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今日はアメリカのエコノミスト、アレン・サイナイさんと話し合ったことから、アメリカ経済に起きている、あるいはアメリカ経済を運営するにおいて新しいことが起きているわけですが、これを少しお話ししてみたいと思います。
アレン・サイナイという人は、なかなかユニークなアメリカ経済についての見方をする人です。最近でいいますとブッシュ政権ができて、このブッシュ政権がどういう経済政策を採用するのかというときに、彼は減税政策のほうが歳出の拡大よりは良いという提言をした人です。ディック・チェイニーを通じてこの意向がかなり強くブッシュさんの減税政策に反映したというふうに言われています。彼はもともと例えば限界所得税率を上げる、例えば富裕層に対して高い税金をかけるということはアメリカ経済の活性化という点からいくとあまり好ましいことではない、限界最高所得税率を高くするというのはむしろアメリカ経済の足を引っぱるものだという考え方に立っています。そういう意味では、サプライサイダーの一員だと言ってよいでしょう。それはどういうことかといいますと、アメリカ社会の中で意欲的に仕事をしようとしている人、これは結果として職場を増やすということにも繋がっていますし、新しい領域に対して果敢に挑戦するということなのですが、限界最高所得税率が高くなるとそういう人々の前向きといいましょうか、未来に対する挑戦というものの足を引っぱるのではないだろうか。これはもうかなり多くの人がそういう考え方を持っているわけですが、そういう陣営の一人だと言ってよいでしょう。
そのアレン・サイナイさんと議論して一番新しいテーマは、今年に入って、1月4日でしたけれども、FOMC、連銀の公開市場委員会の議事録が3週間で発表されるという手順になったことです。これはグリーンスパンがもともと言っていた、市場との対話ということを非常に重んじて、そしてグリーンスパンの任期が実質上あと一年ではないかというふうに言われている中で、この1月4日から導入された手法なのですが、このことの意味について彼が意見を表明しました。このことを少し紹介しようと思います。
どういうことかといいますと、今までFOMCの議事録は次回のFOMCが行われた後に発表されていたわけです。そういう意味ではマーケットでは、FOMCでどういう議論が行われたのかということについてのいろいろな議論といいましょうか、一種猜疑心、エコノミストはいろいろ物事を疑ってかかるという類の人種ですので、一体真意は何だったのかというようなことが議論の対象になるわけです。一つ置いてその先で発表されるということになりますと、マーケットとの関係からいきますと、長い箸で先のほうを見ているというような感じがあって、先のほうは本当に確かだろうか、箸の先のところが少し曇っているのではないか、霧がかかっているのではないかというくらい遠くから見ているという面があったわけです。これが3週間で出ますと、FOMCの中で行われている議論に当然のことながらマーケット関係者たちは接することができるわけです。この議事録というのも例えば誰がどう言ったというふうには書いていないのです。ボードメンバーの少数にはこういう意見があったと、こういうことが書いてあるわけです。ただこれは業界といいますか、こういう世界をずっと観察している人からすると、これは誰が言ったのかというのはわかりやすいわけです。Aさんが言ったとか、Bさんが言ったとか、そしてAさんが言ったことは結果として次回あるいは次々回のFOMCで結構その賛同者が増えているというふうに推測が利くわけです。
例えば今回の1月4日に発表された昨年12月14日に行われたこのFOMCの議事録でこういう記述があります。少数のボードメンバーは、これまで連銀が言ってきたスケジュールがあるわけですが、短期金利をどういうペースで、なだらかに引き上げていくというようなペースに拘るべきではないと、こういうふうに言っているわけです。では、これは誰だ、ということになるわけですが、例えば、これはアレン・サイナイが言ったわけではなくて私の意見なのですが、これは例えばセントルイス連銀のプール総裁はそのうちの一人だろうなと、私はそういうふうに見ているわけですし、そしてこの議論はおそらく現在ではどうも少数のようですけれども、次第に今年の前半この意見は大きな流れになるのではないか、というふうに私は思っていますけれども、そういうふうに見ている人も多いわけです。アレン・サイナイが言ったことは、こういうかたちでFOMCの場でどういうデータが提示されて、どういうタイプの人がどういうコメントをしたのか、ということから金融政策の先行き、あるいは景気実態の見方というものについて情報が共有されていくということになります。これが市場との対話を通じて金融政策を行うということになるわけですが、これは具体的にはではどういう効果があるかというと、彼によれば、短期金利の引き上げが長期金利の上昇に繋がらないための具体的な措置ではないか、というのが彼の仮説です。
