Respondent
1998.3.5.
American International Group
会長 モーリス・グリーンバーグ
元総理、お時間を割いて日本経済をめぐるわれわれの率直な討論に参加してくださいまして、ありがとうございます。当然のことですが、元総理とともに考えてみたいコメントを会場の聴衆の皆様にも求めることになろうかと思いますので、よろしくお願いいたします。
私は2日程前にカリフォルニアで開かれた「米日ビジネス・カウンシル」の執行委員会に豊田会長といっしょに出席して戻ったばかりなのですが、その会議で日本側企業の役員の方々や米国側企業の経営責任者たちがそれぞれに示した所見の一端を、皆さんとともに考えてみるのも役に立つように思います。
そこでまず第一に感じられたのは、アジアの危機と日本経済の問題は直結的な相互関係にある、ということでした。日本は、現在の施策ばかりでなく近い将来の計画も含めて、もっと努力する必要があるという意見が多く述べられました。
日本は世界第2の経済大国です。世界最大の債権保有国でもあります。つまり私が意味するところは、日本は世界最大の貿易黒字国だということです。ですからこのような時期に、米国を世界の経済成長唯一のエンジンとして全面的に寄りかかることなど大きな間違いです。後でも述べますが、そのようなことをすれば、この国を保護主義に向かわせて、極めて不快な事態を招くでしょう。こうした将来の難題を避けるためにも、日本は、成長のエンジンとなるべく、もっと努力しなければならないのです。日本が現下の経済的困難を、これまでの歴史的政策手法としてきた輸出によって脱却を図るのも間違いです。こうした問題の解決は一刻を争います。
多くのアナリストが述べるところですが、1995年には1米ドルにつき約90円だったドル/円レートが1997年には約130円に下落したことがアジアの金融危機を引き起こす火種となったのであり、これについて言及いたします。1994年に兌換性のなかった人民元の切下げが原因なのではなかったのです。東南アジア諸国の通貨で人民元にリンクしていたものは一つもなく、すべてが米ドルにリンクしていたのです。だからこそ日本円がドルに対して下落した途端に、すべての東南アジア通貨が暴落するしかなかったわけです。その一方、この問題にかかわることが他にもいろいろありました。東南アジアには銀行システムがまったく存在していなかったこと、信用分析が支離滅裂だったこと、地元や日本の銀行ばかりでなく米国や欧州の銀行も信用分析にお構いなしに地元銀行や企業に貸しまくったことなど、いまでは誰でも知っていることです。
日本経済が成長を止めて円が下降した当時、東南アジアの輸出の約30パーセントは日本向けでした。この30パーセントが干上がって日本に流れなくなると、どこへ向けられるのでしょうか? 各国が米国に振り向けようとするのは明らかです。ここでもまた、わが国が唯一の成長へのエンジンになるとなれば、わが国はおそらく18ヵ月から2年以内に米国史上最大の貿易赤字を抱え込むことになるでしょう。
では、どうすればいいのでしょうか? そして、この問題をどう解決すればよいのでしょうか? そこで、われわれは再び日本とその経済という問題に立ち戻ることになるのです。日本経済は停滞しています。成長というほどのものは見られません。常識的な分別があるのであれば、日本は消費者と法人の減税に取り組むべきです。消費税を引き上げるのではなく引き下げて、日本経済の口火を切り拡大させることです。18パーセントという貯蓄率は、明らかに日本の経済成長の助けになっていません。日本が成長へのエンジンとなるよう日本経済は拡大させるべきなのです。それはまた目減りした資産を助けることにもなるでしょう。円は多分、対ドル100円前後まで強化されるべきです。それがまた、地域と経済成長の安定に大きく貢献することになるでしょう。日本は製品の輸出国であるだけでなく製品の輸入国にもなるべきです。それが東南アジアを助けることにつながるのです。
