2003/ 8/15 デフレからの離脱 (RealPlayer再生)

国内企業物価指数の動向

 8月12日に日本銀行が国内企業物価指数(7月速報)を発表しました。これは出荷・卸売段階での価格を示す経済指標です。これを使って、現在デフレの問題がどうなっているのかというのを確かめてみたいと思います。

 普通、こうした物価指標が発表されますと、対前年同月比で見てどうだということになるわけで、これは対前年同月ですと依然0.7%下落しているということになりますし、35ヵ月連続で対前年比マイナスが続いているということですから、デフレが持続していると理解する人が多いでしょう。

 しかし、われわれはこうした企業物価指数というものをもう少し詳細に見てみる必要があると思います。およそ1300品目についての物価を集計したものですから、これを内訳で見てみるということが重要ではないでしょうか。内訳というのは、対前年同月比で最も値上がりしたものから順番に打っていきます。当然、前年同月比でプラスになっているものがかなりあるわけですので、そのうち最初の10%、それから続いてその次の10%というふうにやります。最初のものを何パーセント点というふうに見ますと、10%点、20%点、30%点というふうになります。

 例えば1300品目ですから、最初の値上がりが高かったものから順番に打っていきまして、130番目というのを10%点というふうに考えるわけです。そして260番目を20%点と考えますと、現在日本銀行が集約しているものの中で、ではどのくらいがプラスなんだ、ということになります。これは30%がプラスでその次の10%はほぼゼロということになります。従いまして、40%に相当するものは、ゼロないしプラスということになります。それでは50%点はどうかということになりますと、これがマイナスなんですが、7月の段階では限りなくゼロに近付いてきています。このままこのかたちを延長しますと、おそらく9月から10月ぐらいには50%点、すなわち1300品目のちょうど真中の品目が対前年度比ゼロになるのが、この2ヵ月ぐらいのうちにそこにいくだろうという予測が成立するわけです。もし2ヵ月後、例えば9月に50%点がゼロになったということになりますと、今年の9月の時点で対前年比でプラスになっている品目が半分、依然としてマイナスの品目が半分ということになります。今それに限りなく近付いてきているわけですが、こうしたかたちをとってみますと、物価、企業にとっての物価、出荷・卸売段階での物価がどうやら上がっているものもあれば、対前年比で値下がりしているものもある、というところに近付いてきています。

 これはもうデフレというふうに言うべきではないと、私は思っています。例えば鋼材価格は対前年比で数パーセントの値上がりをしているわけですし、それから紙パルプについても3パーセントから4パーセントのプラスになっています。シリコン・ウエハーはずっとマイナスが大きかったわけですが、7月では対前年同月のマイナスが6%程度にまで改善してきています。こうした個別品目に現れますように、どうやら半分の品目がプラス、半分の品目が対前年比マイナスという時代が近付いてきているわけですから、可及的速やかかどうかはわかりませんが、今年の秋口の時点ではそうなっている可能性が非常に高いというところまで回復してきたことをもって、デフレからの離脱という問題が、やっとわれわれの手元に近付いてきたというふうに言えるのではないかと思います。



資産デフレの収束

 私は、資産デフレは既に終わり始めているというふうに評価しています。資産デフレというのは、例えば株価とか、地価とかということになるわけですが、こうした資産デフレ、そしてデフレ一般の問題を考えてみますときに、物価統計はもちろん重要なんですが、さらに言いますと、企業にとって意味のある指標として何を取り上げればいいのかということになります。われわれが資産の価格というふうに考えますと、生産にあたっていろいろなものが要ります。土地とか、資本とか労働とかというのは古典的なものですが、それ以外にもいろいろな投入財を組み合わせて生産体制を組み上げることになるわけです。資産デフレが終わるということは、個々の物価指数の問題であるとともに、とりわけ生産を構成している土地とか資本とか労働についての問題だということになるわけです。

 それでは土地の値段は本当に下げ止まり、上昇に転じたのかということになりますと、一般論で言えばそういうことはまだ観察されているとは言えないでしょう。しかし、個別の供給主体から、企業が需要に対して積極的に対応しようとしたとき、生産要素の組合せを行います。そういう意味では、現在キャッシュ・フローを増やしている業界が増えている。それから先行きに対して思い切った投資の開始を決意し始めている企業も出始めています。

 そういう場合には生産要素の組合せを通じて新しい事態に対応しようとしているわけですから、その中で引き合いが、派生事業として例えば個別の土地とか労働とか、資本に対して出ているわけです。デフレ脱却、とりわけ資産デフレ脱却という場合には当然のことですが、こうした組合せの中で需要が出てきている。需要が出て来ることを通じて個別の、あるいは特定のと言ってもいいんですが、そういう財あるいはサービスに対して引きが出てきている。引きが出てきている以上は、価格体系が従来とは違ったものになるという意味で動きが出てきているわけです。