1994年の2月ですが、もちろんグリーンスパンの時代ですけれども、連銀が短期金利を引き上げたところ、これが長期金利の上昇になってしまった。そういう意味では国債市場、長期債市場における大絞殺といいますか、ぎゅっと喉元を絞めるような効果を持ってしまった。そしてこれが国際的にも波及しましてドイツでも長期金利が上がる、結果として日本も影響を受けるというかたちで連銀の短期の金融政策が全体として世界の金融の基調を変えてしまうということがあったわけです。当時のことがまた再現されるかもしれないという案じ方は、昨年の年央以降金利の引き上げ、フェデラル・ファンド・レートと言って1%というもう歴史的に低い金利でしたから、これはもう引き上げられるだろうとは誰しも思ったわけですが、そのペースが上がってくると長期金利の上昇に波及するのではないかと皆思っていたわけです。可能性というか、猜疑心があった。それに対して、比較的昨年中は上手くやってきたわけですが、いよいよ主戦場は今年だというのが、一部の人の考え方だったわけです。
これに対してグリーンスパン率いるFOMCが決めたことは、もう3週間で議事録を出してしまう。議事録を出してしまいますと市場では、なるほどこの議論はこういうふうに整頓されているのだなということで、政策当事者の政策当局の行動に関する透明性が飛躍的に改善したというふうに受け止めるわけです。一部の無理解、投資家の中には全状況を把握できずに思わざる方向に走り出す人だってもちろんいるわけです。そういう歴史的に見てといいますか事後的に見て、無理解で突然走り出す人を抑えるために、何があるかということになると、意思決定過程の透明性をできるだけ高めたほうが良い。そういう情報が与えられれば、事後的に見て誤るために走り出す人はいません。走り出すということは他の人を出し抜いて自分が儲けようとかあるいは損失を小さくしようということですから、走り出した人に、もともと自己責任ですからそのこと自体をとやかく言う必要はないのですが、ただ事後的に見るとそういう迂闊というか慌て者が出てくるとマーケットが乱されることがあるのだ、というのが一般的な理解です。この迂闊な人、慌て者みたいな人ができるだけ出ないようにするためには、政策当局の今後の行動について透明性を高めたほうが良いということがあるわけです。ついにそこに踏み出した、ということになります。
わが日銀の意思決定過程を見ますと、政策委員会で議論されます。その議事録はおそらく次のときにそれぞれのメンバーの人がチェックするのでしょう。そこでOKということになってその後で出てくるわけですから、一つ先の目標があってその後に出てくるというので、この箸はやはり少し長くなっている面があるのです。アメリカの場合はこれをずっと短くして、取り箸を短くした。これを通じて透明性を高めたということになるわけです。アレン・サイナイが言うには、こういうかたちで市場との対話を具体的に始めて、そして長期金利というものを、あるいはもっと言えばインフレ期待、将来どのようなかたちでインフレが推移するのかについて連銀は十分な注意を払っているから大丈夫だ、迂闊に走り出したりしないでくれと、こういうメッセージを投げかけていることに対して、市場は非常に評価している。
結果としてアメリカの長期金利は今上がっていません。どうやら今年の前半、フェデラル・ファンド・レートはおそらく2回から3回上げられるかもしれません。にもかかわらず長期金利の上昇が見られない。どうやらマーケットでは、連銀は将来のインフレ率、10年物の国債ですから一応想定すべきは10年後のインフレ率というそのあたりから発想がでてくるわけですが、中長期的なインフレ率について相当抑制されたものになるだろうと。それは連銀のこのFOMCの能力と言っても良いのですが、公開市場委員会を構成するメンバーの行動が透明になった上でしかもそこで紹介されている例を見ると、もし何かリスクテイキングというかたちで、アメリカの場合は住宅価格がもっぱら議論されるのですけれども、リスクテイキングがあまりにもいきそうだと感じた、判断した場合には、躊躇せずに短期金利を引き上げて、ある種水をかけていくといいましょうか、長い目で見て持続性のあるものに落とし込んでいく、上昇率のテンポを上げる、結果としてそういう効果をもつ政策に果敢に取り組むということを出した。これが先行き長期金利の安定といいましょうか、インフレがそんなに高い率になるわけがないと、われわれには十分思慮のあるそうしたFOMCあるいはFOMCメンバーを持っているという考え方だというわけです。
