提言:21世紀日本の民事司法制度を構想する
要約

2000年5月

 21世紀わが国における民事司法制度を構想するとき、紛争解決機関の中核を担うのはもちろん裁判所である。そして、裁判所が国民の信頼に支えられ、紛争解決のラストリゾート(終局的な拠り所)としての機能を果たし続けるなかで、裁判外紛争解決機関(ADR)や民間人(弁護士その他)が、裁判所の周囲に裁判所と独立した形で存在、あるいは裁判所と連携する形で、全国に広く分布する姿が望ましい。すなわち、民事司法制度は諸紛争解決機関(裁判所、ADR、リーガルサービス提供者)が相互に利用可能な手続きについて連携を図ることができるシステムとして構築されるべきであり、裁判の迅速化や専門的知見を要する裁判への対応については、民間の知恵や知見を利用することによって裁判所にかかる負担を軽減させ、民事司法全体として効率化や質の向上を図ることが期待される。このように、諸紛争解決機関が競合あるいは補完しあいながら相互に連関して、多種多様なリーガルサービスを社会に広く提供していくことにより、国民が自己に最適な紛争解決の場をケース・バイ・ケースで選択できる「民事司法におけるベスト・ミックス」が形成される。21世紀のわが国に求められるのはこの「ベスト・ミックスの民事司法」であろう。

本報告書の立脚する基本的視点

  1. 裁判所:国民からの高い信頼性を維持したうえで裁判手続きおよび裁判所運営の効率性を追求すべき
  2. 民間の知恵・知見の活用:民間にできることは民間に委ね、民間の知恵や知見を紛争解決に有効に活用することにより、裁判所は本来の裁判機能に純化していくべき
  3. 国民の適切な税負担:国民の適切な税負担と受益とのバランスのもとに、国民が自己責任のもとで自己に最適な紛争解決手段を自由に選択できる民事司法制度を目指すべき

具体的提言

  1.  裁判手続き及び裁判所運営の効率化について
    1. 少額訴訟制度の対象拡大および一期日審理選択制度の導入
      少額訴訟制度の訴額上限額を引き上げ、金銭の支払いを求める請求以外の事件にも拡大利用する制度、および訴額や訴訟類型に関係なく当事者の希望により一期日で審理を終結する制度を導入する。
    2. 簡易裁判所の事物管轄の引き上げ
      現在簡裁では、訴額が90万円以下の民事訴訟の第一審等を担当しているが、物価の変動や国民の価値観の変動等に合わせ、管轄引き上げについての見直しを行う。
    3. ITの発達と裁判書類等の削減
      インターネットを利用しての訴状や準備書面、書証等の提出、認否、書類送達等、裁判所においても、IT導入による書類削減と事務の効率化を目指す。
  2. ADRの活性化と裁判の効率化について
    1. 裁判所調停前置主義対象事件の拡大
      現在2類型に限られている調停前置主義対象事件について、解決のソフトランディングが望ましい紛争や専門的知見を要する紛争等にも対象を拡大する。
    2. ADR認証制度の導入
      ADRの中立性や信頼性等について社会的に客観的な評価を与えるものとして、ADR認証制度を導入する。
    3. 裁判所によるADR利用の推奨
      裁判所は審理開始前に、一定の事件類型については、認証を受けたADRでの解決をまず試みることを両当事者に推奨する。
    4. ADR利用促進のための方策
      (1)裁判所はADR推奨にあたり両当事者へ複数のADRを提示する、(2)ADRで解決を試みている期間についても消滅時効の中断を認める、(3)ADRで解決が図られた場合に容易に債務名義を付与する、(4)ADRへ当事者を強制的に呼び出す、(5)ADRで不調に終わった事件についてADRでの経過・結果について裁判上尊重する、(6)ADRで不調に終わった後の訴訟費用をADR費用と相殺できるようにする 。
    5. 訴訟の係属を前提としない訴外での証拠保全的な手続き制度の導入
      ADRにおいても、利害関係人等の第三者を参加させて証言の協力を求めることができる制度を導入する
  3.  専門的知見を要する裁判への対応について
    1. 地裁への「争点整理委員」(仮称)制度の導入
      専門的知見を要する裁判の争点整理段階において、民事調停委員である専門家を「争点整理委員」(仮称)として第一回口頭弁論期日から参加させる制度を導入する。
    2. 専門的知見を要する裁判における訴外鑑定制度の導入
      裁判所の信用・権限・強制力を背景にした証拠調べを訴訟の場以外でも利用できる訴外鑑定手続を設ける。
    3. 専門的知見を集積した機関への調査嘱託制度の導入
      因果関係等立証のために専門的知見を必要とする事件において、裁判所が、裁判外専門機関に調査を嘱託し、その調査結果に基づいて法的判断を下す制度を導入する。
    4. 専門的知見を要する裁判における鑑定の工夫
      裁判所は鑑定人の確保に努め、常に鑑定人名簿を最新の状態にしておくと同時に、鑑定方法の見直しを行う。
    5. 知的財産権訴訟における専門的知見の投入のあり方
      裁判所は知的財産専門部を拡充し、専門部所属裁判官の人事ローテーションに配慮する。また知的財産権訴訟の増加に合わせて調査官を増員する。
    6. 医療過誤訴訟、建築瑕疵訴訟における専門的知見の投入のあり方
      医療過誤訴訟や建築瑕疵訴訟において、鑑定を必要とする場合には、医学会および建築学会内部に複数名からなる鑑定委員会(仮称)を設け、裁判所が鑑定嘱託を行う。

21世紀政策研究所