政府の質の改善と e-デモクラシー
市場経済と民主主義とが社会的な規範との関係においてどのように具体的に関連づけられるのかは、21世紀の日本経済を展望するうえで欠かすことのできない視点である。市場の奥行き、政府の質、政治指導者の先取り能力、議会における自己統治のワザ、そして家計(有権者)の争点形成能力のそれぞれが具体的に試される場が折り重なるなかで、我々は新しい世紀に入ろうとしている。政治経済学の新たな章立ての形成に、一人ひとりの有権者の参画が織り込まれる時代が到来したと私は考える。e-デモクラシーの最初のページが開かれようとしているのだ。
<財政に対する市場からの狙撃可能性>
こうした課題への接近の糸口として石原東京都知事の提案した外形標準課税の導入を本稿では取り上げてみたい。 財政規律を正すのは市場の投資家である、という命題を成立させたのは1987年の「ブラックマンデー」という日付におけるレーガノミックスの狙撃であった。そしてこの命題の延長線上に、1997年11月からのシステミック・リスクの顕在化のなかでの、日本政府の施策に対する株式市場、および為替市場での日本売りを位置づけることができよう。流動性の積み上げだけが自らを守る手段である、との認識にまで追い込まれた日本の民間金融機関、および事業法人に対して、政府の施策は「不況期における補正予算を通じての公共事業の積み上げ」でしかなかったからだ。一時的には無制限にさえみえる流動性の追加供給のみが望ましい処方箋であったにもかかわらず、である。市場は誤診を狙撃し続けたにもかかわらず、かつての帝国陸海軍のように、相次ぐ敗戦から何事も学ぶことができず、同じ失敗を繰り返すという類のオペレーションに終始したのだ。そしてこうした市場の反応に明確な転機をもたらしたのは、遅ればせの誤診の見直しではなく、1998年夏の、突発的なLTCMの実質的破綻をきっかけとする
yen-carry trade の逆転であった。そしてこれによる円の日本国内への再流入を境にシステミック・リスクに終止符が打たれた。そして残ったのは夥しい国債の発行残高であった。次の局面では当然のことながら市場はこの国債に襲いかかる機会を待ち構えている、と解釈すべきだった。 1998年12月、その機会ははやくもやってきた。高金利時代に設定された定額貯金の10年満期が相次いで到来するため、政府の銀行である資金運用部は満期到来による貯金の引き出しにともなう資金流出に備えざるをえなくなっていた。このため新規国債の買い切り保有を停止するという方針を打ち出さざるを得なかった。100兆円に近い国債を保有する資金運用部に流動性問題がある、ということになれば、国債価格の方向性は明らかである。買い切り保有の停止は価格の下方修正の格好のきっかけとなったのだ。 この1998年12月から、日本経済の大きなストーリーは、投資家がいつ国債市場を襲うのか、を展開軸にして繰り広げられるように思われた。こうした脈絡にあっては日本経済の展開を読み解くうえで次の4点がまず検討の対象となったといえよう。
| 1) |
不況下の金利高を回避するために日本銀行にいかなる政策展開の余地があるのか |
| 2) |
国の立場は、あたかも個別の信用不安に臨まざるを得ない民間企業の経営者のようなものだから、非効率な分野のリストラと有望な分野への重点投資という方針のIRに匹敵する説明責任を負うという自覚が果たして政府首脳によって形成されているのか |
| 3) |
世界的な景気回復の軌道にあって、外から高金利化への動きが出たとき、これを水際で遮断できるだけの、先行きの改革に関する信認において差別化ができているかどうか |
| 4) |
民間の資金需要が強まる状勢が到来したとき、政府支出を機動的に抑制に転ずるだけの柔軟性が政治部門にあるのか |