 それではなぜ日本の中にそうした先行きをにらんだ、個別の需要に見合うように生産要素を組み合わせて前向きの対応をしようとする動きが出てきたのかということになります。一つは、個々の企業が財務バランスの改善、バランス・シートを改善するかたちを通じて新しい事態に対応する自らの内側の条件を満たしたことがあります。

 そして、大きな流れからいきますと、日本の供給サイドが、世界の、例えば北米の供給サイドに比べて設備の能力が少し古くなった。ビンテージという言葉を葡萄酒で使いますけれども、何年ものというやつなんですが、日本の企業の設備が何年もの、要するに投入してから何年経っているかというふうに考えますと、日本は1980年代において大変若い設備、次々新規の供給能力が登場したわけですから、大変若い設備でものをつくっていたわけですが、過去10年については投資がかなり出にくい環境になりました。結果として日本の設備のビンテージ、年代ものということからいきますと、古くなってきたわけです。これに対して、例えばアメリカでは過去10年、かなり投資が出た時期があるわけですから、設備が若くなった。非常に大雑把に言いますと、アメリカが8年ぐらいだとすると、日本が12年ぐらいの、そういうビンテージになったというふうに大雑把に言えば理解していただいたらいいのではないかというふうに思います。

 すなわち、個々の業界によっても違いますけれども、日本の機械のほうが古くなってしまったというケースはあるわけです。これを例えば資本財をつくっておられる企業にしてみますと、それが印刷機械であり、あるいは発電機械であり、あるいは製鉄機械であり、あるいは化学プラントの機械であってもそういう資本財をつくる企業というのは日本の中に幾つかあるわけですが、つくったものが概ね海外に出て行く、輸出で稼ぐというかたちをとっておりまして、国内ではなかなか新規の設備が設置されないというふうに考えておられている企業経営者の方も多いわけです。生産ノウハウ、最新鋭のノウハウを詰め込んだ機械が、それが製鉄機械であれ、印刷機械であれ、あるいは紙パルプの機械であれ、国内に設置されるのではなくて、それが海外に行っているということになりますと、生産性の上昇が海外においてより顕在化するのではないかという、機械メーカーもそういうふうに考える時代がやってまいりました。そういう意味では、日本の設備が古くなってしまったということがあるわけです。

 企業が財務調整をしまして、バランス・シートを調整しまして、新しい事態に対して積極的に前に出られる、そういう時代がやってきたわけですから、これはビンテージが古くなったものを更新して、新たなものを投入しようという気持ちが当然出て来るわけです。企業は国際場裡において厳しい競争を常にやっているわけですから、もしビンテージが古いまま放置するということになりますと、お客様を奪われるという可能性も多々あるわけです。そういう意味では、日本の企業がついに前向きの投資をするようになったという、そういう可能性が出てきたわけです。こうなりますと、派生需要として、個々のある種の労働、ある種の機械設備、ある種の土地等に対しての需要が出て来るわけですから、そういうものについて言えば、従来よりは値決めが高くなるという可能性が出てきているわけです。

 冒頭申し上げた日銀の国内企業物価指数にみられるように、少しずつ引き合いが出てきているという面がありまして、これが資産デフレを収束させる大きな要因になってきているわけです。逆に言いますと、それだけビジネスモデルというものが成立し始めているということの反映でもあるわけです。

 これを裏付けるように企業の設備投資が少しずつ前向きになってきている気配があります。確認されましたのは、7月の初めに発表されました日本銀行の短期経済観測、いわゆる短観であります。これはサーベイですから、個々の企業の担当者が答えられた、その集計ということではありますけれども、今年度の設備投資がかなり順調に出るのではないかということが7月に発表された日銀短観によって証明されました。それをきっかけに日本の株価にもう一歩加速要因といいましょうか、押し上げる要因が働いたことは明らかです。こうした要因が出て来る中で、ずっとあったデフレ論に、ついに終止符が打たれ始めているというのが私の評価です。

 そういう意味では、このままうまく推移すれば今年の暮れから来年にかけて随分違った、今までの日本経済論とは違った議論が展開される可能性が出てくるのではないかと思います。非常に長かった調整を終了した後の日本経済像というものに対して、すべての企業とは言いませんが、かなりの程度の企業が前向きに将来像というものを描ききった、そういう自信、確信を持って前向きの対応をし始めたということが言えるのではないかと思います。

 そういう意味で、これからわれわれは価格指標、この日本銀行が発表しています国内企業物価指数もそうですし、あるいは個別の品目あるいは資産にかかわる個別のアイテムについてどういう値決めが行われようとしているのか、相当注目してみるべきではないかと思います。それから見る限り、明らかに同意が生まれている。日本経済の内部に新たなテーマを見つけて、そのテーマへの挑戦が始まっている、それが全面化しているとはまだ言えないわけですが、端緒的なものは既に出始めている、これが資産デフレの収束の始まりだとわれわれが評価できることではないでしょうか。
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