G7と為替相場

ドルの安定はどうしたら実現できるか

 

21世紀政策研究所
理事長 田中 直毅

 2月6、7日のフロリダでのG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)が注目されるのは、ドル下落の歯止め措置の可能性が高いからではなく、ドル安一辺倒の動きに転機が醸し出されるかもしれないからである。

 まず確認すべきは、先進各国がマクロ政策を為替の安定に割り当てる可能性はまったくといってよいほどないことだ。そもそも各国の政府首脳を巻き込んだ為替安定化政策が真剣に繰り広げられたことがあるのかどうか、が検証されるべきである。1985年のプラザ合意によるドル安誘導が通貨外交としてあった、という証言が寄せられよう。このとき確かに、世界需要における米国市場への依存度の異常なまでの高まりは是正の対象であった。しかも経常収支の巨額な赤字に持続性があるか否かについて、近現代の歴史が何も教えてはくれない段階において、一度は赤字を消すことが望ましいという「常識」に敬意を払うことも、安定的な世界経済の運営を目指す以上避けられないものだった。それが証拠にプラザ合意の重要な当事者の1人であった竹下登蔵相(当時)は「円は上がるが登は下がる」と自己の評価についてシャレたが、実際のところ竹下評価が急落したわけではない。どこかで、経済メカニズムのうえで襟を正す必要があると受け止められていたからである。

 日本では、内需型の経済成長路線がなぜ採用できなかったのか、という命題が浮上した。米国側では、過剰消費体質の是正のためにはドル安を通じて交易条件を悪化させることも必要だ、という受け止めが主流となった。ドル安は確かに米国の輸出入の収支尻を改善し、90年にかけて経常収支の赤字はいったん消えたのだ。

 プラザ合意の後87年の年初にはG7でルーブル合意が成立した。これはドルの下落に歯止めをかける作業だったが、マクロ政策を通じて為替の安定を期す、という路線は結果として成功しなかった。西ドイツは日本よりも先にマクロ政策の為替安定への割り当てを放棄した。西ドイツが金融引き締めへの転換を図った後も、日本は低金利政策に固執した。消費税の導入が予定されると、財政面からの緊縮効果に、金融政策が遠慮するという側面も生まれるに至った。そしてこのことはバブルの遠因以上の意味を持ってしまった。

金塊放出で相場は安定?

 為替動向の予想は正真正銘難しい。ランダムウォーク仮説の検証が試みられるほどだ。マクロ政策を為替水準の誘導に割り当てることの不適切さについては、もはや解答が出たといってよい。G7の場で、為替水準の特定の方向への移動の、マクロ上の政策合意についての討論がなされる可能性はもはやないのだ。

 昨年9月のG7の共同声明によって為替の「柔軟性」がうたわれたことにより、ドル安、円高の方向性に安心感が生まれた。このため1ドル=115円から105円までの幅の変動が生まれたといえる。そしてこの間、ドルを売り、円を買いもちにした投機筋は確実な儲けを手にした。それではこうしたドル安を見据えたようなオペレーションは、今後とも本当に利益を生み出すだろうか。

 2001年以来、昨年6月に至るまで合計13回の短期金利の引き下げを米国の連銀は行った。こうした金融緩和を受けて、連邦債の価格は上昇を続けた。結果として、さらなる上昇の余地が乏しくなったことは明らかである。こうした流れを予想して利益を得た投資家は当然ながらしだいに「防衛的」になってきている。もう債券の高値が天井近くまできているのではという判断が、頭のどこかで生まれているからだ。利益の確定に踏み出すきっかけを見いだそうとしているといってもよい。

 まったく同様に、ドル安で儲けた投資家もそろそろ転機を探るころでもある。米国の輸出の伸びにもそれなりの材料が出たし、米国の株式市場の活性化の中で海外からの対米証券投資に再び動意が見られるようになった。G7を見る目が真剣味を帯びてきているのは、G7の場で従来はまったく取り上げられなかった方向からの接近が生ずる可能性が多少とも出てきたからである。

