2005/2/25 イラク経済分析の重要性 音声(RealPlayer再生)

 今日はアメリカの大統領経済報告について少しコメントしてみたいと思います。先週17日にアメリカにおいて大統領経済諮問委員会(Council of Economic Advisers)による経済報告(大統領経済報告)が発表されました。これは年1回、年明けにアメリカ経済の当面している課題というものに対して、エコノミストたちがいろいろ研究分析を積み重ねた上で発表するものです。いわば経済白書といっても良いでしょう。

 今回の白書にはそれなりの特徴がありまして、一般的な経済情勢やアメリカからの直接投資、またアメリカが受け入れている直接投資の役割等の他、様々な問題が取り上げられています。情報経済についての議論もあります。HIV(エイズ)の問題にも触れています。世界で既に2400万人ほどの人が犠牲者として亡くなっていて、そして現在患者といいますか、懸命に生きている人が4000万人くらいいると言われているわけですが、こうした問題に対して製薬会社はどのように対応できるのかというテーマがありますし、知的所有権をこの分野でどのように確立するのかというテーマも併せ議論されています。また9.11以降、アメリカは海外からの移民を安全保障上の理由によって少し制限的に扱ってきているわけですが、これがアメリカ経済に持つ意味についても論じられています。私はそれなりにそれぞれ大変興味深いと思っています。

 ただ今日申し上げたいのは、この大統領経済報告の中の一つの章として、当初イラク経済のことがあったようですが、これが落とされたということです。アメリカの報道機関が報じていますので、そういうことなのかな、と思って見ているわけですが、少なくとも大統領経済報告の中の章にはふさわしくない、別なかたちでイラク経済について議論するのは構わないけれども、このいわば経済白書ともいうべき報告の中に入れるのは好ましくないという判断が、国家安全保障会議(National Security Council)の方からあった、ということです。落とされた部分は読んでいませんのでわかりませんが、イラクの問題を少しお気楽にというのでしょうか、あるいは焦点ぼけで取り上げたのではないかという意見、現実にまだテロの攻撃にさらされて、アメリカ兵を中心としてこのイラクの情勢に立ち向かっている人たちがいるなかで、こうしたあまりにも距離を置いたイラクの取り上げ方は上手くない、という判断があり、ホワイトハウスに抗議が持ち込まれ、これによってこの1章が削られた。いずれ後に、何らかのかたちでアドバイザリーボードとも言われる大統領経済諮問委員会の名の下に発表されるのでしょうが、今回は外されたわけです。

 アメリカの新聞(2月23日付ワシントン・ポスト等)が報道しているところによりますと、この取り上げられなかったイラク経済についての章立てでは、サダム・フセインを倒した後、イラクの復興の中で今後イラクの金融システムはどのような役割を果たせるのかというテーマや、民主化されたイラクの中で一体どういうメカニズムが働くことが期待できるのか、こういうことが書かれていたとのことです。

 イラクの復興支援ということがどういう仕組みで、特に価格機能というものがどういうかたちでアラブ社会の中で働くのか。選挙を通じて選ばれる政治体制の下での経済ですから、民主主義と市場経済というテーマの下に戦後のイラクがあるのは当然でありますが、そういう中でどういうものが立ち上がってくるのか、これがまた他のアラブ社会にどういうインパクトを持つのか。大変興味深いテーマですが、どうやらこういう問題に接近しようとしているようであります。なぜこれをもう少し、少なくとも安全保障担当者から少しお気楽に過ぎるのではないかという抗議が来るときに、そのへんのガードをつくれなかったのかという問題はあると思います。

 大統領経済諮問委員会の委員長であるグレゴリー・マンキューがこの責任者ですが、私の率直な印象を言わせていただけば、グレン・ハバードだったらこれを上手くさばいていたのではないかなという気がいたします。政治体制との間のバランスの取り方もグレン・ハバードは非常に見事な面がありました。もちろん彼の専門が税制、広い意味での財政ですから、時々の政治権力との間での緊張とか、あるいは一定の距離の置き方ということについてのある種のセンスを持った人だというのがグレン・ハバードではないかと思いますが、グレゴリー・マンキューの方はもう少し一般的なマクロ経済学者ですから、大変優れた人ではありますが、政治権力との間の距離の取り方、あるいは安全保障担当者との間のダイアログという面では、少し問題があったのかもしれません。

