財政投融資改革を構想する −小さな政府の実現を目指して−
要約
近年、行政改革、構造改革との関連で、財政投融資制度の改革論議が活発化している。行政改革を通じて政府の役割を再定義するに際しては、行政組織のあり方のみならず、「第2の予算」とも称される財政投融資についても抜本的な改革を推進する必要があると判断されたからである。中央省庁等改革基本法にも「財政投融資制度を抜本的に改革し新たな機能に相応しい仕組みを構築する」ことが盛り込まれ、昨年12月には2001年4月からの実施を目指した改革案が政府により取り纏められた。
財政投融資制度は、社会・経済情勢に対応した政策的な資源配分あるいは公共性の高い事業の実施を金融面から支える仕組みであり、これまで日本経済の発展に不可欠な産業基盤や生活基盤の整備に大きく貢献してきた事実は否定できない。しかし、近年においては日本経済の成熟化に加え、情報化、グローバル化の急速な進展など日本経済を取り巻く環境の変化とともに、政府部門自らが財政投融資を媒介にさまざまな事業の実施主体となることに随伴する非効率性が顕現し始めてきた。
個人や企業によるイノベーションを促し、21世紀日本の社会を活力にあふれるものとするためには、政府機能はできるだけ小さく設計することが必要である。それゆえ、経済活動にかかわる権限と責任の再配置が政策運営上の重要課題として浮上してきたといえよう。政府活動の重心は、市場機能の維持すなわち取引環境の整備と競争の促進に置かれるべきであり、財政投融資改革においても、市場メカニズムを通じた規律づけをどう日本社会のなかに埋め込むかという観点がきわめて重要となる。
政府の改革案は、資金運用部への預託義務の廃止や政策コスト分析を活用した対象事業・分野の見直しを骨子としており、その方向性は基本的に評価できる。しかし、その一方で97年11月に自民党行革推進本部が打ち出した10年後に財政投融資残高を半減させるという規模のスリム化の視点が後退するなど、さらに踏み込んだ対応が求められる部分も少なくない。
われわれは、財政投融資を通じた受益の減少あるいは消滅を乗り越えて果断に改革に取り組む必要があると判断している。民間にできることは民間に委ね、政府部門の役割とされた分野については、規律づけ機能の強化を図るべきである。以上のような認識に基づき、財政投融資改革を考えるに当たって次の5つの原則を掲げた。
(財政投融資改革の5原則)
- 目標:小さな政府(小さな政府は「持たない政府」でもある)
- 行動原理:民間にできることは民間に委ね、使命を終えた分野からの退出を促す
- 事業評価:費用便益分析、政策コスト分析に基づき事業分野を絞り込む
- 説明責任:ディスクロージャーの充実により実効的な説明責任遂行を担保する
- 規律づけ機能:外部監査の導入などにより規律づけ機能を強化する
(財政投融資改革に関するわれわれの追加提案)
財政投融資改革をより実効あるものとするために、5原則を踏まえ以下の施策の追加実施を提案したい。
- 役割を終えた機関、業務にかかわる退出戦略(exit policy)策定の義務づけ
「民間にできることは民間に委ねる」との基準に沿って財政投融資制度における政府部門の役割を再定義すると、1) 民間からの供給が期待できる分野からは完全撤退し市場機能維持のための環境整備に徹する、2) 社会資本整備などすべてを民間に委ねられない分野でも、事業実施の面ではPFIの考え方を活かすなど民間のノウハウを活用しコスト圧縮に努める、ということになる。
改革に当たっては既存の財投機関の存続を前提とするのではなく、業務やコストの見直しの結果、意義を喪失したと判断される機関については、退出を円滑に進めるための戦略策定を義務づける。 - 費用便益分析、政策コスト分析を基礎とした評価基準の確立
費用便益分析による事業評価、政策コスト分析による納税者負担の定量化が、改革を推進するうえで大きなメルクマールとなることは間違いない。政策コストに対して何らかのハードルラインを定め、これを財投機関や業務の存続の可否を議論するうえでの評価基準とする。加えて、すべての財投機関に対し政策コスト分析を義務づけるとともに、試算の前提条件の開示も義務づけ計数の検証可能性を確保する。 - 時価情報や連結情報などディスクロージャーのさらなる充実
政府部門が直接関与した資源配分にかかわる効率性、公正性を担保するためには、説明責任の遂行がきわめて重要であり、そのためには信頼できる情報が適切な手続きの下で開示される透明性の高い仕組みの構築が不可欠となる。
財投機関のディスクロージャーについては一定の前進がみられるものの、財務内容や事業効率の的確な把握にはなお不十分といわざるをえない。時価会計の早急な導入や実質支配基準に基づく連結情報の充実とともに、情報開示請求制度についても極力前倒しでの体制整備を行う。 - 国会による規律づけ機能の強化
財投機関に対しては、行政監察や会計検査が実施されているが、国による監督は必ずしも有効に機能していない。そうした事態の改善を図るためには、規律づけメカニズムの強化を改革措置のなかに埋め込むことが強く求められる。納税者の負担を軽減するためには、国会に行政監察、会計検査、政策評価の機能を統合した機関を設け、国政調査権を通じた国会の中央省庁および財投機関に対する監督機能の実効性向上を図るなど、国会による規律づけを強化する。
なお、本稿では、最後に、郵便貯金、住宅金融、高速道路を例にとり、退出戦略策定の必要性につき以下の検討を行った。
- (郵便貯金)
- 自主運用の開始により、郵便貯金は財政投融資の資金調達部門という位置づけを失う。加えて、金融ビッグバンの進展により既存の枠を超えた民間の競争が激しさを増しており、これまでの郵便貯金の意義は大きく後退する。
現状では、郵便貯金の自主運用に伴うリスクは国民が負担せざるをえない。しかし、郵便貯金利用者が得るリターンを納税者全体のリスク負担で支えることを正当化する根拠は見出しがたい。簡易保険についても基本的に同様であり、郵便貯金とともに、退出戦略としての民営化を早急に実施すべきである。 - (住宅金融)
- 住宅金融公庫は、住宅資金の安定供給を通じて住宅取得能力の向上を図るという役割を担ってきたほか、住宅の質の向上という側面においても一定の政策誘導機能を果たしてきた。しかし、今日においては持家取得の支援が優先度の高い住宅政策とは考えられず、民間の対応能力も向上していることから、早期に住宅金融の分野から撤退すべきである。住宅の質の向上という政策目的の達成に関しては、住宅性能表示制度の創設といった別途推進されている政策で代替可能と考えられる。
- (高速道路)
- 現在の高速道路建設計画を前提とした整備を進めていけば、料金値上げによる利用者の負担増か補助金の拡大による納税者の負担増という2つの途しか残されていない。そもそも、計画を見直した結果、必要性が高いと結論づけられた路線のみ建設するのであれば、財政投融資から大量の資金を調達する必要はない。民間の資金、ノウハウを最大限活用する方向で、プロジェクトごとに最も相応しい資金調達や建設、管理のあり方を検討すべきである。
21世紀政策研究所