2002/12/13 産業再生機構と不良債権処理 (RealPlayer再生)

はじめに

 不良債権の処理問題の中で産業再生機構が提案されました。これによって不良債権問題が、一歩も二歩も前へ進めるのかどうかというテーマがあります。今日はこれを取り上げてみたいと思います。

 銀行の不良債権発生の背景には、お金を借りすぎて返済が簡単には進まなくなった、いわゆる債務過多企業があることは当然です。ですから、銀行の不良債権処理というのは、他方で債務過多企業をどうするのかというテーマだったわけです。そこから今回、産業再生機構という仕組みを作って、これで銀行の持っている貸出債権のうち、例えば要管理債権というかたちで一部返済の猶予を依頼されている、そういう貸先の債権を再生機構のほうに移行する、そういうシステムになろうとしています。

 問題は二つあると思います。一つは産業再生機構がどのようにして銀行の貸出債権を買うのか、またその値段は一体どうなのか、銀行にどのような引当をさせるのかというテーマです。そしてもう一つは、産業再生機構は所詮「棚」に過ぎませんので、棚に並べた後、もう一度市場で働く、仕事をする企業として売出にかけざるを得ません。棚に置いた企業が果たして市場に売りに出せるか、もっといえば市場で買う人は登場するのかというテーマです。この二つについて問題を整頓してみたいと思います。



銀行からの債権買取り

 まず第一に、産業再生機構が銀行の貸出債権をどのようにして買えるのかというテーマです。これはなかなかに難しい問題だと思います。なぜならば、日本の金融はメインバンク制と言われていますが、その実態は協調融資というものだったと言っていいと思います。確かに複数の銀行のうち、どれか一行を通常の場合はメインバンクと称して、このメインバンクが中心になって事業会社の内容をモニターする、監視して痒いところに手が届くような助言も行う。これがメインバンク制度でした。しかし、今日のようにメインバンク制度が少し崩れ始めた、あるいはかなり崩れた現状にたってみますと、このメインバンク制度が果たして働くのかどうかという問題があります。

 例えばその事業会社に対して、債務過多の事業会社に対して、ほんの少しの貸出債権を持っている銀行があったとします。そうしますと、所詮これは貸出債権として金額が小さいわけですから、引当率を高くおいても問題はない、すなわちその銀行の資本の毀損は取るに足らない金額です。他方、大口の貸出債権を持っている銀行にとっては、どのような引当率をその債権に対して行うのかは、自己資本の毀損に大いに関係してくるわけです。そうしますと、同じ債務過多企業に対して、ある銀行は高い貸倒れ引当率をとり、他方、多額の貸出をしている銀行は、自己資本の毀損を恐れて、あるいは希望的観測から、少し引当率が不足するケースがあるかも知れません。今まで言われていることを総合して考えれば、これはかなりの程度あると判断せざるを得ません。もちろん最終的には銀行監督を行う金融庁がそれを把握しているわけですが、もちろんわれわれは金融庁からそうした情報を直接聞くことはできません。ただ、いろいろな人がコメントしているのを見ますと、そして実務者の意見を聞いてみますと、やはりこれは引当率が銀行によって食い違いがあるようです。そして多くの場合、小さい貸出債権に対してはかなり思い切った引当を行い、大口の貸出先の場合には、引当率は銀行の財務能力の範囲に納めるという傾向が見られることは間違いないようです。

 そうしますと、shared national project といいまして、それぞれ銀行が同一の貸出し先に対しては引当率を横並びにすべきだ、それが公正だということになります。例えばアメリカではこのsharedというかたちで情報を共有し、引当率を横並びにするということがあるわけです。日本ではこれが現実にバラバラだとなると、どこに引当の水準を合わせるのかという問題があります。今回はただ単に銀行監督当局との関係だけでは済まなくなっていまして、現実に銀行の貸出債権がバランスから外れる、すなわち産業再生機構に売るというテーマが出てきていますから、一体いくらで買うのだという問題があります。同一の債務過多企業の債権を、ある銀行からは十分に引当が済んだ後に安い値段で買い、他方、そうではない不十分な引当しかしていないところからは結果として高く買ってしまうなんてことは、あり得るわけがありません。行政の公平性とでも言うべきものが、当然ここには援用されるわけですから、横並びにするということになります。

 それではどこに横並びにするのかというテーマになると、これは債権の腐り具合といいましょうか、不健全度合いをキャッシュ・フローの割引値を計算して議論するということになります。しかし、このディスカウント・キャッシュフローという仕組みで一つひとつやるとなりますと、なかなか手間のかかる話であります。一年後、二年後、三年後、四年後の利益あるいは収益環境というものがどういうものなのか、所詮これは確率分布の問題になります。一本の数値を充てることが、そんなに簡単な作業ではないということになります。一体いくらで買うのかというテーマが極めて強いと思います。

 そしてさらに重要なこととして、値段だけではなくて、そもそも貸出債権を売りたがらない銀行があるという事実に目を向ける必要があるでしょう。これまでわが国の銀行と事業会社の商慣習によれば、約定返済を決めていても、実際はロール・オーバーというかたちで短期の弁済、約定弁済が次々と更新されるという仕組みでありました。これは間接金融の下において、銀行が実質上その事業会社にあたかもキャピタル、自己資本を提供しているかの如き様相であったわけです。しかし今日では、約定弁済は当然のこと、そのまま満期が来たものについては返済をしてもらう。そして新規の貸出しは行わないというケースが出てきているわけです。メインバンクは別として、準メイン行以下の金融機関にとってみますと、返済の条件緩和が不可欠となっている債務過多企業に対する貸し金は、弁済を約定したものについては、これは返してもらうということが基本となります。したがって準メイン行以下が、次々と期限がきて返済を受けた後、ロール・オーバーに応じないということになりますと、結果としてこれがメインバンクに肩代わりされていかないと、その事業会社は持たないということになりますので、当然運転資金等の面倒もメインバンクが負うということになります。

