2005/9/22 6カ国協議について 音声(RealPlayer再生)

 今日は6カ国協議で共同声明が採択され、北朝鮮が核放棄を確約したというニュースについて、これが日本の政治に持つ意味というのを考えてみたいと思います。

 2002年の9月に小泉総理が北朝鮮を訪問しました。その直後にアメリカの交渉者に対して、北朝鮮が「自分たちは核兵器を開発しているんだ」ということを示唆しました。それから再びこの問題が大きなテーマになってきたわけです。

 もともと1994年に米朝枠組合意というかたちで北朝鮮の核開発は中止され、その見返りに北朝鮮に対して軽水炉をつくるという約束だったわけです。しかし実際には北朝鮮の核開発は止まっていませんでした。これは中国の北朝鮮研究者の言うことなんですが、北朝鮮は一貫して核兵器の開発に焦点をあてていたというわけです。従いまして、今から振り返れば、1994年の米朝枠組合意は、言うならば北朝鮮がアメリカを手玉にとったという面があるわけです。

 このため北朝鮮の核開発を放棄させるためにいろいろな案があったわけですが、2003年の8月に6カ国協議が開始されました。しかしこの時点においてもアメリカは北朝鮮問題に対してどういう態度をとるのか、最後の最後まで腹が決まらなかったようです。それは既にイラクに対する戦争がはじまっており、そしてヨーロッパ大陸とアメリカとの間の亀裂があったもんですから、イラク戦争についてはアメリカの立場が弱い、そういう意味でアメリカの中でも国防総省と国務省との間に亀裂が入る、そうした状態において6カ国協議に入らざるを得なかったわけです。日本としても6カ国協議でアメリカそして韓国とよく打ち合わせた上で、何とか北朝鮮の核兵器を封じ込めたい、そして検証可能なかたちで本当に廃棄されたということを確認したい、こういう思いがあったわけです。その後いろいろな経緯があったわけですが、これは容易に進みませんでした。

 今回、核放棄を確約したわけですから一歩前進だと言えるでしょう。しかし考えてみますと、これから具体的な手続き、例えば廃棄をどのような手順で行うのか、それから北朝鮮に対する査察、これはどう行うのかということは依然としてまだ未知数といいましょうか、これから交渉ごとになっていくわけです。もちろん、北朝鮮は核拡散防止条約とそれから国際原子力機関(IAEA)への復帰を約束してますので、核拡散防止条約に復帰して、そしてIAEAの手によって査察がなされるという全体の道筋は立っていると言っていいでしょう。しかし、これまで核開発というのは国際社会に対して隠密裏にやってきたわけですから、それをどういうかたちで、言うならば引き剥がしていくのかということですから、これは北朝鮮の側が相当いろいろな条件を付けてくる。それでは検証可能なかたちで核廃棄がなされ、新しい核開発がなされていないということを、どうやって検証する便(よすが)を手にするのかという問題がありまして、これからは議論がまだまだ難しいところがあると言わざるを得ません。

 但し、これによって日本の政治が大きく影響を受ける可能性は少なくなったと言っていいのではないでしょうか。1994年にアメリカと北朝鮮との間の交渉がなされたとき、当時日本では社会党を含む連立内閣だったわけです。少なくとも当時の小沢一郎氏などが持っていた感じからいきますと、政権内に日本社会党を入れているのではアメリカからすると秘密保持ができない。日本社会党は北朝鮮との間に歴史的に友好関係があったわけですから、そうした政党から重要な閣僚が入っている内閣に対しては一体どこまで自分たちの情報を開示すればいいのか、秘密は守れるのか、こういう類の問いかけがアメリカからなされたわけです。小沢一郎率いる政治勢力が結局のところ細川内閣、羽田内閣の後で、言うならば日本社会党の勢力を閣内から追い出そうとした。それでも権力は握れるはずだったんですが実際には権力の座から追い落とされる。そして社会党と自由民主党が結ぶというかたちで自民党のその後の権力復帰が成されるということだったわけです。そういう意味では日本の政治体制にとっては北朝鮮の核開発というのは大きなテーマとしてありました。

 そしてもし、このテーマが現在もなお滞っているといいましょうか、北朝鮮が依然として核放棄を約束しないという状態を仮に考えてみますと、これは大変なことにやはりなったんだろうと私は思います。それは北朝鮮が国際社会に対してミサイルとか、ひょっとして核兵器も売るかもしれないという懸念を、アメリカは少なくとも持っています。そしてテロリストの手に核兵器が入ったとすると、これはもう大事になりますから、北朝鮮の港を出る船に対しては臨検体制でこれをチェックするということにいかざるを得ない、そういう議論があったわけです。もしそういうことになりますと、日本は日米安保条約の下において、もちろん臨検をすることはありませんけれども、臨検を行う米艦船に対しての支援は日本の役割、という了解を日本なりに腹を固めずにはおれないでしょう。ということになりますと、これは日本の政治体制、そして日本のあり方を巡って国内において大きな亀裂を生む可能性があったわけです。そういう意味においてこの6者協議が共同声明の採択に至ったということは北朝鮮の核問題が日本の政治を根底から揺るがすという可能性を少し下げたと言えます。

 朝鮮半島からの悪影響というものが、ここで多少とも遮蔽することができ、その影響を落とすことができるということになりました。もちろん日本と北朝鮮の間にはミサイルの問題がまだありますし、拉致の問題もあります。これはどうなのかということになりますと、これもまだまだ長い道のりがあるのではないかと懸念されております。しかし、日本の政治体制が根底から揺るがされる可能性はどうやら封じ込みつつあるということではないでしょうか。

 しかし、このことはまだ楽観を許しません。北朝鮮がどういう態度をとるかによって、韓国の人たち、特にソウルでもし平壌との関係をもう少し密にしたほうがいい、アメリカや日本はきつい態度をとり過ぎるというような話が出たりしますと、これはなかなか、またやっかいな話になってきます。そのへんのところ、米、日、韓の足並みが乱れないかたちで北朝鮮の核放棄の手順を一つひとつ確認し、そして覆されることのない核放棄というものを検証していく、この体制ができることを望んでいます。しかし、時間はまだまだかかるというのが実際ではないでしょうか。