 EUも日本とともに為替の安定を欲している。たとえばドイツの実質GDP成長率は01年が0.8%、02年が0.2%で03年は0.1%のマイナスとなった。それでも昨年の後半はプラス成長に転じているが、ユーロの対ドル値上がりが20%となった昨年は、輸出に力が欠けた。おかげで財政赤字はGDP比で4%に達し、2年連続でEU目標の3%までの赤字幅を超えてしまったのだ。そこで考えられる第一は金利の引き下げである。ユーロ圏の消費者物価は今年も2%以下と予想されているので、下げの余地はある。

 しかしこれでは市場に驚きはないだろう。もしEUがドルの価値を多少とも支えたいということならば欧州の中央銀行が保有する金を多めに放出する、という決意を明らかにすることだ。過去2年は金価格の上昇・ドルの下落という結び付きだったが、これを逆転させるきっかけを生み出すに当たって、手元にある手段の一つは金塊の放出である。

 欧州各国の中央銀行は1万4000トン以上の金を保有している。90年代は各国が金塊を売りに回ったので値段が下落した。そこで、99年ユーロ加盟国のほかに英国、スイス、スウェーデンが入って金協定の取り決めを行い、年間の販売量の抑制を合意した。もしこの販売量、といっても450トン程度だが、これを増加させる可能性を示唆するだけで、金・ドルの価格関係に変化が生まれる可能性がある。そしてそれがドル・ユーロ関係にも波及しよう。

 欧州は自らの保有する金塊を材料に、何かを行う意思があるのか、が問われていると解することもできる。

国際統治の知恵が試される

 これに対して東アジアにおいては、外貨準備として積み増したドルがある。保有する米国国債を担保としてドル建ての借り入れを行い、東アジア地域で共通のインフラづくりに踏み出すことを決意するならば、需要面における米国市場への依存度を多少とも下げるという展望が生まれるし、ドル需要も顕在化する。

 マクロ政策の割り当てにより、為替水準に影響を与えることは無理だし、弊害のほうが多い。しかしドル売りを行っている投資家に、手仕舞いを決意させるに足る材料は、いまだ十分にあると考えるべきだ。G7の場でそうした転機の雰囲気が醸し出されるかどうかである。

 考えてみれば、EUにとっても東アジア各国にとっても、ドル安防止のために投資家の既定の方針に動揺を与える「投資家ぶらし」策を時として採用せざるをえない。日銀は20日の政策委員会、金融政策決定会合で量的緩和の目安である銀行の日銀当座預金残高の目標を3兆円引き上げることを決めた。このことは「投資家」に対してドル安・円高を放置するわけではない、という決意を改めて示したことになる。

 では資産運用の利益という点からはどうか。EU各国にとっては、蓄積した金塊は本来、値崩れしないように売却するのが賢明だ。だから金協定を結んだのだ。他方、外貨準備の過剰積み増しの大半を米国の財務省証券の買い入れに回してきた東アジア各国は、外国為替資金特別会計に為替評価損を発生させることになりがちだ。日本についていえば外貨資産の運用益積立金は累計で28兆円に近づいているものの、為替評価損は8兆円に及ぶことになる。

 東アジア各国は、なぜ金塊を買いに行かなかったのか。それは米国市場への依存度が低いEUとは条件を異にする。そもそも金塊は運用益を生まない。評価益は出たかもしれないが米国市場に依存した需要構造を持っている以上、これを打ち消すだけの金融上の対抗力をもつことが必要だったともいえよう。しかしこうした計算づくの資産選択が、限度に近づいていることも事実だ。04〜05年にかけては、インターナショナルガバナンス(国際統治)の知恵が試されることになろう。

以 上


(東洋経済新報社「週刊東洋経済」 2004年1月31日号、 「田中直毅の日本経済の明日 第18回」 に掲載されました)


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