 いずれにしろ、どこかでこのイラク経済についてのリポートが出てきます。私はこのことは非常に重要ではないかと思っています。今、パレスチナ国家の創設が議論されるようになりまして、来週は4者協議が行われます。これは国連とアメリカ、EU、そしてロシアが参加し、中東和平、特にパレスチナ国家ということですから、パレスチナとイスラエルの問題について包括的な和平の枠組みが論じられるわけです。イラクとパレスチナ国家、この両方が議論が収斂しますと当然のことですが、Greater Middle Eastという言い方も一時ありましたけれども、中東全域に渡る民主化と経済再建の枠組みというものが包括的に論じられる可能性が出てくるわけです。

 そういう意味ではイラクは、少なくともサダム・フセインが悪行を成す前においては、経済復興といいましょうか、経済建設路線はアラブ世界の中においても最も進んだものだった。一人あたりの国民所得も高かったし、潜在的な能力がやはりあったと思われています。金融機関の役割等についても相当望ましいといいましょうか、あるべき論が既に観察されていたわけですから、復興の枠組みの中でどういうものが立ち上がってくるのか、これについてのアメリカの経済学者の分析は、もちろんアラブの人もアメリカの大学や研究機関で勉強していますので彼らの力も得て分析したのだと思いますが、非常に興味深いものです。

 自衛隊がイラクの復興支援のために出かけているわけですから、イラクの戦後復興をどういう仕組みの下で行うのか、そのとき価格機能はどうなのか、金融機能と復興のための実務的な仕事との関係は一体どういうものになるのか、あるいはそういうときでも投資勘定とかいうかたちで外のお金が果たして上手くまわっていくような仕組みはつくれるのか、われわれもそういうことに関心が当然あるわけですが、日本でおそらくそういうリポートを書くことはかなり難しい。われわれの蓄積した力量からいくとかなり難しいのだと思います。

 パレスチナ国家をつくる、そしてヨルダン川西岸、ガザの地域も安定的なものにする。パレスチナの人たちに爆弾を抱えて突っ込むようなことはやめようではないか、ということを本気になって言う。これは非常に重要なことなのですが、和平が持続するためにはやはりそこに秩序が回復しなければいけません、あるいは秩序が創造されなければなりません。それは職場をつくる、ということだと思います。

 パレスチナにおいては度重なる中東戦争の中で難民化した人がキャンプに入るということになったわけですが、第三次中東戦争、1967年でしたけれども、それからだけ考えても30数年経過していますから、いわば第二世代だけではなくて第三世代もキャンプで生まれているというのがこの中東の歴史です。

 そういう意味では仕事の環をつくり込んでいくための基盤整備ということになりますと、ただ単に道路や橋や水について配慮するというだけでは済まないと私は思っています。産業の仕組みが立ち上がってきて、自分たちの仕事が評価され、自分たちの仕事の成果としての物やサービスを購入してくれる人がいる、その購入してくれる人が要るし、またその財・サービスを供給するために部品や資材や他の人手間の調達が要る。そういう全体の構図が上手く動かないと、これは持続的な経済成長といいましょうか、経済発展の道を辿らないわけです。これがない限りは、この中東の地において安定的、持続的な和平の構造ができないということだと思います。

 それでは国連、EU、アメリカ、ロシアでそういうところまでいくのかということなのですが、多分第一段階ではとてもそんなゆとりはないでしょう。シャロンとアッバスと、両方の当事者に自制を促し、その自制をいかに続けるのか、続けさせるのか、そのために何ができるのか、ここまでだろうと思います。

 しかしそれだけではほんの入り口です。パレスチナのみならずイスラエルもまた極めて高い失業に悩んでいます。アメリカから、政府からも民間からも大変な支援が数十年にわたって入り続けていますけれども、イスラエルの経済情勢は改善していません。それは安全保障そのものが脅かされている所において、経済の渦がどんどん広がるということはもちろん論理的にはあり得ないわけですから、いくら援助をしても底の抜けたバケツのような面がどうしてもイスラエルについてはあります。

 そういう意味では、イスラエルもパレスチナも、双方ともに安定した職の輪をどうつくるのかということでありまして、こういう話になれば、日本の産業研究者やエコノミスト、あるいは金融担当の人たちも多少は知恵が出せるということになりますし、中小企業事業者、あるいは中小企業金融という分野で仕事をされてきた人も、何らかのかたちで貢献できるということが私はあると思います。

 しかしそれにしてもトータルなアラブ社会の分析、中東の分析が経済面からも必要だと私は常々思っていたのですが、今度このイラク経済について、戦後復興のプロセスについてのリポートが、どうやらちょっと時間がかかるでしょうけれども、アメリカの大統領経済諮問委員会から出そうですので、これは注目して、われわれがこういうテーマを考えるときのある種の枠組みのようなものが提示されているといいなと思っています。

 いずれにしろ先週発表された経済報告にはこれが落ちていて大変残念だったなというのが、私の感想です。