2007/2/9

イラク問題への対処

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 今日はイラク問題に対してどのように立ち向かうのかというテーマを取り上げます。この問題はアメリカの中でも大きな議論になってきました。ブッシュ大統領が果たして「足の悪いアヒル」という形でやっていられるのかどうか、足が悪い状態のまま任期を終えるだけのゆとりも最早アメリカにはなくなっているというくらいの問題です。これについてはいろいろな考え方があるのですが、 2 月の初めに Financial Times にブレジンスキー氏が寄稿しました。それは四つの条件を出して、そのステップを踏んでとにかくこのイラクにおける問題を何とかより広いそして深い枠組みの中で受け止め直す以外に道はないのではないかという提案です。

 ブレジンスキーさんはカーター大統領のときに安全保障担当補佐官を務めたことで知られています。また彼はソ連の崩壊というものに対して、一番早くから、そして根底的に予測を続けてきた人と言ってよいでしょう。ベルリンの壁が落ち、そのことがソ連邦の解体に繋がっていく過程、それだけソ連の内部でメカニズムが崩壊し、社会主義、共産主義というもののメカニズムが潰れていたことについて、早くからその兆候を見い出して、そして歴史的な洞察に繋げていった人です。それから冷戦構造崩壊直後から、旧ソ連邦に属していた中央アジアから秩序が依然としてできない中東諸国に至るこの地域の不安定性にずっと目を向けていた人です。言うならば、地球儀を鉢巻を巻くように不安定地帯が中央アジアから中東、そしてマグレブに至るまで繋がっているのだという指摘をしていた人です。彼が Financial Times で挙げた四つの段階を踏んだ手段というものについてここで紹介してみましょう。

 第一段階では、とにかくアメリカはイラクから離れるのだということをまず宣言する必要があるということです。そして第二段階においては、現在アメリカの軍事的なコミットメントが続いているわけですが、アメリカ兵が撤収する期日を明らかにする。そして期日を明らかにした以上その間の軍事的なエスカレーションは手控える。こういうことになります。そして第三の段階では、イラクのみならずその周辺諸国あるいは一部先進国やいわば大国も含めて、イラクの平和的あり様について国際会議を持つべきだという考え方です。ここでももちろん例えば EU 、日本、中国、インド、ロシアといったところもある種裏書するようにしてこの平和会議というものを持つべきだということになっています。しかし一番基本なのはイラク、そしてその周辺諸国というところにポイントがあります。それから四番目にはイスラエルとパレスチナの問題について恒久的和平の構造をつくり上げる。これが段階を踏んだ一番最後、しかし非常に重要だと言っています。このイスラエルとパレスチナの関係について新しいものが出ない以上、この地域におけるアメリカのコミットメントは結局のところイスラエルを支えるためにやっているのではないかという考え方がこの地域からなくなることはないだろう。このような指摘です。

 一番目の、とにかくイラクから離れる決意を表明すべきだという意見の背景には、次のようなことがあります。中東地域においてアメリカは覇権国として、あるいはある種石油のような資源も含めてですが、ここにおいてヘゲモニーを握り続ける積りがあるのではないか、そういう猜疑心が非常に強い。だからこれを払拭することが不可欠だ。アメリカはこの地域に覇権的何か仕組みを持ち続けるわけではないということが重要であって、アメリカはこの地域から基本的に離れ、この地域における秩序づくりには未来に待つという考え方をした場合、連邦政府だけではなく議会もまた決議を通じてこうしたアメリカの意図を伝えるべきだということになります。こういう考え方はつい先頃亡くなりましたジェラルド・フォード元大統領とか、ジェイムズ・ベイカーとか、共和党の人々も概ねそういう考え方だと言ってよいと思います。上院議員でチャック・ヘーゲルさんという人がいまして、この人は共和党なのですがブッシュ大統領のやり方に反対しています。彼の考え方も基本的にわれわれは覇権的なものをあの地域において求めるわけではないのだから、イラクからは基本的には撤収ということが必要だということを言っているわけです。こうした人たちと同じ立場を第一の段階で意思表明したということになります。

 二番目の、この地域からいつの時点で兵を引くのかということを明らかにすべきだろうという考え方ですが、それを前提としてやはりアメリカ連邦政府もそうしたプログラムが必要ですし、これはおそらく 2008 年の大統領選挙のことが頭にあると思うのですけれど、この大統領選挙におけるいわば政権交代の時を選んで撤兵の時期というものの線引きをするべきで、これが実務的な知恵だろうということだと思います。

 三番目の、周辺諸国を含めた国際会議を開くべきだという考え方にはいろいろな受け止め方があるでしょう。例えばこの地域ではシーア派とスンニ派の対立があると言われていますし、それからおそらく周辺諸国の中でイランの役割というものが非常に高くなっていますので、イランもまたこうした周辺諸国も含めたイラク和平会議というものにコミットさせるということになります。そこでは今度はシーア派の影響力がアラブ湾岸諸国に及ぶのではないかというので、スンニ派が多く、そういう人たちによって政権が占められている湾岸諸国の猜疑心を押さえるためにはイランにもまたある種同じベースで同じ会議の場に加わってもらう必要があるという考え方になるわけです。