1999年から2000年の2月初旬までは確かにこの脈略のなかでストーリーは展開していた。99年2月に、日本銀行がいわゆるゼロ金利に踏み出したのは、金融政策の採用の限度を模索する動きであった。市場は1990年代に入って以降、金融政策の採用の余地が広がっていることを実感しつつあったため、基本的にはこれを見守る、という態度に出たように思う。米国におけるベース・マネーの対前年同月比の伸び率の推移を見ても、90年代に入って振れ幅は80年代よりも大きくなっており、グリーンスパンのもとで実質上の裁量的金融政策が展開されているとみるべきなのだ。米国に続いて日本もまた裁量的政策に踏み出さざるを得なかったという受け止めである。そして市場はこれをとりあえずやむをえないもの、とみなしたようだ。 金融政策の実験に続いて、財政投融資の仕組みの改革についても遅ればせの第一歩が始まろうとしていた。郵便貯金と年金の自主運用の幅の拡大と財投機関債の発行の検討の開始である。市場での判断を尊重しようとする動きが必要な改革のスピードに達しているのかどうかについては否定的な見解の方が多いようだが、とにもかくにもIR活動は政府によって開始された、との受け止め方である。このため、大量の国債発行にもかかわらず、民間からの資金需要の細さもあって、国債価格の急落は回避できたのだ。 2000年をまたぐところでは米国景気の堅調が、短期金利の引き上げの実施、そしてこれの長期金利への波及、さらにはその国際的波及というシナリオにつながるのではないかと懸念された。なぜならば1994年2月以降は、こうしたストーリーの展開によって日本の景気回復の回路が中断されたことがあったからだ。 しかし2000年におけるこうしたストーリーの展開は誰も望んではいなかった。米国は短期金利の引き上げと同時に、30年債の買入れ償却も行ったのである。連邦財政の黒字幅の拡大により、米国において国債の発行残高は純減するという局面を迎えていた。米国において国債管理政策が容易に展開できる状況があったことは日本の国債価格の決定にあたっても有利な条件を生み出していたのだ。2000年2月初旬には、既述の3)についての経路が試されるのは少し先になると受け止められよう、ということになった。 巨額な財政赤字に対する市場からの狙撃可能性が少し遠のいたことが明らかになった2000年2月中旬において、21世紀の日本経済のストーリーを大きく変化させる可能のある別のカードがきられた。同じく財政赤字の巨額化をきっかけとするものの、市場経済の内部からではなく、政府間関係のはざ間から、政府の質、そして民主主義における自己統治能力を問うことにつながらざるを得ない、外形標準課税の歪んだ導入という初手が石原東京都知事によって繰り出されたのである。
<われわれは『パリサイ人』を作り出さないという矜持をもっているのか> 不況によって都の税収が落ち込み、このままでは東京都が財政再建を要する団体として国家の管理下に置かれる恐れが出たので、資金量5兆円以上の大手銀行のみに対して、所得課税ではなく粗利益を課税標準として課税する、と発表したのである。これは法人事業税では赤字決算の銀行は課税を免れており、結果として都の税収見積もりを悪化させたからだ、という認定に発している。こうした「つかみ」課税に対して「民意」は拍手でもって応えた、との総括がどこかの段階かで行われたようだ。このため、この条例改正を審議する都議会では自民、共産、公明などの各会派は相次いで賛意を表明した。このため主要会派がことごとく賛成する「つかみ」増税案が都議会を通過する情勢となったのだ。 コミュニティにおける自己統治についての訓練は、「民主主義の学校」と位置づけられよう。そもそも課税のありようと民主主義との結びつきは直接的なものである。「代表なきところ課税なし」はアメリカ革命を導き出す基本的な考え方として鍛えあげられたものである。主要会派がことごとく賛成する今回の特殊な増税案は、課税と代表制とをめぐる民主主義の歴史のなかでも明白な逸脱と位置づけられるべきである。それでは何がどのように変なのか。 1.「パリサイ人」を作り出すことに対する批判を都議会はなぜ内在化させられないのか。 特定の業種の、特定の規模以上の企業のみを狙い撃ちにする課税は民主主義の原則を逸脱するものである。民主主義は多数決による意思決定を基本とする。その前提には制度的、また実態的「被差別」を作り出さない、という申し合わせがなければならない。なぜならば法(条例)の適用先に関して特定化が行なわれるならば、定義のうえでその被対象者は少数者にならざるを得ない。