2005/9/2 「カトリーナ」の影響と日本経済の体質 音声(RealPlayer再生)

 今日はアメリカのハリケーン、カトリーナによって、メキシコ湾岸、そしてアメリカの原油生産ならびに石油精製能力が大幅に打撃を受けたことの影響という問題を考えてみたいと思います。

 昨年もメキシコ湾では大きなハリケーンによってアメリカの原油生産能力が大きな打撃を受けました。これが原油価格を高騰させる一つの引き金になったわけですが、今回のカトリーナというハリケーンはそれに比べても相当大型なものであります。普通のハリケーンのもたらす石油生産等に与える悪影響の4倍から5倍くらいだという推計が出てきています。今回、一体どの程度アメリカの原油生産、そして精製能力が損われたのか。推計でしか言えませんけれども、どうも原油生産能力をとってみますとおよそ四分の一程度が損われた、従って簡単には生産回復はしないということですし、精製能力で言いますと10%を越える程度の能力が損われて回復が難しいという局面のように思われます。

 アメリカではガソリンの平均売値がガロンあたり5月は2ドル15セントだったのですが、ごく最近では2ドル60セントを上回るというところになっていますし、先物のガソリン価格でもひょっとしたら3ドル近くになるかもしれない、そういう雰囲気が出てきています。5月と対比しましても2割以上、足元ですでに上がっていますし、ひょっとすればもう少し上がるかもしれないということになっているわけです。

 このことの影響はどう出てくるのか、いろいろ悪影響が考えられるのですが、当然アメリカ政府としても放っておくわけにはいきません。そこでまず第一にやったことは、戦略石油備蓄の放出であります。やり方はいろいろありますが、民間の石油業者に対してこの政府が備蓄しておいたものを貸し出す、そして十分在庫がたまってきた段階でまた戦略石油備蓄のほうに返してもらう、そういう意味での融通を始めました。これは当然考えられることなのですが、もう一つはアメリカの環境保護局がこの石油製品の在庫の減少を見まして、非常に厳しい規制を少し外すというやり方を決定したことです。

 どういうことかと言いますと、現在アメリカで、石油製品の在庫が史上最低ではありませんけれども、この十何年の間ではほとんど一番低いレベルにまで在庫水準が大変減ってきていますから、もし環境保護局が従来どおりの規制をしていますと、石油製品の一部品目で本当に不足がやってくるということになりますので、多少硫黄が入っているような石油製品でも使ってよい、という規制緩和をしませんと、本格的な石油製品の割り当てというかたちにならざるを得ません。

 アメリカの歴史では石油製品の連邦政府による強制割り当てをやったのは第二次石油危機の時であります。カーター政権の1979年に、本当にアメリカのあちこちで石油製品が不足しガソリンスタンドにはすごい列ができてしまったのですが、あの時以来の石油の割り当てをするのかという問題があります。もし石油の割り当てということになりますと、消費者の先行き見通しというものは大変暗いものになりますし、これだけは避けたいということですので環境の方に少し目を瞑って、環境基準を少し満たさない石油製品でも使ってもよい、あるいは燃やしてもよいというかたちにする。そうしますと少し質の悪い、環境基準に適さないものもまわすことができますから、石油製品の割り当てによって経済のダメージを大幅に避けることができる。ですからアメリカの環境保護局がこうした基準をゆるめて環境に多少悪い影響を与えたとしても、経済的に更なる悪影響が及ぶよりはまだましだという措置をとらざるを得なくなったわけです。それだけ石油製品の在庫水準そのものに問題が起きているということになります。

 ハリケーンの被害によって今後アメリカ経済がどのような影響を被るのかという問題があります。第一に考えられますことは、石油製品の値段が大幅に高くなることによって、それ以外の製品に対する家計消費というものが抑制される可能性が当然出てくるわけです。もし財布の中が一定といいましょうか、使おうと思って予定している金額が同じなら、ガソリン代金により多くとられればガソリン以外のものは締めざるを得ないという当たり前の結論になるわけです。このことが経済のいろいろな不都合を生んでいくという可能性がありますので、しばらく1年ほどは続くだろうと思われていた大体年率3%台のGDP成長率に問題が生ずるかもしれない。

