毎週行ってきましたこの私からのメッセージも今回で 308 回目になります。 21 世紀政策研究所は新たな再編過程に入りますので、現在の体制でこういう形でのメッセージを送るのは今回が最後になります。
308 回といいますからもう 6 年やってきたわけですが、この 6 年間で大きな変化がありました。特に日本を取り巻く国際社会の関係と、それから日本の関与のあり方についての見極め方というものに大きな変化があったと思います。それは日本の変化でもあり、また国際社会の変化でもあり、またアメリカの変化でもあると思います。例えば北朝鮮の核をどうやって封じ込めるのかについて六者協議が行われ、これは 2003 年から始まっていたわけですが、現在一つの中間的な経過になっています。大きな流れはアメリカと北朝鮮との間の米朝国交正常化の流れがそれなりに動き出したことだろうと思います。朝鮮戦争が実質上終わって以降もアメリカと北朝鮮との間に国交関係はありませんでした。休戦条約もアメリカと北朝鮮との間では結ばれていないという関係にあったわけです。しかしどうやらこういう異常な関係はそろそろ終止符を打つべきだという意思決定がアメリカのブッシュ政権の下において行われた、と考えるべきではないかと思います。昨年 11 月の中間選挙の結果、共和党が負けたことがこうした大きな流れをつくり上げたことに繋がっていると思います。
しかしアメリカもただ単に北朝鮮との間の国交正常化をするだけではなく、当然北朝鮮の核を封じ込めるとともに、この持つ意味をアメリカが全般的に持っている外交関係の中に押し込めるといいましょうか、位置付ける関係になろうかと思います。一番大きいのはこの六者協議の結果が何かイランに対してメッセージを与えるという効果をアメリカ側では期待しているという面があります。どういうことかといいますと、六者協議は北朝鮮の核を封じ込めるに当たって、周辺諸国がこれに関与し、そして全体の枠組みを裏書しているというやり方です。
イランが核兵器を持つのではないかという猜疑心がアメリカを中心に広がっているわけですが、この問題についてもこれを封じ込め、そして新しい中東の秩序をつくるという上において、近隣諸国が枠組みを認め、そして他の大きな国がそれを裏書するという仕組みに持っていこうとしているようです。それに六者協議は一応成功したのだから、イランはそこから成果を見い出すべきだ。こういうメッセージをつくり上げようとしているように思います。従いまして、日本外交という視点からいっても、北朝鮮の核を封じ込めることは当然のことなのですが、日米一体化の中でアメリカがどのような形で国際秩序を新たに構成しようとしているのか、例えば中東における彼らの道筋というものに対して、日本はどういう形で沿っていけるのか、あるいは別の角度からどういう形で関与できるのかということが問われているように思います。
イランから 40 代半ばの政治指導者といいましょうか、言論の世界でそれなりの役割を果たしている人を東京で極最近迎えました。彼と議論していて大変興味深いことが幾つかありました。彼はイランの中の派閥といいましょうか、思想的な見取り図からいけば単なる保守派でもないし、単なる革新派でもない、そういう意味ではラフサンジャニという前の体制にも影響力を持っていますし、現在のアフマディネジャド及びその周辺に対しても影響力を持っているという立場の人です。
大変興味深いことがありました。彼は日本の古いお寺を見て回りました。その感想がおもしろいのですが、日本人はお寺に参拝参詣するにあたって、自分の健康のことを非常に重く取り上げて仏像の前で頭を下げているというわけです。それはどういう意味かというと、世界平和とかそういう話のために参拝しているのではない、ということなのです。彼に言わせればこのことは心の健康、地域社会を見る上において極めて重要な尺度だというわけです。それは地域社会、一国の安全というものが一旦失われてしまうと秩序を取り戻すのに大変時間がかかるし思わぬ苦労もするが、健康もまた個人にとって同様だ、と彼は言うのです。健康と秩序は一旦損なわれたときに、損なわれなかった前の良かった時代を思い浮かべる。逆に言うと健康や秩序を損なわないためにいかなる努力が要るのかというのが極めて重要なテーマだというのです。日本人が自らの健康を願って寺社に参拝しているのは極めて健全だというのです。そういう意味で、日本社会の acceptance が自らにおいて非常に高まったということを言っています。彼は敬虔なイスラム教徒なのですが、大変面白い指摘ではないかと思います。