この少数者の権利および義務に関する特別の規定を置き、これを多数決にかける、という行為は、社会の内部から「パリサイ人」を炙り出そうという試みに他ならない。これを許せば、数に依ろうとする「愚者」を避け、少数の「賢者」に自らの意思を委ねようとするもうひとつの大いなる逸脱に道を拓きかねないのだ。 特定の法(条例)の適用先が「醜い」場合にはさらに踏み込んだ注意が必要である。残念ながら今日の社会にあっては「醜さ」に対する社会の許容度は低下している可能性があるからだ。次々と「醜さ」を暴き立てる試みと法(条例)の適用をめぐる特定化とが重なった場合は何が起きるのか、という点に関するわれわれの想像力がもし摩耗しているようなことがあるとすれば、「民主主義の諸制度」と呼ばれるものの内側に巨大な虚の空間が広がっていると考えるべきだ。 たとえば歌舞伎町の風俗営業をとればその現状に顔をしかめるのが都民の大多数であろう。「ぶったくり」、「風儀の乱れ」、「青少年への悪影響」などの個々の指摘は誤りではないだろう。さらに「外国人の不法滞在」、「特定国籍の集団によるマフィア化」などの指摘も相次ぐことになれば「醜さ」にさらに別の感情が加わることも考えられる。歌舞伎町の風俗営業に対して特別の課税を行う条例を制定して、懲罰の対象としろ、という問いかけが都民からなされた場合、都知事と都議会とはどのような判断をするのだろうか。 大銀行の経営者や銀行員に対しての感情はいろいろであろう。住宅融資を断られた、厳しい資金回収の対象となった、融資継続を断られ倒産に追い込まれた、という諸事実は銀行の機能の一側面の反映である。個別に不平はあっても、契約自由という私的自治の範囲内のことである。しかし銀行に対しての公的資金の注入以降は、公的意思決定への依存度を大銀行が高めたのである。ここに私憤が公憤に容易に転化するきっかけが生まれたといえよう。そしてその延長線上に「パリサイ人」が選び出された。 これを放置すれば第二の「パリサイ人」が歌舞伎町の風俗営業経営者とその従業員とにならない保証は何もない。こうした危さの先に、さらに別種の「パリサイ人」という被差別の対象の拡大が懸念される。われわれの「民主主義の諸制度」の危機である。わが都議会は一斉に賛意を表すゴム判と化したのだ。共産圏の議会はラバー・スタンプ(ゴム判)と呼びならわされた。民意の汲み取りにも、異なる視点からの問題点の解明にも寄与しない装置だったからである。こうした都議会の現状は、積み重ねられた機能不全の延長線上に生まれたものといえよう。 <誤りを自ら正す契機の内在化はいかにすれば可能なのか> 都議会は永年にわたって都の提供するサービスについての評価を怠ってきた。東京都が「伏魔殿」と呼ばれて久しい。都民は納税者としての立場から行政サービスの実態について評価尺度をもちたいと思ってきた。都議会議員はその代理人の資格で評価尺度の基準づくりを行うべきなのである。そのためには、都の行政当局から支出の区分ごとに評価に資する資料の提示と、行政の任にあたる当事者による自己評価とを求めることが不可欠である。もちろん公的サービスに関する評価尺度づくりと、個々の担当者の寄与についての評価の認定には難しさがともなう。多面的であるとともに、そもそも市場での評価になじまないものが多いからである。しかしこうした公的サービスの特徴が、評価不可能論に結びつき、結果として納税者の視点から見れば、極めて不本意な非効率性の源泉となってしまった。厳密性を多少犠牲にして、大雑把にでも自己評価を実施し、その後の検討を経て、多くの都民から納得してもらえる評価尺度に仕上げていく、という踏み出しのきっかけが不可欠であったといえるだろう。自己統治のワザを磨くためには、どこかで「つかみ」という大雑把な尺度づくりも必要なのである。ここから次のテーマが登場する。 2.税収不足に対して「つかみ」で新規課税を行おうという知事が登場したならば、「つかみ」でよいから行政サービスについての自己評価を行うべきだと迫ることがなぜ都議会はできないのか。 課税の公平性と民主主義との関連からすれば、「つかみ」で対象先を限定し、徴税に移すというのは異常なことである。この「つかみ」に外形標準課税の名前を与えるとすれば、大銀行への「つかみ」課税は、法人事業税の全面改革にあたっての予備的かつ部分的な導入との位置づけが必要である。