私は彼にこのように聞いてみました。中国が世界経済に入った、これが10年前とは大きな変化の理由で、10年前には労働集約的な製品はどれだけでも安定した値段で供給されるというテーマはもちろん経済学者の中にはありました。私もそういう大きな変化があるというふうには感じてはいましたけれども、現実に中国経済がここまで労働集約的な製品の供給基地になるというふうには思ってはいなかった。なかなかそこまでは想像できなかったわけで、10年後の今日で言うと、労働集約的な製品はすべて中国から出てくる。中国だけではなくてインドもありますし他の国もありますが、典型的には中国。そういうことがあるから、長期的なインフレ率期待というものに変化が起きたのではないか、このことがアメリカの長期金利の安定に繋がっているのではないか、この影響の経路というのはあるなと直感的には私も思っているのです。これをアレン・サイナイに聞いたところ彼は、その話はまた別の話だ。今回について言うならば、FOMCの能力構築といいましょうか、能力アップ、あるいは市場との対話における透明性の確保、これはもう決定的だ。これがアメリカにおける経済政策運営とそれから先行き展望というものに繋がっているという理解でした。
通常アメリカの財政赤字は非常に大きくて、これは大変な撹乱要因ではないのかという議論が日本では多いわけですし、アメリカでもないわけではありません。しかし、現実にマーケットを観察してみますと、長期的な財政運営も含めてそれがアメリカ経済のインフレ要因にはならないし、あるいはそれをそういうかたちでインフレ要因にしないための経済機構上の仕掛かりは完成度を高めてきている。こういう受け止め方があるわけです。振り返って、日本の財政あるいは金融政策運営を見てみますと、残念ながら基礎的な条件はアメリカより悪いと言わねばなりません。現在日本銀行のバランスシートは、異常にと言って良いでしょう、肥大化してしまいました。これはもう1990年代後半以降のいろいろなことが影響を持ってきているのですが、そしてゼロ金利というかたちで短期資金には実質上値段がつかないという状態を続けておりますので、そういう意味での金融面から見た基礎的な条件は当然日本のほうが悪いということになります。財政についても、これはアメリカとは比較にならないほど悪いわけでして、そういう意味では日本の財政、金融、どちらを見ましても将来の不確実性を封じ込むだけの制度的な仕切りができているわけでもないし、われわれが運営上そういう安定性を手にしているわけでもないという辛い事実があります。
そういう意味では、アメリカの将来、それから日本の将来、二つを比べてみますと、日本の将来の方がやはり霧の中に入っているということになります。その分だけいざという場合には打たれやすいといいましょうか、思わざる方向に投資家の一部が走り出して結果として日本経済が破綻するということに賭けた人に報われるのは、われわれとしても納得のいく話ではありません。そういうことがあっては困るのですが、しかし突然自分は損しない、あるいは他の人に損を押し付けてというので走り出す人がいないとは言えない。しかもそれを封じ込めるだけの財政あるいは金融的な機能というものについてはまだわれわれはそれだけの力量を持ち得ていないというのが残念ながら現実なわけです。そういう意味においては、肥大化した日本政府のバランスシート、それから日本銀行のバランスシートをなんとか正常化したい。何が正常かというのはこれは少し幅のある話なのですが、しかしいずれにしろ先行きについての不透明性を消すための努力というのは、回復局面に入ってきている日本経済において極めて重要なことだというふうに思います。
アレン・サイナイ氏との議論を通じて、アメリカのマーケット関係者がこの透明性の改善ということを通じて実質上なにがしかを手にし始めているなという印象を強くしましたので、今日はご報告しておきます。
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