彼は哲学者ですから、日本では神道と儒教とでは、一体どちらが社会に影響を与えたのかということを繰り返し問うていました。このことに関連して、彼がどこまで儒教について、中国、韓国、日本の三つを比べる視点がありますかと聞いてみたところ、そういう視点で儒教のことを考えたことはないと言っていました。そこで私なりに儒教の母国である中国と、それを純粋な形で受け入れた朝鮮半島と、そして幾つかの変容を自らの手で重ねながら社会の中に儒教というものをそれなりに位置付けた日本と、それぞれ儒教を巡っても立場が違うのだと言いました。どこまで理解されたかはともかく、少なくともイランから日本社会を見て、一つは儒教の影響がどうなのかということと、一体日本における宗教的な儀礼あるいは宗教的な行為の背景にある一人ひとりの心のあり様というものについて思いを巡らせていたのかと思います。
彼が政治的な立場で言ったことは非常に興味深いことなのですが、イラクの問題が処理された後、アメリカはそうした状況になれば明らかにターゲットをイランに絞ってくるだろうということについてのイラン社会の合意はほぼできているという話です。これは現在アメリカ政府がイラクのシーア派に対してイランが関与しているのではないかという一つの仮説を持っていますが、逆の意味において心理的にはそうした側面が非常に強いということを意味しているわけです。イランではもしイラクが片付けば、アメリカはわれわれに対して正面から回ってくるという perception が行き渡っていることを示しています。
実際にはアメリカとイランとの間は、国交断絶から 27 年を経過しているわけですが、 27 年間の国交断絶によってイランが西側社会から実質上排除されていることによってイランの若い人々に持続的な職場を与えることができず、彼らの機会を奪っているということについてイラン社会の次のリーダーと思われる彼にどの程度認識しているのかと問うてみました。彼はそれは 100 %認識していると言っていました。イランにおいて新しい革新が少なくとも経済生活の上において起きるためには西側社会との貿易や投資の交流が不可欠なことを彼は認めていました。そうした関係に入るためにもイランに対しての敵対的な態度をいかにしてアメリカからなくすのか、なくさせるのか、こういうテーマがあるということであります。
ここで日本の国際社会に対する関与の問題があります。アメリカにはイランに対するメッセージでも、広域的にといいましょうか、アメリカの国際社会への関与全般を見つめる中でこの六者協議もまた位置付けられています。このことはある意味で当たり前のことのなのですが、日本でこのことが言及されることは非常に稀ではないでしょうか。少なくともコンドリーサ・ライスはそうしたメッセージを発しています。六者協議が整い、その内容が北朝鮮の核の封じ込めに繋がっていき、結果として北朝鮮との間にアメリカとの国交が正常化するというのは、中東に対してもまたメッセージを発しているのだというふうに言っています。このことの内容を、もう少しわれわれは本気でといいましょうか、アメリカが抱えているテーマとの関係で位置付けた上で、日本とアメリカとの関係をもう一度問い直してみる必要があります。その場合に当然のことですがアメリカが中東に大きな問題を抱えていることは最早明らかですから、それとの対比においてわれわれがどういう形で中東問題に対してメッセージを投げられるのかということだろうと思います。
そういう意味では、日米間においても対話が必要であります。アメリカの国際社会観というものが変容していますし、米国議会における勢力分布の変化の背景にはアメリカの有権者の思いが反映しています。変貌を遂げつつあるアメリカの国際社会観との対話というものを、日本の側からどのように図るのかということは、日米基軸の重要性というものを原則として受け止めつつ、かつ個別のテーマについては対話の積み重ねが不可欠なのだということではないかと思います。
この 308 回という一連のメッセージを出している期間において、そういう形の日米関係の取り上げ方が重要だというのは今回初めて言うように思います。しかし逆に言えば日本が持続的な成長を遂げるようになり、世界恐慌の引き金を日本が引くわけはないという時代に入ってきたときに、日本からのメッセージがアメリカのメッセージとの共鳴作用の中で、国際社会にどのような影響を与え得るのか。少なくともそれを射程に入れませんと、日米一体化というテーマも議論の中心ではなくなってしまうという可能性があります。日本経済の持続的成長を考える上でも、日米経済の一体的な運営というのは不可欠だというのは明らかだと思われますが、それを支えるためにも現在の国際政治状況に対して日本側からどのような弾が撃てるのかが極めて重要ではないかと思います。
この 308 回をもってこの「今週のひとこと」を終えますが、また何らかの形でメッセージは出し続けたいと思っていますので、もしご感想等ありましたらお伝え願えればと思います。
|