この場合は大銀行への新規課税を実施に移した後に全般的見直しを行うという規定を条例の中に書き込んでおくべきであろう。実験事例として帳簿の整備状況が格段に進んでいる大銀行を選んだ、という位置づけであれば「民主主義の諸制度」を幅いっぱいに使った実験との評価も可能となるかもしれない。 この点さえ確認しておくならば「つかみ」の感覚が、自己統治のワザを鍛えあげるうえで不可欠との政治的踏み込みもありえよう。厳密性の要求のゆえにとかく新規の行政上の試みは不可能になりがちなのだ。そしてこれが行政官にとっての「逃げ道」づくりにつながっているのだ。細川内閣の折、首相が「腰だめ」で消費税率の引き上げに言及したことが結局のところ政権の命取りにつながっていった。この場合も歳出や個々の行政の評価において、たとえ「腰だめ」でも自らの手で説明責任を果たす覚悟だ、との宣言が同時に出ていれば、増税策も検討の材料として真剣に受け入れられたことであろう。「つかみ」や「腰だめ」による試行が政治における指導性の発揮の成功事例になっていたかもしれない。 しかしながら石原都知事の今回の特殊化された外形標準課税の導入提案は、指導性の発揮のきっかけとして必要な「つかみ」の感覚のゆえではなく、税収不足を補うために、「醜さ」について争う余地のない「パリサイ人」選びを行ったにすぎないのだ。そしてこうした民主主義のもとでの賤しい手法の使用に拍手を送った都議会は、次の機会に自らの誤りを正す機会を早急につくらねばならない。そうでなければ、「民主主義の学校」を貶めたままだと批判され続けよう。 3.民主主義に基づく意思決定も「誤り」をおかすことはある。窮極の健全性の尺度は「誤り」を自らの手で正すことができるかどうかである。 「民主主義の学校」においてもいつも正しいことが決まるという保証はない。人間がやることだから、という人間論からも類推できよう。ただし決定的に重要なのは誤りをおかした場合にこれを自らの手で正すことである。「民主主義の諸制度」についての信頼性はまさにこの点にかかっている。それでは今回の場合はどのような手順で民主主義の信頼性の回復を図ることができるのか。 <自己統治のワザを鍛えるはずのe-デモクラシー> 都議会の今回の行動を見るにつけ、一人の都民として病の根は深いといわねばならない。自治体議会の「総与党体制化」は言われて久しい。機能を果たさない議会に対する働きかけを断念し、裁判所に救済を求めるかたちで政治上の異議申し立てを行うグループも目立つようになった。なぜ自治体議会が具体的な課題を取り上げ、行政サービスの提供に基準を与えることができにくくなったのか。議会の機能不全に対して一人ひとりの住民はいかなる手段を持ち得ているのか。 第二次大戦後の地方自治の尊重という潮流にもかかわらず、見失ってしまった何かがあるのではないか。自己統治の訓練の場としての自治体という位置づけはあらためて確認すべきものであろう。こうした原則を補完するものとして第二次大戦後、各自治体に一斉に導入されたものが地方自治法であった。戦前のコミュニティにおける名望家支配をそのままに、個別に地方自治の仕組みづくりが行われるようなことがあれば、地方政治は封建制にからめとられてしまう、との想定が採用されたのではないか。そこで全国一斉に地方議会の構成まで法律で枠をはめてしまったのだ。名望家支配から脱するために、自治体内の政治においても政治によって生きるという職業政治家の存在を前提としたのだ。アマチュアリズムもボランティア精神も不似合いなものとされたのである。 政治によって生きる職業政治家はついに全国で7万人を超過するまでになった。職業政治家が恐怖するのは失職(落選)である。選挙を繰り返すたびに職業政治家の失職恐怖症は強化されていったのではないか。その結果が自治体議会の「総与党化」現象であった。審議を通じて選挙民の自己統治能力を高めていくはずのものが、実質的にはラバー・スタンプと化していったのだ。「民主主義の学校」において政治によって生きる職業政治家を対置することを原則としたのは大きな誤りであったかもしれないのだ。もちろん再び「名望家」を登場させたらどうかといっているのではない。