東南アジアについてはセミナーの第2部で取り上げられると承知していますが、それについては現在IMFが取り組んでおりますし、また米国も現在検討中の妥協点を考えればIMFに対する拠出を近いうちに実施することでしょう。制度的な見地から他に有効な手法はないのですから、IMFを支援すべきです。IMFが当初課した条件の全てに同意しなければならないというものではありませんし、IMFも対象国の経済をまったくの無成長にまで締めつけるよりも成長への刺激を助長する方向に柔軟化し、プログラムの修正にも応じる考えになっているようです。われわれはこの地域の成長を必要としており、同地域に位置する日本は極めて重要な要素であるのです。
日本は、成長への刺激促進と減税を財政均衡より優先させるべきであるように私にはみえます。財政の均衡は後日取り組むことができますし、経済が成長すれば同時にいろいろな形でより多い税収を得ることができます。それが日本の財政均衡に向けて貢献することにもなるでしょう。しかし経済刺激策の先送りは、アジアの安定化に貢献しないばかりか、米国にも史上最悪の貿易赤字をもたらすことになります。
ところでわれわれは、わが国の議会に保護主義の勢力があることを承知しております。われわれはそれを公正貿易問題をめぐって、またIMFへの拠出金をめぐって目のあたりにしてきています。われわれとしては、必要以上に大きい貿易赤字を抱えてさらに問題を大きくしたくないのです。現状ではそうなる他はありません。しかしその結果として対日赤字が記録を破れば、われわれはこれまでの記憶になかったような貿易摩擦に直面することになるでしょう。そうなったら壊滅的だ、というのが私の見方です。
われわれとしましては日米2国間関係を非常に重要なものと位置づけておりますので、先日の会合ではこの問題について忌憚なく議論しあいました。経済面での安全保障とともに他の地域との関係でも安全保障を確保しなければなりません。われわれが日本や東南アジアとの間で経済的混乱に陥れば、われわれは他のいずれの地域との間でも安全保障関係の維持が困難になるでしょう。保護主義と孤立主義がワシントンという世界を支配し、補完的協議を1年も2年も先送りする時間はないのです。それでは遅すぎます。だからこそ私は、日本の友人たちが、われわれが岐路に立っているのだということを認識し、アジアの経済危機に日本が一役を果たすことを望んでいるのです。先に私が申しましたように、米国だけに寄りかかることは、悲劇的な過ちを犯すことになるでしょう。
次に、それでは日本は何をなすべきかについて述べますが、元総理も銀行システムには明らかに改革が必要であると主張されました。われわれとしましては何年にもまたがるのではなく、米国で大きな成功をおさめたパターンを真似て進めるよう望むものです。これは整理信託公社を創設し、清算に支出された公的資金を銀行の株主が償還するものとし、また良い銀行、悪い銀行を問わず不良資産をディスカウント処分させるなどして取り戻せる分を確保して決着をつける方法です。弱い資産を抱える銀行がその日しのぎで営業しなければならないのなら、経営陣は最終的にはその業務である新規融資の供与や貸付条件の査定を正常に行えなくなります。わが国ではこの方式がうまく機能しましたので、その経験から多くのことが学べると思います。文化の違いがあるとはいえ、われわれがやって非常にうまくいったやり方から得るものがあるはずです。
最後になりますが、規制撤廃と市場アクセスは不可欠な問題です。米日両国間で議題に上がった問題は、長年日本と取引を交わしてきている私が記憶する限りでも多岐多様にわたっています。最終的には合意に達した通商協定は、交渉されたままの形で承認され実施されるべきです。問題が起こるたびに協定の再交渉をすべきものではありません。協定を交わした限り、それに従うべきです。これもまた現在進行形の問題です。日本の官僚制度は、この国で取引する米国や他の外国企業にとって難題でした。
以上述べたようなことが当面の問題です。それらは東南アジアの危機によって一層高まりました。また落日を続ける日本の経済ゆえに高まったものでもあるのです。ここでマクロ経済政策に転換があれば日本は一助を果たすことになり、アジアも安定化され、われわれもまた不快な問題の進行をくい止めることができるでしょう。ありがとうございました。