 これを通常メイン寄せと呼んでいるわけですが、このメイン寄せが起きている現状で考えてみますと、果たして準メイン以下の銀行は産業再生機構から買いたいと言ってきた貸出し債権を本当に売るのかというテーマがあります。もちろん、返済について緩和を交渉し始めていますので、引当は積んでいます。しかし、メイン行が肩代わりしてくれる、運転資金も出してくれて、ロール・オーバーする必要がないということになりますと、三ヵ月後、あるいは六ヵ月後には100の貸金がそのまま戻ってくることになります。もしその貸出債権に対して30の引当をしていた場合は、引当をしておいた30は、その銀行に繰り戻されることになります。そういう意味では、何も売る必要はなくて、メインバンクが実質上の肩代わりをしてくれるということが明らかだと確信を持っていれば、産業再生機構に対してその貸出債権を売らないというケースもあるわけです。

 これまで、日本の商慣習においては、自己資本比率が正面から議論されることは非常に稀だったと言っていいと思います。このため、銀行からの貸金は、たとえ約定が短期のものであっても、事業会社はどこかの時点で返済を迫られるとは思っていなかった気配があります。そういう意味では、キャピタルとしての役割を果たしていた借入金が、これは単に借入金に過ぎないという現実に、今事業会社は向き合い始めているわけですが、こうした商慣習の中からいいますと、メイン寄せという事態は極めて深刻な事態と言えるでしょう。もちろん、メインバンクの負担が重くなるということでありますし、今言いましたように産業再生機構が果たして通常の商慣習の延長線上において、準メイン以下の貸出債権を購入することが本当に可能なのかどうかということが問われることになります。ここに、産業再生機構が本当に役割を果たせるのかどうかということについていろいろな問題が出てくるわけです。

 もともとの案では、メインバンクと、そして産業再生機構に集中した貸金と、主体は二つになりますから、メインバンクを支えながら、産業再生機構はその役割を果たせるということになります。本当に準メイン以下を一本にまとめて産業再生機構がメインバンクとの間で協調関係に入れるのかどうかというテーマは、依然としてまだ実務的には解決できない問題があると言わねばなりません。



買い手は登場するのか

 もう一つの問題は、産業再生機構が例え準メイン以下の債権を全部まとめることができたとしても、それだけでは問題は解決しないということです。これはただ単に一旦棚の上に置いただけであって、その事業会社が市場メカニズムの中で、新たな役割を本当に果たすことができるのかどうかというテーマがあります。もともとそうした力があればこういう状態にはなっていないわけですから、どこかの段階でスポンサー企業の登場が待たれていると考えるべきでしょう。スポンサー企業は、この棚に置かれた貸出債権というかたちで、この事業会社を現実に購入し、意味付けを与え、新たな経営資源を投入し、市場の中で役割を果たすということになるわけです。

 そうしますと、産業再生機構から資産を買う買い手は、一体どこから登場するのでしょうか。民間の企業再生ファンドは確かに多く設立されてはいますが、今日まで少なくとも数量的には目立った実績を上げているとは言えません。そういう意味では、買いの手が不足していることは明らかです。もちろん、海外からこうした買いの手は入っていますし、この数年、日本での営業活動を深めている企業もいくつかあります。しかし、まだまだ不足していることは明らかでしょう。そうしますと、来年、この産業再生機構が誕生した後、本当の意味での買い手がどうやって登場するのか、スポンサーは本当に日本経済の内部から出てくるのかという問題があります。

 買うに当たっては、心組みが必要なだけでなく、いわば仕掛けも要りますし、計画を実務に移すだけの腹も要ります。もちろん、資金的な手当ても必要だということになります。産業再生機構は確かに棚の役割を果たし、3年とか5年とか棚に置くことはできますが、それでもって日本経済がそのまま活性化するわけではありません。どのような心組みを持ち、ある種の仕掛かりを始める、仕掛けを始める、そうした主体が日本の内部にどれだけあるのか、ということが問われると思います。この点について言えば、日本はこれまで必ずしも経験を積んできたわけではありません。もちろん、個々には優れた経営資源とでも呼ぶべきまとまりがあちらこちらにありますから、こうした経営資源の塊、あるいはそれを代表する代表者が旗を振れば、当然買いの手はそれなりに組織立って出てくるとは思います。

 しかし、果たして2003年、来年これが本当に出てくるのかどうか。これは経済の観察者の立場で言えば極めて興味深い問題でありますし、もう少し主体的な立場に自らを置き直して言えば、どのようにして買いの手をいわば組織化できるのかというテーマがあるわけです。ここに民間の再生ファンド作りというテーマが浮上するわけでして、産業再生機構さえ投入すれば、そしてここが準メイン以下の貸出債権を買取りさえすれば、それで問題が解決するわけではないことは明らかです。そういう意味では、日本資本主義の総力といいましょうか、志あるいは腹の部分が本当に問われているんだと思います。

※ 田中直毅論文「産業再生機構と日本経済の新課題」もあわせてご参照下さい。
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