われわれを取り巻く環境が自己統治のワザを練りあげるうえで極めて好ましい変化を遂げているのだ。 まず第一に主体的な変化を挙げるべきであろう。一人ひとりの職業人は専門的技量を高め、かつ民主主義における統治とは治者と被治者との同一化に他ならないという意味での自己統治の理念を基本において受容しているといってよい。しかも余暇時間の拡大はかなりの層にとって真実である。半世紀の間に1年間数百時間が、たとえば週あたり14時間程度の労働時間の縮小が実現したと考えても良いだろう。半分は自らと家族のために使ったとしても、週あたり7時間程度がそれ以外の目的のためにひねり出す源泉となったのだ。ボランティアとして自己統治の仕組みへの具体的関与が考えられるのだ。 第二にあげるべきはネットワーキングと意見交換にかかわる技術の急進展である。各人の生活時間を乱すことなく、メールを通じての意見交換は極めて容易なものとなった。コミュニティにかかわるデータベースの充実が実現するならば、「議会」のかなりの部分は「サイバー議会」に取って代わることができるだろう。ここにe-デモクラシーの成立の可能性を見て取ることができる。このことは一人ひとりのボランティアが「議員」という身分を獲得する過程だと見ることもできようが、基準づくりの対話をe-デモクラシーを通じて議会外で実質的に次々と行っていくことを意味すると解してもよい。むしろこうした両義的な「議員」、すなわち選挙を通じて確定される議員と、一人の生活者としてコミュニティの基準づくりに貢献したいとして議員を勝手に自任する人とが同時に存在してよいのだ。いずれにしろ全国一律の運営方式を実質上取り決めている地方自治法は廃止されるべきである。e-デモクラシーはこうした一律の手続き規定を定める規制の撤廃に結びついていくことであろう。 今回の「パリサイ人」選びを助長した都議会に対抗して、われわれは電子空間での意見交換のなかで、われわれの自己統治のワザを高めなければならない。そして次の段階における条例の見直しについて、ある種の予測性を手にしたいものだ。 <small government, good governance への道> 都議会が大手銀行への「外形標準課税」の導入を決める条例案を可決すれば、その波及経路には計り知れないものがある。それは47都道府県における東京都の重みから発するもので、他の自治体は自らの財源確保に知恵を絞らざるを得なくなるだろう。「賤しさ」にもかかわらず戦略性があった、との評が登場するかもしれないのはここからだ。 東京都への大手銀行の納税額は、法人関係税の計算上、損金として扱われるため、銀行の赤字額が増大し、国の法人税収は多年にわたって減少する。このため他府県の法人事業税を減少させることになる。このため他府県知事は自己防衛に走らざるを得なくなる、との説は有力である。 折しも2000年4月からは地方分権一括法の施行に伴い、法定目的課税は府県レベルで独自に導入が可能となる。すでに独自課税構想としては北川三重県知事が「産業廃棄物埋立税」、堀北海道知事が「環境目的税」の検討を表明していた。2000年2月の「石原ショック」は確実に全国に波紋を及ぼすことになるだろう。 若干のシミュレーションを行うだけでも、従来の日本政府の政策形成過程に大きな影響が及ぶことが確認できる。それは都道府県が相次いで外形標準課税の徴収に入れば、法人税収が減少することになり、国から地方への税源の移転の実現ということになる。このこと自体は地方分権推進につながる話であり、多年の課題への一つの回答でもあるが、自治体間での財源配分をどう行うのか、という巨大なもうひとつの自己統治の課題の登場を意味する。また過去に行われた国と自治体との間の申し合わせを、基本的な条件変化のもとで、どのように継承するのか、という課題の登場でもある。ここで見据えなければならないのは、これまでの国による事業決定の、驚くべきガバナンスの欠如である。 すでに冒頭でみたように、システミック・リスクの進行に対しても従来通りの不況克服の手法が繰り返されたが、そこでは個々の事業の経済性や後年度の経常的な費用負担が論じられた気配はまったくない。