金融引き締め下での景気拡大


長い波動からの観測を迫られる米国経済

21世紀政策研究所
理事長 田中 直毅


 米国の景気循環は21世紀に入って一変した。かつての景気循環の特徴は、(1)金融引き締めは物価の下落を伴い、経済活動水準の抑制につながる。(2)経済過熱の局面は終わり、次の金融緩和へのタイミングが形成さえる、というものだった。

 しかし今回の引き締めの過程では、こうした経路はいささかといえども観察されていない。短期的な景気循環を超える長期的な波動の見極めなくしては経済指標の先行きを判断できなくなったのだ。

「読み」を覆した6月ISM指数

 ISM(全米供給管理協会)の発表する6月の調査データ指数について、大多数のエコノミストはどちらかといえば控えめな予想を立てていた。在庫水準を6月末という四半期の区切りにおいて抑制したいというのが供給側の願望である以上、6月の生産活動についての判断は5月並み、ないし若干の低下が正解のように思われた。ところが7月1日の発表は、これを裏切る意外な結果となった。昨年8月から今年5月までの10カ月のうち、昨年11月を除く残りの9カ月は対前月比で悪化だった足元の判断指標が、6月には大幅に好転したからである。

 6月の生産活動に関する判断の好転には新規受注増が最も貢献した。受注活動が弱いとの回答企業数は、5月の24%から6月には18%へと減少した。こうした受注の好調という裏付けにより、7月の生産指数も好転が予想される。事実、6月には納期の長期化との判断がISMの調査で判明した。5月までの12カ月についていえば、うち11カ月は納期の短縮化が起きていた。悪化を続けてきた供給側にとっての販売条件の、6月になっての変化を示唆している。

 それでは供給側の強気は価格にまで及ぶのか。この点については6月のISMの販売価格に関する判断指数が興味深い。5月に比して6月の価格見通し判断は一挙に下方に転じ、2002年2月以来の低さとなった。なぜか。要因は需要側ではなく供給費用の変化にあった。製造業の原材料の価格低下が顕在化したのだ。どの供給者についても共通の原材料価格の下方修正が明らかになった以上、出荷価格に反映すると見るのは当然であろう。19の産業分野のうち13分野は、受注にかかわる情勢が好転したと回答しているにもかかわらず、価格判断のほうはITバブル崩壊を経て、受注にようやく好転の兆しが見えた02年の初めごろにまで戻ってしまったのだ。

原油高とは無縁な個人消費

 6月30日のFOMC(連邦公開市場委員会)では、銀行間金利であるフェデラルファンド・レート目標が3.25%に引き上げられた。1年余の間に9回連続、計2.25%もの引き上げとなったのは、歴史的な低金利の下で物価上昇圧力が広がっているとの判断があったからだ。ところが産業社会の内部はすでに見たように、販売価格の引き上げが可能などころか、値下げの顕在化も予想されるほどなのだ。このことは同じく6月30日に発表された個人の所得と消費にかかわる統計からも裏付けされる。

 5月の個人所得は対前月比で0.2%増で、4月の0.7%には及ばないものの増加を持続した。また5月の個人消費は、自動車販売の不振を受けて耐久消費財が落ち込んだため、名目、実質とも前月比で横ばいとなった。グリーンスパンFRB議長は、個人消費支出のデフレーターの推移に深い関心を寄せていることで有名だ。このため毎月の個人消費支出のデフレーターについては全体指数だけでなく、エネルギーと食品を除いたコア指数にも注目が集まるが、5月は全体のデフレーターで横ばい、コア指数では0.2%の上昇となった。これはガソリン価格が前月比でマイナスとなる動きが入ったからである。

 5月の個人消費支出のコアデフレーターは前年同月比で1.65%の上昇率であり、1年前の1.47%増からはテンポが若干上昇しているにすぎない。この間に原油価格の急上昇があったことを考えると、個人消費支出を取り巻く価格環境は、原油の高騰状況からは完全に切り離されているといえよう。これを受けて5月の実質可処分所得は前月比で0.1%増にとどまったが、前年同月比では3.2%増となった。05年第1四半期の実質個人消費支出は年率表示で3.6%増という堅調ぶりであったが、このことから第2四半期についてもかなりの堅調さがうかがえる。

