアクターを対応させる
- 都市政策の実効性を高めるためのアクターの戦略的な組織化が必要である
という大きく三つの観点からまとめ、七つの提言の形に分けて提示する。
- 提言1.現行制度の撤廃
- 提言2.CITY PLANNINGとしての都市計画制度の確立
- 提言3.公共との応答が図られるためのシステム
- 提言4.都市形成のアクターの再編
- 提言5.都市政策の決定プロセスにおける選択肢の設定と公共への周知の徹底
- 提言6.事業の効率化を図るための方策
- 提言7.都市戦略機構(仮称)の設置
以上