 更にそれはただ単にエネルギー以外への家計支出の抑制が起きるだけではなくて、消費者の先行き信頼そのものにもし問題が起きるとすると、消費に充てようと思っていた金額そのものを下げていくという可能性が出てくるわけです。ガソリン価格によって食われるだけではなくて、更にそれを下方に抑制するという心理がアメリカの家計に生まれるのかどうか、そこが問われることになります。

 これからいろいろな推計がアメリカの中で出てくると思いますが、ハリケーンの被害がここまで及びますといろいろな問題が付随的に起きてきます。例えば損保会社は、保険契約、損保契約を結ぶときにいろいろな契約の仕方があります。石油のみならずハリケーンの被害によって商売ができなくなった、例えば橋が落ちるとか冠水するというかたちで小売業者が製品を搬入できない、当然売上げは立たないような場合、こういう経済的損失に対しても保険というのはこれまで安定した保険料率というのを前提として保険契約が結ばれてきたわけですが、もし今回のような大型のハリケーンが今後ともメキシコ湾などへやってくるということになりますと、普通の企業活動が人為的なものではなくて災害によって破綻したときに、経済的損失を補うための保険契約、その損失の一部あるいは全部を補填するという保険契約を結ばないという可能性があるわけです。報道を見てみますとそういう保険契約を今後結びたくない、それだけアメリカの気象条件が不安定化しているという判定が損保会社によって為されているということです。なぜこういう大型のハリケーンが発生し大きな被害がもたらされたのか、これは簡単に結論付けられる話ではありませんが、少なくとも保険会社には防衛的な心理が今働いているということは間違いないようであります。

 世界的にみてこれはどういう影響を及ぼすのかということがあります。すでにニューヨーク商品取引所における原油の取引価格は、バーレルあたり70ドルというような値段をつけるところまできているわけですから、これは放置できないということになります。こういう高い原油価格を前提として考えますと、今後世界経済の動向にどう影響を与えるのか、という問題があります。

 すでに中国では石油製品の割り当てに入っているようであります。これが全面化するかどうかはわかりませんけれども、これまでもこうした異常なことが起きなくても中国の場合は国内においてエネルギー需要が極めて強く出てしまう。そういう意味では中国経済の強さというよりも省エネルギーが難しい、あるいは浪費をしている面もある。あるいはエネルギーを大変多く使う経済活動に偏っている。いろいろな要因があるわけですが、エネルギー需要としてはね返ってくる。

 過大な需要にはね返ってきているわけですから、それは中国にとっての脆弱性を意味するわけですが、そういう状態の中で割り当て、普通の言葉で言えば配給でありますが、どこは重要だから配分してあげるけれども、この分野はだめですよ、抑制しますよと、こういうことをやらざるを得なくなっています。中国における経済調整、そういう人為的といいますか恣意的な基準で問題が他の分野に更に及ぶ可能性が出てきています。そういう意味では石油多消費、エネルギー大量消費に依存している経済から順にヒットされるといいますか、打撃が強まってくるということは考えられます。

 日本の場合はどうかと考えてみますと、確かに原油価格が上がることによって石油製品の値段が上がります。そうすると石油化学製品の値段も上がるだろうと、そういう一連の常識的に考えられる論理展開に伴うものはすでに起きていまして、工業製品の一部に、特にこの原油関連のところでは値段が上がり始めています。