家計部門の主役は中古住宅

 図1は製造業の新規受注と受注残高とを表示したものである。5月までの統計からは、米国企業の設備投資動向の先行きは決して青天井ではないと読むべきであった。国防関係と民間航空機を除く資本財受注は4月に若干増加したが、5月は前月比で2.3%のマイナスとなった。年明け以降はどちらかといえば新規受注が低調だったため、受注残高は頭打ちから減少傾向へと変化するのでは、という読みもありえた。しかし、6月のISMの判断指数はこうした読みを根底から引っ繰り返す結果となった。

 家計部門の活力の中心は住宅投資にある。全米不動産協会の中古住宅販売統計からは、ITバブル崩壊の影響は、中古住宅販売に対しては極めて軽微だったことがわかる(図2参照)。それどころか、過熱ぎみの住宅市場全体の浮揚力は、むしろ中古住宅市場の活況に負っていることがわかる。

 4月の中古戸建て住宅の販売件数は628万戸(季節調整済み)という記録的水準に達した。5月は前月比で1.1%減となったが、2000年当時と比べれば水準の高さは明瞭だ。ただし地域的には多少の相違が出てきたことにも触れねばなるまい。一戸建て中古住宅の5月をとると西部は前月比で1.4%増と依然好調だが、南部では1.2%減、北東部で0.8%減、とりわけ中西部では4.7%も減少した。

 中西部では何が起きているのか。GM、フォード・モーターの2大自動車会社の社債格付けが投資不適格債へと引き下げられると、これに連鎖する形で部品企業でも軒並み投資不適格債への格下げが生じた。この地域の居住者にとってはいかに借り入れ金利水準が低くとも、所得の先行きに不安が生じては住宅取得に踏み切るのははばかられたであろう。

 今日の時点では、長期金利の低位水準を持続するかぎり住宅投資の急減はないとの見方が根強い。それが証拠に5月の一戸建て中古住宅の平均価格は20万4600ドルで、1年前に比べ12.2%上昇している。背景には移民をはじめ新規の住宅取得層が控えており、金利情勢が、彼らに中古住宅取得の機会を与えているという事情が見てとれる。

 住宅販売業者からの6月の聞き取り調査を見ても、足元の販売情勢は依然として熱気を帯びている。また銀行の家計向け融資動向も活況が続く。ただし、6月下旬に入って木材市況が下方に大きく振れた。市場は多少の警戒感を住宅建設に対して示し始めたのかもしれない。

05年末が転換点

 米国経済の内部を最終需要に近いところ(フロイトエンド)から最終需要から最も遠いところ(バックエンド)まで並べてみると、フロントエンドには依然として変化は見られないものの、経済の連鎖の中で最も後方に位置するバックエンドでは「はしゃぎすぎはケガのもと」という認識が連続的な金利引き上げの中で、少しずつ浸透し始めたようにも思われる。その最大の要因は原油価格の高止まりであろう。これまでも原油価格の急騰はほぼ1年間にわたって消費者の懐を痛めつけ、景気後退の引き金になった。今回は原油高と短期金利上昇の中で、長期金利がむしろ低下するという展開をたどっているため、消費者の懐が痛むことの作用が緩和されている可能性がある。

 すでに見てきた個人消費支出のデフレーターの安定性が物語るものは意味深い。コアデフレーターの年率1.6%程度の上昇率はアジア通貨危機の年であった1997年以降の趨勢なのだ。これは60年代前半の米国経済にまでさかのぼらなければ観察できない種類のものである。このことが米国の長期金利(10年もの国債利回り)の4%割れを説明しているといえよう。

 今後を展望すれば、05年末には3.75%から4%の幅の中でフェデラルファンド・レートと長期金利とが鉢合わせしてくると考えるべきだ。そしてこのときが米国の金融政策の転機であり、かつグリーンスパン議長の退任と重なる。短期金利と長期金利の収斂にかかわる意味の読み取りをめぐって、エコノミストの力量が個々に問われるという展望過程を私は予想している。

図1 米国製造業受注(資本財)の推移

図2 米国中古住宅販売数の推移

以 上

(東洋経済新報社『週刊東洋経済』 2005年7月16日号、「田中直毅の日本経済の明日 第90回」に掲載されました)

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