ペイオフ解禁のための処方箋
要約
昨年末、金融審議会が「特例措置終了後の預金保険制度及び金融機関の破綻処理のあり方について」という答申を取り纏め、公表した後、連立与党3党は、2001年4月に予定されていたペイオフ解禁を全面的に1年延期するとともに、ペイオフ解禁後も決済性預金を1年間全額保証することで合意した。
ペイオフ延期による直接的な弊害は、金融機関の全債務を全額保護することに伴う処理コストの増大であるが、問題金融機関の処理や金融改革・再生の先送りが起きれば、金融システム改革への国際的な信認低下を招き、日本経済の自律的な回復軌道への復帰の遅れに繋がる惧れもある。ビッグバンが2001年を完了目標としていることも考え合わせると、われわれはペイオフ1年延期の影響を軽くみることはできない。
こうした問題を念頭において、金融審議会答申を踏まえつつ、恒久的な預金保険制度のあり方や金融危機管理について、われわれの見解を整理すれば次のとおりである。
第1に、システミック・リスクが懸念される事態における緊急時の対応と平常時のフレームワークは分けて考え、平常時のフレームワークは市場メカニズムが機能するように設計すべきである。
第2に、国民の金融機関に対する信頼感を確固としたものとするためには、早期是正措置の厳格な運用を行うべきである。ペイオフ延期の一因とされた信用組合の監督・検査権限は2000年4月に都道府県から国に移管されるが、これを機に預金保険対象先に対する監督・規制基準の整合性を図るべきである。
第3に、金融機関の破綻処理に当たっては、多様な処理方式の中から最小コスト原則に基づき処理方式を選択するよう法律に明記すべきである。こうした考え方に立てば、ペイオフの発動よりも金融機関破綻に伴う混乱を小さくできるはずの一般資金援助方式(日本版のP&A)の適用を優先することが適当である。また、破綻金融機関の承継先が現れやすい環境整備(ロス・シェアリングや譲受金融機関に対する資本増強など)や、破綻金融機関の承継先が直ちに現われない場合のブリッジ・バンクの活用も、破綻処理の円滑化のためには適当と考える。
第4に、問題金融機関を早期かつ迅速に処理すれば、預金全般に対する信頼感を喪失するような事態を回避することは可能であり、そのための事務処理体制の整備を急ぐべきである。早期かつ迅速な処理のためには、債務超過に陥る前に破綻を認定し資産内容の把握や受け皿金融機関探しが行えるよう早期是正措置を強化するとともに、名寄せ事務の簡素化のために国民番号制度の導入を検討するよう提案する。
第5に、われわれは「小さな預金保険制度」を指向すべきであり、小口預金の保護には合理性があるが、大口預金の全額保護には問題が多いため、流動性(決済性)預金の全額保護には反対である。仮にペイオフ延期後の期限である2002年3月までに破綻した金融機関に対する円滑な処理体制が整わない場合でも、対象範囲を金利がゼロの預金に限定し、それ以外の預金よりも重い保険料率を課すとともに、一定率(例えば、8〜9割)の保護に止めるべきである。いずれにしても、円滑な事務処理の目途がつき次第、流動性預金特別(全額)保護のフレームワークから撤退すべきである。
第6に、金融機関の健全経営へのインセンティブを高めるためには、当面2〜3段階に区分した可変預金保険料率を導入することを提案する。小さな預金保険制度の徹底に加えて、このような可変預金保険料率の導入によって一層効果的な金融機関の規律付けが行われると考えるべきである。
したがって、われわれは、ペイオフ解禁を予定通り2001年4月から全面実施すべきと考えるが、解禁延期が政治的な判断であるというのであれば、可及的速やかにペイオフ解禁を実行できるよう、次のような体制整備を提案したい。
第1に、ペイオフ解禁を延期する場合でも、日本版P&Aの導入など金融審議会が示した破綻処理の枠組みは2001年4月に導入するのが適当である。預金の全額保護は、ペイオフコストを上回る資金援助を認めることによって可能になる。そのうえで、2001年4月以降の破綻処理に当たっては、できるだけ早期にペイオフ解禁を前提とした事務処理体制(名寄せ等)を試行し、その結果(預金の全額保護を廃止した場合の預金のカット率等)を公表することを提案する。
第2に、ペイオフ解禁を実行するためには、預金の全額保護が図られている間に、問題金融機関の処理を基本的に完了させる必要があり、そのためには、監督・検査体制の一段の整備・強化や受け皿金融機関探しの機能強化などの体制整備が求められる。今後、監督当局の再編が続く中で、ペイオフ解禁のための体制整備を円滑に進めるために、金融再生委員会を2001年1月中央省庁再編時に改組・存続させ(時限措置)、金融機関の破綻認定や受け皿金融機関探しなどの実務処理に当たることとするよう提案する。
第3に、大手銀行、地方銀行、第二地方銀行に対する資本注入については、リストラや再編の先送りを防ぐため、予定通り2001年3月で打ち切る方向で検討されている。一方、協同組織金融機関である信用金庫・信用組合等にも資本注入が可能となるような法律改正が検討されているが、問題を先送りするような安易な救済に繋がらないよう厳正な基準を設けるべきである。
金融機関の破綻に伴う混乱をおそれて破綻処理を遅らせる弥縫策をとったり、預金の全額保護を続けていれば、金融システムの健全化やペイオフ解禁への対応が遅れ、いつまでたっても市場メカニズムに基礎を置いた枠組みに移行することはできない。思い切って市場メカニズムに基礎を置いた枠組みに移行すれば、そのことが金融システムの健全化に役立つという認識に立って金融改革を進めていかなければならない。
21世紀政策研究所