 それでは日本でもアメリカで懸念されるように消費者の先行き見通し、先行き信頼というものが損われるほどのことになるのか、と考えますと、大変有り難いことではありますが、そういうふうに更にその先に繋がっていくという可能性は相当に小さいものだと私は思っています。それは日本自身が石油依存を次第に減らすかたちの産業構造をとってきましたので、もちろん家計とか輸送分野では石油製品に対する需要は伸びてはいるのですが、産業分野における石油需要は落としてきました。それだけの産業構造転換が起きてきたものですから、高くなった石油が日本経済全体に及ぼす影響というのは相当程度に小さいものです。ですからお客さんに原料価格が上がったことを転嫁するプロセスは確かに今までよりは目につくでしょう。しかしだからといって日本の物価水準とかそういうものが急速にこれによって上がることに繋がり、そしてそのことが消費者の先行きを悪くする、そういうプロセスは相対的に避けることができると思います。それだけ日本の石油依存体質というものについて言えば、それに寄りかからないかたちの体質に次々と変わってきたという側面があるわけです。

 問題はその先です。日本はそうした価格転嫁の連鎖をどこかで止められるにしても、世界はどうなのかという問題があります。日本の物価の決まり方を見ますと、普通は日本の金融政策が影響を及ぼすのではないかと考えがちでありますけれども、これはわれわれがやっています多変量自己回帰モデル「PE(PolicyEvalution)モデル」による相対パワー寄与率というもので、波動、いろいろな波の形を分解して、中長期的に見て一体何が日本の物価に効いているのかというのを考えてみますと、アメリカの金融政策というものが非常に大きな影響を与えている。要するに日本の物価は日本だけで決まるわけはなくて、アメリカの金融政策、具体的にはアメリカの長期金利ですが、アメリカの長期金利が抑えられているときには日本での物価の上昇はさほど懸念することはないというようなデータも、こうした波動分析、相対パワー寄与率による波動分析を通じて出てまいります。

 そういう意味では現在もアメリカにおける長期金利は依然として安定している、アメリカにおける金融政策は長い意味でアメリカにおけるインフレ期待を抑えこんでいるという事実がありますから、このことは日本の物価の決まり方にも大きな影響を与える。そういう産業構造といいますか価格の決まり方が日本経済の内部にすでに存在していますから、原油価格の値上がりというものによって物価面で大きな影響を日本が被る可能性は非常に小さいということになります。

 逆にいうと、それだけ売り手の立場よりは買い手の立場が強いという、そういう関係が日本の中において成立しているということでもあるのですが、これは現在のような原油価格の高騰ということを考えますと、こうした体質をつくり込んできた日本経済はむしろ相対的に強いということになります。

 これは株価全体、あるいは日本の企業個々の銘柄をとってもわかることなのですが、ここのところ原油価格が非常に上がってきているのですが、そのことによって日本が打撃を受けることは相対的に少ないという考え方が世界的に受け入れられるようになっていますので、日本の企業に対する海外からの買いというものが先行するようなパターンをとっています。原油価格の上昇に強靭性を持った日本企業という、「売り」といいますか、これが海外からの日本企業に対する買いになっています。世界で見て相対的に買えるのはどこかと考えたときに、頼りは日本の銘柄だという、そういう因果連鎖もあるというのが現実です。

 そうは言っても、アメリカの成長率に問題が起き、中国の経済運営において割り当て、配給というものがどこかで一つ入りますと他にも齟齬を来たしますので、そういうかたちで経済調整に伴う混乱というものが出てくると、当然中国向け輸出というものはなかなか期待できないということになりますので、長い目で見ればそういう問題はもちろんあります。しかしまだ現在の段階でそこまで中長期的に日本に悪影響が及ぶというところは、どうやら水際で遮断されているのではないかと思います。

 もちろん今度のアメリカの大型ハリケーンの話は、原油と石油製品だけではなくて、大変大勢の犠牲者が出ているというニュースも次々と入ってきていますので、そうした石油絡みだけに止まらない問題がありますが、今日はこの石油に絡むところだけで、日本の経済体質、日本がつくり込んできた経済体質とそれから他の世界の国々との対比という形で問題を捉えてみました。