国の補正予算によって公共事業が追加されるときは、地方自治体も負担額が本来増大するはずだが、この地方負担額については、まず第一に地方債の充当率を100%とする、第二にはその元利償還金の全額について、後年度地方交付税交付金の算定にあたり基準財政需要額に算入する、との地方財政補正措置が講じられた。 いわゆる箱ものということになれば、自治体には経常的費用負担が発生するが、投資費用の点のみを取れば、借金をしても後は全部国が面倒を見て、すべての資金を補填してくれるのだ、というモラル・ハザードの典型がみられたのだ。しかしその前提は地方交付税の特別会計が破綻せず、自治体ごとに算定される「基準財政需要額」なるものについて資金供給の側で国がすべてを満たしていく、というものだった。しかし自治体への税源移譲が実質的に進行するならば、地方交付税の特別会計の収入見通しに大きな変化が及ぶことになる。当然のことながら国と自治体との関係規律のあり様は変化せざるを得ない。そして税源において国が退いた分だけは少なくとも自治体は地方債の発行においても自己規律を持たざるを得ないだろう。市場からの評価をまったく気にせずに地方債の発行が可能であった時代の終焉である。 金融機関の不良債権の分類問題が深刻化して以降、地方公共団体向けの融資をどう扱うのか、というテーマが登場せざるを得なかった。苫小牧東部や陸奥小川原の開発プロジェクトはその典型であるが、貸倒引当金を積む以外にはない融資であった。税源における国からの自治体の自立とは地方公共団体(金融業界ではこれに「地公体」という俗称を与えている)向けの融資が分類債権に加えられていく過程である。市場の規律に当面したいわゆる地公体がどのような動きをするであろうかは極めて興味深い問題である。そしてついにこの扉は開かれようとしているのだ。 1999年度の政府固定資本形成の対GDP比率は9%程度にまで高まると思われる。米国やドイツが2%台であることを考えれば、またシステミック・リスクの進行以降、2%程度もこの比率を上昇させたことを考えれば、この間われわれの政府の質はどのように悪化したのかに思いを馳せざるを得ない。すでにみたように、自治体には経常支出を除いて負担をかけないから、公共事業プロジェクトを提案しなさい、とばかりにメニューを山積みにさせたのだ。そして無用の長物も、建築後ほどなくして維持補修の支出を余儀なくされよう。市場はこうした「キャッシュフロー」の増加に相当する税収増につながらない支出について厳しい評価を加えるであろう。間違いなく地公体の倒産確率は上昇しているといえよう。ちなみに民間事業者向け融資については、個々の金融機関ごとに一件ごとの融資が、過去の経営資料から判断してどの程度の倒産確率に相当するのかを判断し、そのリスク相当分を上乗せして貸出金利を決めるという手続きに移行してきているのだ。 2000年2月中旬以降、試されたのはわれわれの自己統治能力である。まず第一に東京都において導入される大手銀行課税を一般的な外形標準課税に転換すべく議論をたたかわせなければならない。第二には自治体の内部に支出と業績についての自己評価の仕組みを埋め込まなければならない。その基準づくりには職業上の専門性を持つ市民からの発言を含め、自治体を構成する一人ひとりの参画が待たれる。以上二点についての寄与にかかわってはe-デモクラシーという土俵の開設が役割を果たすのではないか。 それではわれわれの着地点についての当面の目標は何だろうか。私は big government と bad governance
の組み合わせから、small government と good governance の組み合わせへの転換ととらえている。われわれの政府とは自己統治のために人工的につくり上げたものだ。この政府の質が低下するようでは民間経済の分野にも悪影響が及ぶ。市場が政府の質を狙撃する前に、自己統治のワザを練り上げることを通じて展望を開かねばならない。この新しいストーリーの組み立てがどのようなものになるのかについては、e-デモクラシーの土俵開設がカギになるのではないか。 21世紀が新しい政治経済学の章立てを求めていることは間違いない。 (意見交換の土俵の一つとして mail@21ppi.org) 以 上 |