 四番目の、イスラエルとパレスチナの問題はもともと中東に第二次世界大戦後新しい矛盾として問題が持ち込まれたということです。

 いずれにしろこの四つのテーマあるいは段階が、すべて踏まれるということになりますと、かつてこの地域は被植民地体験というものの中で、あるいは国を分けていくときに、その線引きにおいても恣意性が常に伴っていたという問題があるわけですから、このあたりでそうしたかつての恣意性あるいは歴史的な因縁というものを乗り越えていく新しい枠組みが必要だという考え方です。

 この Financial Times のブレジンスキー氏の意見に対して、かなり国際的にも意見が出始めているようです。われわれも当然のことながらこの中東和平の問題は極めて重要だと思っていましたし、私自身も提案したことがあります。私は「グランド・バーゲン」、巨大な協定の図式というものがこの地域に必要であって、そこでは三つの問題の点を取り上げていました。もちろん一つはイラクの内戦回避というところにどういう仕組みをもたらすのかということです。しかしそのことは同時にイランの核武装化阻止というテーマと当然関連付けざるを得ない。イランの明日、イランを国際社会の中にどういう形で引き入れるのかという問題があります。しかしそのためには今度は三番目としてイスラエルの国家としての永続的な地位の保証とともに、パレスチナ国家をつくり上げるということが必要なわけです。この三つがそろいませんとグランド・バーゲン、巨大な協定の図式はできないと言っていたのですが、今度のブレジンスキーさんの案はそこに至る道筋を段階を踏んで進めるべきだ、そういう意味では最初に行うこと、次に続かなければいけないこと、そういう形で問題を提起したわけです。

 今後米国の議会においてもいろいろな議論が始まるわけですし、世界の中でも当然このテーマというのは出てくるわけです。ヨーロッパの中でもこの中東地域にどう対処するのかいろいろ議論はありますが、イランが核武装をしたとしても極少数の核兵器を持っているのだったら核クラブのメンバーの中に入れて、そして行儀のほうで押さえるということでよいのではないかというヨーロッパの政治指導者も少しずつですが増えている気配があります。もちろんこれは簡単に人前で言える話ではありませんが、幾つかのニュースでは西ヨーロッパ首脳の中にもそういう考え方がふと頭をよぎるというケースもあるやに伝えられています。

 当然アメリカはイランがもし核弾頭を持つということになると、これはもうイスラエルとの間に大変なことが起きるというふうに思っている人がいます。あるいはもしそれが現実に目の前にそういう危機があるならば、アメリカ自身が叩くと考えるよりも、おそらく結果としてアメリカに支援されたイスラエルがそういう核兵器のサイトを、イランの核兵器の場所を叩くという可能性が飛躍的に高まるというふうに考えている人がアメリカでは多いわけです。西ヨーロッパの一部にある、イランを核クラブ入りさせた上でコントロールしようということは到底受け入れらないという考え方は、今私はアメリカの非常に多くの人に共有されているのではないかと思っています。いずれにしろもう非常に大変な話になってきています。

 問題はこうした分野に日本からのメッセージは何か出せるのかどうかということです。たまたまブレジンスキー氏の四段階の三番目にあります国際会議を開くときにいわば裏書する、イラクの平和をもたらす上で大国といいますか、関連国が裏書するというところで日本の名前も国名として出ています。しかしこれはおそらく経済的支援ということから言って日本を落とすわけにはいかないということから、バランス上はその程度になっているわけです。しかしわれわれがこのテーマというものをどこまでこなせるのかという問題は非常に重要ではないかと思います。

 いずれにしろ、こうした提案を含めまして、この中東の地域に新しい構図を生み出すためには、対話型のといいましょうか、提案に対してまたそれに反応する、それにまた更に提案を重ねるという意味で、この対話型の仕組みといいますか、対話を通じて弁証法的と言ってもよいかもしれませんが、新しい実質を手にする必要があるということでしょう。

 17 世紀のヨーロッパでウエストファリア条約というものが結ばれました。この 17 世紀の半ばまでほぼ 30 年にわたって宗教戦争が行われました。旧教と新教との間の対立だったわけですが、このウエストファリア条約によって宗教問題を理由とした戦争にピリオドが打たれ、ここに一つの国とそれから宗教との間の区別というものが行われたわけです。どうやらこの中東問題を宗教問題にはしないで、そしてここでシーア派とかスンニ派を含めまして、それぞれの信仰の体系に多少の違いがあるにしても、そのことが和平の構図を覆すものではないという了解をつけるための大きな仕組みが要るということではないでしょうか。いずれにしろ、大量破壊兵器のイラクにおける存在を理由として始まりましたアメリカの対イラク戦争、対サダム・フセイン戦争が、その後たどった道は大変厳しいものになりました。犠牲者も多いわけですが、これを一つのきっかけとして何とか新しい秩序をつくりたいとする呼びかけが始まっています。

 日本から唐突に呼びかけができるとは私も思いません。しかし問題の根底に何があるのか、それをほぐしていく上において日本からの貢献は具体的にどういう面で有り得るのか、考えなければいけないと思っています。